第25話 幕間-Intermission-

「なるほど、私が寝ている間にそんなことになっていたんですね」

「ああ。だから伊織は一度フォボスに引き渡されることになるんだ」


 三人の話し合いを終えた後、セリアは会談のための手配と段取りの確認のため、忙しく駆け回っている。英雄は伊織を連れ、スペルビアの城を案内していた。そんな中、日が沈みかけた頃にコスモスが目を覚ました。

 英雄と伊織から伝えられたセリアの考えを聞き、スマートフォンのディスプレイの中でコスモスは腕組みをして考え込む。


「計算上は可能だと思います。ですが、懸念すべき要素があるので確かなことは言えないです」

「何か問題があるのか?」

「お忘れですか? ヴィクトリアの襲撃の際、何故フォボス軍が接近していたのにもかかわらずスペルビアが後手に回らざるを得なかったのか」

「あっ、裏切り者!」


 エルネストから聞いていたスペルビア内の裏切り者の可能性。確実な話ではないが、内部の情報を流している存在がいる可能性がある以上、大規模な作戦はリスクが大きい。


「仮に裏切り者がいるとしますと、セリア王女かネクサスのどちらかが狙われる可能性があります」


 国王が病床の今、全権を握るセリアが討ち取られればこの戦争はスペルビアの負けだ。そしてそれを守るネクサスも同様だ。圧倒的不利から和平会談まで持ち込んだその要因としてはネクサスと、それを操る英雄の存在が大きい。


「私の方も色々と試しては見たのですが……軍事衛星も五千年の間に動きを止めているみたいで、フォボス軍の全容の把握は現状ではできません。申し訳ありません」

「そんなの、コスモスちゃんが謝る必要はないわよ」


 申し訳なさそうに言うコスモスに伊織は笑いかける。


「私は全力でスペルビアに協力するわ。そうしないと帰れないってのもあるし、ヒデ君が頑張ってるのに私だけ安全な所にいるなんて性に合わないもの」

「伊織さん……マスターからうかがっていた通り、パワフルな方なんですね」

「ふーん」


 じろりと、伊織が英雄を見つめる。


「ちょっとヒデ君。コスモスちゃんになんて説明してたの?」

「いや、それは……」


 笑顔で見つめる伊織から恐怖を感じた。思わず英雄は目をそらす。


「もう、私だって女の子なんだからね」

「……わかってるさ」


 むくれる伊織に聞こえない声で英雄は呟く。

 桜が舞っていたあの日、頬を染めて告白してくれた伊織。あの日以来、英雄にとって彼女は一人の女の子として意識する相手になっている。


「あ、あのさ伊織」

「ん?」


 三年と言う月日は二人の関係を変える。英雄にとって彼女はあの日別れたイメージのままだ。あの日と同じように自分に好意を抱いてくれているのだろうか。それがたまらなく不安を覚える。


「この戦いが終わったら――」

「おおー、お二人さんおそろいで」


 不躾な声が二人の話を中断させた。太い腕が英雄の後ろから回される。ユーリだった。


「嬢ちゃんが例のイオリって子か」

「あ、はい。初めまして。菊地伊織きくちいおりです」

「んんー? なんだか発音が例の翻訳とは違う感じだな。もしかしておたく、こっちの言葉話せるとか?」

「ええ、三年間こっちで過ごしている間に」

「かーっ、こいつはすげえ。異世界の奴がこっち来て喋れるようになるたぁな!」

「ゆ、ユーリさん。うで、ちから……」

「お、すまんすまん」


 思いの外、腕に力が入っていたらしい。英雄の首が締まっていた。腕を叩く英雄に気づき、ユーリは力を緩めた。


「しかし良かったじゃねえかヒデオ。ずっと捜していたんだもんな」

「え……?」

「何だ、知らねえのか。こいつ、お前さんがフォボスにいるってわかってから今すぐにでも飛び込んでいきそうな様子だったんだぞ」

「ユ、ユーリさん!」


 慌てて英雄がユーリの口をふさぐ。そして、真っ赤になっている二人の様子を見て頬をかく。


「あちゃー、こいつは野暮だったかな。ま、こんな状況だ。いつ死んでもいいようにやることはヤっとけよ」

「ちょっとユーリさん、それどういう意味ですか!?」

「異世界の人間にゃわからんか? つまり子ど……」

「子供に何の話をしとるんだお前は」


 ユーリの背後に立った人物が彼の頭を杖で軽く叩く。振り返ったユーリはその顔を見て表情を強張らせた。


「げっ、エルネスト!?」

「輸送部隊の指揮はどうなっているユーリ。ゆっくりしている時間はないんだぞ」

「輸送部隊?」


 エルネストの言葉に英雄は首を傾げた。ユーリは前線の指揮官だと彼は聞いている。


「和平会談とは言え、不測の事態に備えて兵は必要だからな。ネクサス用の魔石もまとめて俺が輸送するのさ。あまり目立たないように寡兵で動く必要があるんで俺が指揮官ってことだ」

「できればヴィクトリアに積まれていた魔石も回収したかったんだが、そこまでの余裕がなくてな」

「ま、仕方ねえさ。それに和平が成れば機兵も不要になる。心配はいらねえよ」

「フォボスの王をどれだけ譲歩させられるか……セリア様に全てがかかっているというわけか」


 英雄と伊織の脳裏にセリアから聞いた作戦がよぎっていた。あの作戦は和平がつつがなく成立すれば動く必要がない。だが、もしものことがあれば英雄たちは動かなくてはならない。

 だが、その作戦は彼らに伝えてはいない。誰が裏切者かわからない以上、迂闊なことは言えない。そして英雄と伊織にだけ打ち明けてくれたセリアの思いのためにもここは二人とも口を閉ざす。


「大丈夫ですよ。セリアならきっと」

「だな。それじゃ俺も仕事に戻るとしますかね。おっかねえ軍師様にこれ以上怒られないように」


 肩をすくめつつ、ユーリはその場を離れて行った。


「イオリ……だったな。この度は面倒なことに巻き込んでしまった。せっかく会えたのに、また引き離してしまうことになること、本当に申し訳ないと思っている。スペルビアの外交に携わる者として詫びよう」

「え、えっと。気にしないでください。私のことなら大丈夫ですから」

「和平をまとめ、ヒデオや他の者と共に元の世界に帰れるように力を尽くす。もう少しだけ辛抱してくれ」

「……はい。よろしくお願いします」

「ヒデオ。お前にもセリア様の警護のため、ネクサスで待機してもらう。何かあった時にはセリア様だけでもネクサスに保護しろ」

「わかってる。でも、エルネストだってちゃんと帰って来るって約束してくれよ。セリア、あんたを頼りにしているからさ」

「……善処しよう」


 険しい表情のまま、エルネストは背を向ける。そして、再びせわしなく動く兵士たちに指示を出すべく去って行った。


「……さて、私もそろそろ準備しなくちゃね」


 伊織はフォボスへと移送される捕虜の一人という扱いになっている。他にもゼムの砦での攻防戦で捕虜となったマイクなど、多くの人々がフォボスへと向かうことになっている。


「そうだ、コスモスちゃん。ネクサスの機能で通信機って作れない?」

「通信機ですか?」

「ああ。コスモスにそのことをお願いしようと思っていたんだ」


 作戦を立てたまでは良かったが、それを実現させるとなると三人ではできることに限りがあった。特に、通信機の確保は三人の頭を悩ませる案件だった。


「そ、セリアさんの作戦では私がそれを持っていなくちゃいけないの。本当ならアーティファクトが使えれば良いんだけど……」


 そもそもアーティファクトは軍で集中管理している。めったなことでは持ち出せない。


「それでしたら、マスターのこの端末をお貸ししたらいいと思います」

「え?」

「スマホを?」

「はい。この内部の解析は既に完了しているので、少し調整すればネクサスとチャンネルを開き、通信ができるようにすることは可能です」

「中継局なしでできるのかよ……」

「うわ、ヒデくんから聞かされてたけど、本当に便利ねこの子……」

「ふふーん。これぞ、古代の技術ロストテクノロジーの力の見せ所です」


 えっへんと、ディスプレイの中でコスモスが胸を張る。


「通信チャンネルの開設と細かい設定があるので、明日までにもう一人分くらいなら通信端末を作れると思います。ですからこの端末はイオリさんが。もう一つはセリア王女がお持ちになるということでどうでしょう?」

「あれ、それじゃ俺は? スマホがないと言葉がわからないんだけど」

「ネクサスに搭乗していれば私が翻訳します。なので、スマートフォンは明朝の出発前に受け渡しということで」


 とんとん拍子に事が進むことに英雄も驚きを隠せない。だが、伊織はそんな英雄の横で笑みをこぼしていた。


「……実はね、さっきまで不安だったんだ。でも、ヒデくんとあのロボットとコスモスちゃんがいれば絶対に大丈夫な気がしてきた」

「……ああ、大丈夫だよ。任せてくれ」


 英雄の手が伊織の手をつかむ。唐突な英雄の行動に伊織は今度こそ驚いた。


「もう、あんな思いはごめんだから」


 伊織がいなくなり、この三年間抱き続けていた虚無感と喪失感。どれだけ努力しても、どこか空しかった日々にようやく決着がついたのだ。だからこそ、二度と伊織を失いたくはない。


「……私たちの出番、無ければいいね」

「……そうだな」


 伊織も英雄の手を握り返す。そうして、久しぶりに訪れた短い二人の時間は過ぎていくのだった。

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