最終話 未来-COSMOS-

 真っ暗な空間にしばらくの間身を置いた後、その先から光が広がっていく。それは英雄がスペルビアに、伊織がフォボスに召喚された時に見た光景と同じものだった。


「うわっ!」


 光が二人を包み込み、視界が突然開ける。体に重みを感じた二人はそのまま落下して尻もちをついた。その痛みに英雄は向こうの召喚に巻き込まれた時の苦い思い出が蘇る。


ててて……あの時と全く同じか」


 痛みを堪えながら英雄は目を開けた。その場所は彼にとって思い出深い場所だった。


「桜の木……帰って来たんだ」


 英雄が召喚に巻き込まれた始まりの場所。そして、伊織に告白されたあの場所だ。既に花は散っていて青々とした葉っぱが所狭しと茂っている。肌に感じる感覚、聞こえる蝉の声から今が夏だと言うことはわかった。スペルビアで過ごしていた五ヶ月がそのまま経過していたと考えれば今は八月の中旬にあたるはずだ。


「伊織……?」


 周囲を見渡すと、闇の空間から抜けるまで手を握っていたはずの伊織の姿が無かった。落ちた際に手を離したのだと思っていたが、それならそばにいるはずだ。


「伊織……伊織!」


 不安に駆られた英雄が叫ぶ。何かの手違いで帰って来れていないのではないだろうか。スペルビアか、あるいはあの空間に閉じ込められているのではないか。そんな恐怖の中、彼女の名を叫び続ける。


「返事してくれよ……もう、伊織がいなくなるのは嫌だよ……伊織ーっ!」


 桜の木にもたれかかってうなだれる。これまでの命懸けの戦いは何だったのか。せっかく彼女を取り戻したのに。一緒に帰って来れたはずなのに。そんな虚無感と絶望感だった。


「……泣いてるの。ヒデくん?」

「……え?」


 聞こえた声に恐る恐る顔を上げた。そこにいたのは膝に手をつき、息を切らせた伊織だった。


「いお……り?」

「最初にあっちに吸い込まれた場所に出たのよ。ヒデくんを捜してたんだけど、呼ぶ声が聞こえたからこっちに――」

「伊織!」

「わっ!?」


 感極まって英雄が伊織を抱きしめた。思わぬ反応に伊織は驚きの声をあげた。


「ひ、ヒデくん……あの、えっと!?」

「よかった……またいなくなったのかと」

「……大丈夫。もう、どこにもいかないから」


 英雄は泣いていた。彼はスペルビアにいた時もほとんど泣き言を言わなかった。泣いたのは自分を助けてくれた時だけ。それだけ自分を大切に想ってくれていることが嬉しくて、伊織は優しく背を撫でてあげた。


「伊織……好きだ」

「ふえっ!?」


 だが、英雄の発言に落ち着き始めた気持ちがまた乱れされることになった。スペルビアでの戦いの中でお互いの気持ちはわかっていた。だけど帰って来ていきなり告白されるとは彼女も思っていなかった。


「俺は……天野英雄は、菊池伊織が好きだ」


 三年前と同じ場所で。今度は英雄から伊織へと逆に。あまりの不意打ちに伊織はパニックになる。

 心臓の鼓動が速い。それが英雄のものなのか伊織のものなのかわからない。告白される側になって、三年前の英雄はこんな気持ちだったのかと今になって伊織も理解した。


「えと……えと。返事、また今度じゃ……」

「嫌だ。またいなくなるかもしれない」


 あの時のように逃げ出そうとした伊織を英雄は離そうとしなかった。返事を濁すのを許した結果、また会えなくなるかもしれない。それは彼にとって最大のトラウマだったから。

 もう後悔しないために。今、しなくちゃならないことを決して後回しにするつもりはなかった。


「わ、私も……」


 自分を見て欲しかった。大切だから守りたかった。守って欲しかった。幼い頃に抱いたほのかな想いは果たされ、異世界から自分を連れ戻してくれた。そんな姿に、三年間も生死不明の自分を想い続けてくれた彼の想い。だから、彼女も言う。


「私も……ヒデくんのことが、好き……です」


 その言葉で、ようやく英雄が力を緩めた。改めて顔を見合わせた二人は真っ赤だった。


「ご、ごめん……取り乱して」

「あ、あははは……ううん。いいから」


 想いを伝えあったことに猛烈な恥ずかしさがあった。自分らしくない。いつもみたいに元気いっぱいの活発な姿が出てこない。そんならしくなさも伊織にはなんだか心地よく感じた。


「おめでとうございます!」

「わっ!?」

「きゃっ!?」


 そんなぎこちない恋人同士の雰囲気を、突然の大声の祝福がぶち壊した。


「な、なんだ今の!?」

「どこから聞こえたの!?」

「ちょっと。もう少し二人きりにしてあげなさいよ! 空気が読めないわね!」

「こんなにおめでたいのにこれ以上黙っているなんて限界だったんです!」


 言い争う二人の声。それは英雄の懐から聞こえていた。それは二人にとって忘れられない、大切な声だった。


「まさか……」


 すぐに学生服のポケットからスマートフォンを取り出す。恐る恐るディスプレイを点灯させると、そこに表示されたのは――。


「コスモス!?」

「クロちゃん!?」

「ほら見なさい。せっかくいい雰囲気だったのにぶち壊しじゃないの」

「あはは……」


 スマートフォンの画面の中で動く白と黒の二人のコスモス。ネクサスの中で別れを告げたはずの二人がそこにいた。


「なんで……だってもうネクサスは」

「実は……こっちの端末にお邪魔していた時にバックアップを残していたのを忘れていまして」

「私も一度マスターの端末にお邪魔していたからその時にバックアップを残していたんだけど……完全に忘れてたわ」


 痛恨のミスだとコスモスは苦笑し、ノワールは額に手を当てる。三機のネクサスとの邂逅とそこからの調整、出撃と最終決戦。多忙の上に日々状況が移り変わる中ですっかりこちらのデータに手が回らなかったのだろう。

 そもそも、コスモスたちと別れた後に言葉が翻訳されてたことからも気づくことはできた。そこに気付けなかったのは英雄たちのミスだったと言えるかもしれない。


「たぶん、今頃セリア王女の端末でもリヤンが挨拶してるでしょうね」

「そうね。あちらの端末にはリヤンがバックアップを残していたもの」

「マジかよ……」

「もう……」


 涙で別れたあの時間は何だったのかと伊織が眉を寄せる。それでも、再会できたことの喜びの方が上らしく、その表情は少しにやけていた。


「マスターがお望みなら、この端末のデータを消去していただいて構わないのですが……」

「……できるわけないだろ」


 人工知能とはいえ、心のある二人を、共に戦った仲間を自らの手で消去することなど英雄にできるわけがなかった。


「そうだよね。だってヒデくんだもん」

「……ま、そんなわけだからしばらくお世話になるわ」


 ネクサスは封印され、長い眠りについた。だからもう二人が帰る場所は残されていない。異世界の技術がこの世界に影響を与えないか一抹の不安はあるが、英雄はセリアと交わした言葉を思い出す。


「技術も、使う人の心次第だもんな」


 世界を滅ぼす力になるか、人を守る力になるか。それは自分たちにかかっている。セリア達の世界は人間の争いによって一度滅びかけた。自分たちも同じ過ちを繰り返してはならない。


「ああ、イオリ。私の端末へやを早く用意してね。ここ、二人だと狭いのよ」

「勝手に入って来てそれ言いますか!」

「はいはい。シロちゃんもクロちゃんも暴れるとまた処理落ちするわよ」


 でもそんな三人のやり取りを見て、英雄はきっと自分たちなら大丈夫だろうと思うのだった。


「さて、まずはこの世界のことを知らなければいけませんね」

「こっちの争いのこと、技術のこと、たっぷりデータを取らせてもらうわよ」

「あはは……私も三年離れてたから全然世の中の事わからないわ。勉強も頑張って追いつかないと」


 世界を変える力は簡単に手に入りはしない。でも、それを手に入れた時、自分がどう動けばいいのか。何のために使えばいいのか。それはちゃんとわかっていなくちゃいけない。知らなくちゃいけないことはいっぱいある。


「行こう。まずは家に帰らなくちゃ」


 手を取って二人は歩き出す。大切な恋人の手を、絶対にもうどこへも行かないと、離さないと誓うように、その手はしっかりと繋がれていた――。

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