第24話 再開-Restart-

「ん……」


 暖かな日差しを受けて目を覚ます。柔らかいベッドで眠るなどいつ以来だろうか。この日は、随分と爽やかな目覚めだった。あまりの気持ちよさにもう一度眠りに落ちたくなる。

 いつもなら固い床の上で毛布をかぶり、十分とは言えない睡眠をとっていたのに――。


「って、ちょっと待って」


 違和感を覚え、伊織がガバッと身を起こした。そして飛び込んで来た光景を見て、そこがいつもの場所ではないことに気付いた。


「……ここ、どこ?」


 見たことのない場所だった。石造りの部屋なのは捕らえられていた場所と大して変わらないが、こちらは窓から美しい豊かな自然がよく見える。少なくとも地下ではなく、建物の上層だということは分かる。


「確か……あいつらにヒデくんを知っているかって聞かれて……連れていかれて……」


 徐々に記憶が蘇ってきた。妙な機械を頭に被せられたところまでは伊織も覚えていた。だが、その先からは記憶が曖昧だ。


「なんだか、ヒデくんにまた会えたような……ま、いつもの夢だよね」


 この世界に訳もわからず連れてこられてからは、何度も英雄や父親と再会する夢を見た。だが、つかの間の幸せは目が覚めるたびに霧散し、結局陰鬱な気持ちで日々を過ごしていた。


「……でも、ヒデくん成長していたなあ。ちょっとカッコよかったかも」

「カッコよかったのですか?」

「うん、十五歳のヒデくんってあんな感じだろうなって……ひゃわわわわ!?」


 すぐそばに人が立っていたことに気付き、伊織は思わず間の抜けた悲鳴を上げてしまった。


「いいいいい、いつからそこに!?」

「失礼ながらイオリ様が起きられる前から、ずっとここに」


 アニメや漫画で見たことのあるような、典型的なメイド服を着た黄緑色の髪の女性だった。にやけた顔を見られていたのかと思い、伊織は慌てる。


「ふむ、ヒデオ様と同じ世界の方とは聞いておりましたが、なかなかこの世界の言葉が達者のようですね」

「は、はい。三年間、この世界にいたのである程度は……え、?」


 思いもよらない人物の名前が出て、このメイドが何者なのかという疑問よりも伊織の意識はそちらの方に行った。


「伊織、どうした!?」


 そこへ、悲鳴を聞きつけて部屋の外にいた誰かが血相を変えて飛び込んで来た。


「……え?」


 そしてその人物の顔がかつての自分の記憶と重なり、信じられないといった顔でその名前を呼んだ。


「ヒデ……く、ん?」


 夢で見ていた姿と全く同じで、成長した英雄の姿をその目に認める。

 ぼんやりとした意識の中で交わしたやり取りは現実だった。そのことを知り、伊織は混乱する。


「え、え? どうして。だってここ、日本じゃ……」

「俺も、こっちの世界に呼ばれたんだよ」

「じゃあ、あの時、私を助けてくれたのも……」

「うん……もう大丈夫だから」


 伊織の目が潤む。ずっと夢見ていた英雄との再会。異世界に引き込まれてから身寄りもなく、ずっとフォボスで過ごしてきた三年間の月日。それでも決して失わなかった希望。それが遂に現実になったことに、これまで張りつめていた気持ちが一気にあふれ出した。


「嬉しい……よかった、諦めなくて。絶対にもう一度ヒデくんに会うんだって……それだけが心の支えで」

「伊織――」

「感動の再会の最中、非常に申し訳ありませんが」


 二人の間にクラリスが割り込んだ。和らいだ雰囲気が途端に引き締まったように英雄は感じた。


「失礼ながら、幼馴染とはいえ女性の部屋に断りもなく入室されるのは殿方としていかがなものかと言わせていただきます」

「あ、すいません……」

「それに、イオリ様はまだお着替えを済ませておられません。即時退室をわたくしは要求いたします」

「……え?」


 伊織が布団の中の自分の姿を確認する。そして、綺麗に洗濯された上で部屋の壁に掛けられた自分の制服を続いて見つけた。


「う……うう……」


 泣きじゃくっていたのが一転、伊織の顔が真っ赤になる。それはフォボスの機兵が、その色を紅に染め、強大な力を発揮するように――。


「出ていけーーーっ!!」

「ごごご、ごめん伊織ーっ!」


 手元にある物を片っ端から投げつけて英雄を部屋から追い出す。ネクサスが力を発揮する時の様に真っ青になりながら英雄は慌てて部屋から飛び出していった。


「……失礼ながら、ヒデオ様が悪いと思います」


 そんな様子を見ながら、クラリスはため息を吐いた。



 ◆     ◆     ◆



「そうですか、イオリさんが目を覚ましたのですね」


 エルネストから報告を受けたセリアはほっとする。ヴィクトリアから助け出した後、二日もの間眠ったままだった伊織を、彼女もとても心配していた。


「服の方も、落ち着いたら仕立て直してあげましょう。私の服でサイズの合うものがあればどれかを譲っても……」

「セリア様」


 こほんと咳ばらいをするエルネスト。セリアは会議の最中であったことを思い出し、気まずそうに椅子に座り直した。


「こほん……失礼しました」

「……いえ、お気持ちはわからなくもありません。ですので、その件はまた後程お話いたしましょう」

「まあ、俺も新しいお友達を作るのは賛成ですけどね、王女様」


 ユーリが豪快に笑い飛ばすと、同席している家臣たちの中からも笑いが起きた。エルネストはその緊張感のなさに、眉間に皺を寄せる。


「ともかく、今回の攻撃を防いだことで情勢はかなり変わったと考えられる」

「だな。機兵十機も使って攻め落とせなかったんじゃ、さすがにフォボスも面目が丸潰れだろう」

「各国の様子はどうですか?」

「静観している国ばかりですが、国内ではフォボスに対しての不満はどこも高まっており、侵攻を退けたスペルビアを支援するべきとの声も高まっているようです」


 エルネストが地図に印を置いていく。スペルビアが蒼、フォボス並びにその支援国が赤、それ以外の国は白い石で勢力の構図を分けていく。

 いくつかの国では、経済力や技術力はスペルビアとフォボスに及ばないまでも、皆が結束すれば無視できないほどの勢力にはなりえる。


「世論が動いているのはでかいな。何かわかりやすい決め手でも示せば、一気に反フォボスで立ち上がりそうな感じだ」

「……逆に、ここでスペルビアが下手を打てばフォボスに臣従することを選ぶ国も出てくるかもしれない。どちらにしろ、次の一手は重要なものとなるだろう」


 そして、セリアが木彫りの人形を地図上のスペルビアの場所に置く。


「カギを握るのは、守護の巨人ネクサスということですね」

「はい。それに鹵獲した機兵と古代の技術を使い、スペルビアの機兵の建造を進めています。ヴィクトリアも特攻兵器とは言え、高性能な一機。これを使えれば……」

「失礼します」


 兵士が会議室の扉の向こうから呼び掛ける。会議中はよほどのことが無い限り邪魔をしてはならないとされている。つまり、会議を止めるほどの重要な事態が起きていると言うことになる。


「何事ですか?」


 兵士を会議室へ入れる。しかし彼は慌てる様子もなく、ただ戸惑った様子だった。


「どうした。何かあったのだろう?」

「……フォボスから、使者が参りました」

「フォボスからだと?」


 家臣たちもどよめき出す。フォボスはこれまで、強硬な姿勢で圧力をかけ、スペルビアを脅かしてきた。軍事侵攻についても、外交交渉のほとんどなされない中でフォボス側から仕掛けられたものだ。

 交渉の余地のない狂国。それがスペルビアの見解だった。一体この期に及んで使者とはどのような理由なのか。


「……わかりました。一時、会議は中止します。謁見の間へ通してください」

「ははっ」


 だが、敵対しているとはいえ、使者を蔑ろにするようなことはできない。フォボスが何を思い、何をなそうとしているのかをただす貴重な機会だ。セリアの決断に、エルネストもユーリもそれを認めるのだった。



 ◆     ◆     ◆



「あー、カッコ悪い」


 部屋から追い出された英雄は、窓から街並みを見下ろしていた。せっかくの感動的な再会が台無しだった。


「……でも、伊織の奴、全然変わってなかったな」


 思わず笑みをこぼす。気が強く、明るく朗らか。いつも頼れるまとめ役でありながらどこか弱い所を時折見せる。そんな姿に英雄も彼女が好きになっていたのだ。


「……あ、返事しないと」


 あの日の答えを今なら、しっかり返せる気がする。何せ三年も待たされたのだ。


「でも、さっきの後で言うのはカッコ悪すぎる……タイミング、ちゃんと考えないと、うわああ……」


 英雄は頭を抱える。いい天気なのに心はどんよりと曇っていた。


「おー、ここにいたか坊主」


 そんな英雄に、後ろから声がかかる。振り向くと、ユーリが気怠そうな様子で手を振っていた。


「謁見の間に行きな。セリア様が及びだぜ」

「セリアが?」

「おう。王女様直々に頼みたいそうだ。んじゃな、伝えたぜ」


 それだけ伝えてユーリは去っていく。英雄は、とりあえず伊織の告白の返事については保留するしかないと、気を取り直して謁見の間に向かった。


「あれ、伊織?」


 謁見の間には伊織もいた。先程のこともあり英雄と顔が合わせづらいのか、チラッと彼の方を見て、すぐに伊織は目を逸らした。


「来てくれて、ありがとうございます」


 二人がそろったところでセリアが姿を現した。


「……え?」


 伊織が驚く。当然だ、髪と瞳の色が違うだけでセリアは伊織に瓜二つなのだ。セリアも改めて間近で彼女と顔を合わせ、あまりに似通っていることに驚いていた。


「本当によく似ていますね私たち。ヒデオさんが見間違えるのも無理ありません」


 クスクスとセリアが笑う。そんな様子に英雄は違和感を覚えた。


「なあ、セリア。他の人は……?」


 普段ならいるはずの護衛の兵士やお付きのクラリス、エルネストやユーリの姿もない。薄暗い謁見の間には三人の声と足音しか響いていない。


「人払いをしてあります。ここでのお話は私たちしか知りません」

「何でわざわざそんなことを?」

「……実は、先程フォボスの使者が来ました」

「なんて言って来たの?」


 伊織は冷静にセリアの言葉の先を促す。


「それが……和平会談を申し入れてきました」

「和平!?」

「フォボスが!?」


 二人が共に驚く。フォボスのやり方を知っているだけに、その申し出はあまりにも予想外のものだった。


「戦争を平和に終わらせたいと願うスペルビアとして、この申し出を拒絶することはできません。ですが、きっと何かがあるというのが私たちの見解です」

「……そうよね。私もそう思う」

「伊織をあんな目に遭わせておいて何が和平だよ……」

「ですから、私たちも条件を提示しました。フォボス国王コルネリウスの出席を……ですが、その条件は向こうも想定済みだったみたいで、こちらへも条件を提示してきたのです」

「条件?」


 セリアが肩を落とす。そして、申し訳なさそうに二人を見つめて言った。


「スペルビアが捕らえているフォボスの捕虜、そしてスペルビアが鹵獲した機兵の返還です」

「フォボスの捕虜って……まさか!?」

「……私も?」

「申し訳ありません。せっかくお会いできたのに、フォボスの国王を呼ぶために、この条件を呑まざるを得なかったんです」

「……駄目だ」


 英雄が拳を握り締める。怒りで震えながら、セリアを睨みつける。


「そんなのお断りだ。あいつらが伊織にしたことは絶対に許せない。伊織を返すなんて……そんなこと」

「……私はいいよ」

「伊織!?」


 伊織の返事に英雄は動揺する。


「そうしないと、相手の親玉を引きずり出せないんでしょ?」

「……はい、私たちの国の事情に巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんが」

「待ってくれよ、伊織がそこまでする理由なんてないだろう!」

「ヒデくん、セリアさんの立場をわかってあげようよ」

「……え?」

「何で人払いまでしてこんなこと私たちにお願いしていると思う? 王女様なら私たちを捕まえて無理やり連れて行けって命令を出せばそれで終わりなんだよ」

「それは……」

「私たちを、一人の人間として、ちゃんと見てくれているからこうやって一人でお願いしているんだよ。王女様なのに頭を下げて」

「……っ!」


 伊織に気付かされ、英雄はこれ以上セリアを責めることができなかった。だが、行き場のない気持ちは英雄に重くのしかかる。


「セリアさん、顔を上げて。私にできることがあるなら、協力するから」

「……ありがとうございます、イオリさん」

「いいのいいの。それに、?」

「………………え?」


 英雄が思わず声を上げた。顔を上げたセリアも驚いていた。


「……どうして、それを」

「セリアさん良い人だから。きっと何か考えているんだろうなって思ったの。だって、私を見捨てたらヒデくんに悪いもの、でしょ?」


 既に見抜かれていたことに驚きつつも、セリアはおずおずと首を縦に振った。


「……実は、考えていたことがあって――」


 広い謁見の間で固まり、セリアは二人に耳打ちする。


「……ふーん、面白そうじゃない。でもそれをするってことは」

「はい。皆さんばかりを危険にさらすつもりはありません……

「だ、ダメだセリア。危険すぎる! 伊織も、もし何かあったら……」

「鈍いなあ……何のための『守護の巨人ネクサス』よ」


 伊織がセリアと共に英雄を見つめる。瓜二つの顔が向けるのは彼に対する絶対的な信頼。


「ヒデくんなら、絶対に守ってくれるんでしょ? 私も、セリアさんも」


 守ると誓った。その言葉を翻すという選択肢は英雄にはない。

 ネクサスを動かす時、英雄は誓った。セリアを守ると。

 伊織と約束した。誰かを守るために強くなると。そして、英雄は伊織を必ず守ると誓った。


「……はあ、まったく。強引なのは全然変わらないんだから」

「そう言って、結局力になってくれるのがヒデくんなんだよね」


 英雄はこれ以上の説得を諦める。伊織が昔から一度決めたことは絶対に貫き通す性格だということは彼が一番よく知っている。そして、言葉遣いこそ丁寧だが、セリアも彼女に似て芯が強いことをよくわかっている。


「わかった。でも、二人とも無茶だけはするなよ?」

「はい」

「任せて」


 そして、伊織は英雄とセリアの手を取る。そして、三人で小指を絡め合う。


「約束。絶対に無事に帰るって」

「ああ、約束だ。絶対に守るって」

「はい、約束します。お二人を必ず無事に元の世界へお送りすると」


 三年ぶりの指切り。どこか気恥ずかしくはあったが、懐かしさと伊織らしさに英雄は少しだけ、心が安らぐのを感じていた。

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