第21話 悪夢-Nightmare-
「ヴィクトリアには人が乗っています!」
「――っ!? 止まれネクサス!」
コスモスの言葉に、全力でネクサスに制動をかける。ハルバードの穂先はヴィクトリアの胸元に当たりはしたがヒビを入れるに留まり、貫く直前でなんとか停止した。
「……なんだって?」
「ヴィクトリアには、人が乗っています」
「嘘だろ……自爆兵器だぞ」
冷静に告げられた言葉に英雄の肝が冷える。あと少しでヴィクトリアは胸元――誰かが乗っているであろう操縦室を貫くところだった。
「あの中に、人が……うわっ!?」
ネクサスの脚に
「ぐああっ……!」
機体に衝撃が走る。左腕がランスで貫かれ、激しく火花が散る。
「ネクサス、左肩部中破! 可動部損傷。左腕、上がりません!」
「くそっ!」
ハルバードを振るい、ヴィクトリアを殴る。だが、踏ん張りの利かない大勢のためにダメージは軽微。わずかによろめいただけの機体は、すぐさまネクサスを紅の目で睨みつける。
「コスモス、本当にあいつの中に人が?」
「……はい」
モニタにヴィクトリアと、その
「
「……そんな」
機関部を止めれば爆発する。操縦者を殺せばヴィクトリアは停止するが英雄は人を殺したという業を背負う。かといって、放置すれば自爆によって操縦者もろとも砦は吹き飛ばされる。
「有人機である以上、自ら自爆装置を作動させることも可能と考えられます。組み付いて拘束するのも非常に危険と言わざるを得ません」
「それじゃあ、どうやってあいつを止めればいいんだよ!?」
ヴィクトリアの背後に悪意が見えるようだった。英雄が敵を殺さないという信念を持っていること、その上でこのような手を取って来たとしか思えない。
「方法はあります。ですが……」
コスモスが言いよどむ。この表情は英雄も一度だけ見ている。それはネクサスの初陣の時だ。
「封印されてるのか?」
「……はい。それに、今はまだこの力を使うための状況が整っていません。ネクサスを操るマスターの練度も不足しています。マスターのサポートプログラムとして、推奨できません」
「今はまだってことは、何かできることがあるのか?」
「最低でも、
「……やるしかないか」
ヴィクトリアが襲い掛かる。その死角を埋めるように
ネクサスはハルバードを振り回し、ランスを止めるが
「くそ……っ!」
「やはり左腕が使えないのは……でも!」
二機の連携の前に、機兵の残骸の下へ走ることができない。第一、修復のために機兵の下へ向かえばその間にヴィクトリアは砦へと向かうに違いない。悔しいが片腕を失ったまま戦うのがヴィクトリアを足止めする手段としては最善なのだ。
「右眼中破! 有効視界六十三パーセントに減少!」
「駄目……このままじゃ!」
「くっそおおおお!」
もはやハルバードは機体を支えて立ち上がる杖と化しており、英雄も答えを見出せない焦りから正確な操縦が困難になりつつあった。
正面からヴィクトリアが襲い掛かる。ハルバードで受け止めるがネクサスの死角からは
「――全砲門、斉射!」
ネクサスの右側から爆発が上がる。蒼い光の玉が次々と砦から撃ち出され、ネクサスの死角へと次々に飛んでいく。
「セリア様、
「ありがとうクラリス。皆、このままヒデオさんを援護してください!」
「おおーっ!」
「セリア!?」
砦の外壁の上で兵を率いてセリアが立つ。その横に立ち並ぶアーティファクトの大砲は全てが
「スペルビアの兵たちよ、あの少年に負けるな!」
エルネストも自ら蒼煌石を運びながら兵を鼓舞する。
「彼は異世界の者でありながらセリア様を守るべく立ち上がった勇敢な少年だ! 決して死なせてはならん!」
「子供に守られて何が軍だ。俺たち自身で国を守らなくてどうする。てめえら、大人の力の見せ所だぜ!」
ユーリもセリアを補助して砲兵を指揮する。アーティファクトの大砲は魔力を砲弾として放つ仕組みであり、魔力さえあれば連続して放つことも可能だ。砦にいる兵士全員の連携で砲弾は途切れなく放たれる。
「当たらなくても構いません。とにかく挟み撃ちにだけはさせないようにして下さい!」
「みんな……」
一度は折れかけた英雄の心に再び火が付く。強い思いが注がれるほどに魔石はより強い魔力を生み出し、機兵はより強い力を放つ。
「うおおおお!」
「ネクサス、パワー上昇。ヴィクトリアを上回りました!」
まだ最善手は見えない。だが、少しでも望ましい結末を勝ち取るためにはネクサスの新たな力を解放することこそが最も確率が高いのかもしれない。
だからこそ、今できることを少しでもやる。そのためにも、皆が行ってくれる必至の援護を無駄にはできない。
「どけええええ!」
ヴィクトリアを押し返す。背中から倒れる隙に、コスモスがサーチした
「来い!」
車輪が砲撃で歪み、十分な速度が出せていない。破損しているとはいえ、ネクサスの反応速度で捕らえられないほどではない。
「マスター、今です!」
「でやああああ!」
咆哮一閃。眼前に迫った
「はあ……はあ……やった」
「マスター、ヴィクトリアが!」
「わかってる!」
余韻に浸る間もなく、再びネクサスを走らせる。ヴィクトリアは既に砦へ向けて動き出していた。
「怯むな、撃て!」
砲弾をその身に受けながらもヴィクトリアは止まらない。だが、その勢いだけは殺すことができており、スペルビア軍の反撃を受ける間にネクサスが追い付く。
「セリアに近づくなあああああ!」
砦に辿り着く前にネクサスがハルバードで殴りつけ、ヴィクトリアが吹き飛ばされる。
「少しでも砦から離しましょう!」
「ああ、セリアたちには今のうちに避難してもらおう!」
コスモスが外部へと音声を繋ぐ。英雄はモニタに映るセリアたちへと声を飛ばした。
「セリア、こいつは機兵型の爆弾だ。俺が食い止めている間に逃げてくれ!」
「何ですって!?」
「おい坊主、そいつは確かか!」
「コスモスのデータにある機兵とそっくりなんだ。時限式だから放っておいても爆発する。俺が遠くまで引き離すからすぐに避難してくれ!」
「でも、それではヒデオさんが危険です!」
「ネクサスにはまだ眠っている力があるんだ。それを使えれば大丈夫さ!」
ヴィクトリアが再び立ち上がる。ネクサスの損傷もかなりのものだが、こちらの機体へのダメージも、その動きの鈍さからかなりの蓄積が見えた。
だが、ネクサスにはコスモスのサポートがある。右手に握るハルバードもある。左腕は動かなくとも蒼煌の盾の能力は使用できる。
「……行かせないぞ。俺は決めたんだ」
幽鬼のように不気味にこちらを睨むヴィクトリアを前に、英雄は自分を奮い立たせる。己の誓いを叩きつけるように宣言する。
「セリアを絶対に守るって!」
「――ウ」
その時、英雄の耳に何かが聞こえた。それは目の前の機兵から発されていたものだった。
「ウウウウウウウ……」
「なんだ……うめき声?」
通信を行うつもりでもなく、ただ音声が発されるだけ。その不気味な声にセリアたちも思わずヴィクトリアに見入ってしまう。
「ウァアアアア!」
「うわっ!?」
そして、咆哮と共にヴィクトリアが飛び掛かる。それは砦でも、セリアでもなくネクサスに向けてだった。
ネクサスの持つハルバードを向かいから握り、顔を露出させた兜を模した頭部を打ち付ける。
「なっ!?」
「ネクサス、頭部損傷! 有効視野五十パーセントに減少!」
「なんだ、いきなり!?」
「わかりません、ヴィクトリアの攻撃パターンが突然変わりました!」
騎士を彷彿とさせるランスによる白兵戦から、突如野獣のような荒々しい肉弾戦へ。攻撃での距離感を掴みかけていた英雄にすれば予想外の攻撃で意表を突かれる。
「アアアアアッ!」
「くっ、このっ……」
その猛烈な勢いに押されてハルバードを取り落とし、そのまま倒されてしまう。馬乗りになったヴィクトリアはネクサスを殴りつける。
「ダメです、ネクサスの片腕のパワーだけではヴィクトリアを排除できません!」
「まずい!」
残された右腕で防ぐがヴィクトリアの攻撃は続く。このままでは長く持たない。
「皆、ネクサスの援護を! 砲撃開始!」
「ウグッ!?」
「セリア!?」
揉み合う二機の下へ蒼い光球が降り注ぐ。ヴィクトリアの顔部や背部に直撃し、その機体が揺らいだ。
「今です、ヒデオさん!」
「マスター!」
「うおおおお!」
重心が変わった瞬間を逃さず、機体を押しのけて脱出する。膝をつくヴィクトリア目掛けてネクサスは右腕を構える。
「コスモス!」
「ネクサス、右腕爪部展開!」
「グ……ア……」
「まだ動くのか!?」
だが、操縦者が肉眼で視界を確保すれば話は別だ。動きは拙いがヴィクトリアは再び動き出そうとしていた。
「全員撃て! 立たせるな!」
エルネストの号令で砲弾が一斉にヴィクトリアに浴びせかけられる。蒼い光が雨と注ぎ、その機体を破損させていく。
「撃ち方やめ!」
そのあまりの砲撃の数に、白煙が辺りを埋め尽くす。機影すら見えなくなったためにエルネストも砲撃を止めさせる。
「どうなったんだ……?」
「現在、サーチ中です」
ネクサスの方からもヴィクトリアを補足できなくなっていた。すでにコスモスもサーチを始めている。
「――機体反応あり。かなりの破損が見受けられますが、ヴィクトリア、健在です!」
煙が晴れていく。ゆっくりと立ち上がった機体は徐々にその姿を見せていく。
「くっ、やはり機兵を倒すにはまだ威力が――む?」
エルネストが異変に気付く。立ち上がったヴィクトリアの胸元から何かが落ちたのだ。
「コスモス、あれは?」
「確認しました。ヴィクトリア、胸部装甲が破損により脱落した模様です」
「破損!? あの位置って、操縦室だろ。大丈夫なのか?」
「……操縦者の安否、確認します」
モニタに映るヴィクトリアの胸部をコスモスが拡大する。煙も晴れ、視界を遮るものもない。
「完全に操縦室がむき出しになってる……」
英雄が息をのむ。もし露出した部分に砲弾が当たっていたら最悪の事態も考えられた。
「――生体反応あり。操縦者の生存を確認」
コスモスの報告に、英雄は胸を撫で下ろす。だがその気持ちは、続いて彼の目に入った光景に、たちまちの内に吹き飛んだ。
「――え?」
「マスター?」
思わず英雄はモニタを覗き込んでいた。目の錯覚か、何かの間違いだと思ったから。
「……嘘だろ」
そこには、操縦室の様子が鮮明に映し出されていた。
ネクサス同様に中央に魔石の埋まった台座。その向こうにいる操縦者。唯一違うのは、その人物が機械で作られた座席でコードに繋がれていること。台座からは何本ものコードが伸び、操縦者の座席の肘掛けへと繋がっていた。
「……どうして」
頭にも何らかの器具が取り付けられ、仰々しい巨大な機械の椅子に座った――繋がれたと言った方が正しいか――操縦者は感情のない虚ろな目で外の光景を見ていた。
「どうされたのですか、マスター。落ち着いてください!」
コスモスの声も耳に届かない。それだけその人物の、その姿は彼にとって衝撃的なものだった。
「伊織ーーっ!!!」
英雄が見間違えるはずがない。三年の月日が経っていても、その容姿、その髪型は全く変わっていない。別れたあの日のまま――探し求めていた人物はそこに座っていた。
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