第52話 帰還-Return-
戦いは終わった。ソルベラブの打倒後、スペルビア王国とフォボス王国の間に停戦協定が結ばれ、世界は再び穏やかな日々が戻った。
フォボスは既にコルネリウスによって王族が抹殺されており、後継が誰もいなかった。その結果、王国は滅び、人々の強い希望によってスペルビアとの併合が決まった。
王が人間を捨て、ソルベラブと一つになり永遠の命を得ようとした末路が、自ら立てた国の滅亡と言う皮肉な結末だった。
「……全ては、ここから始まったんだな」
英雄は、禁断の地のネクサスの中にいた。フォボスの機兵は全てソルベラブから生じたものであり、その打倒によってフォボスから機兵の技術は失われた。残されたルカニアとヴィトスはソルベラブ戦後にスペルビアに引き渡され、解体された。
そして、最後の機兵となったネクサスは禁断の地の爆破により他の古代技術の兵機と英雄の世界から召喚した兵器と共に地中深くに埋められることになった。
「お世話になりました。マスター」
「こっちの台詞だよ。コスモスがいなかったら俺はとっくに死んでいたんだから」
ネクサスと出会った運命の日。あの日から既に五ヶ月が経過していた。別世界への召喚、セリアとの出会い、巨大ロボットとの戦闘、伊織との再会。あまりにも現実離れした日々だった。
「ノワールもありがとう。君がいてくれたから伊織も無事でいられた」
「……ただの罪滅ぼしよ。あなたにしたこと、これで許してくれたらありがたいわ」
「素直じゃないですねノワール。色々言いつつもマスターヒデオとマスターイオリのことをそれなりに気に入っていたのでは?」
「な、なに言ってるのよリヤン!? 私は……!」
「あははは」
このやり取りももう見ることはできない。最後まで側で支えてくれた三つの人工知能。その名前はきっと、生涯忘れないだろうと英雄は思っていた。
「それじゃ、そろそろ行かなくちゃ」
「マスターヒデオも、本日帰還されるのでしたね」
「うん。セリアも多忙だし儀式の時間に遅れるわけにいかないからね」
語りたいことは山の様にある。だがいつまでもここにいることはできない。セリアは統一王国の女王として即位することになるため、その準備で大忙しの日々を送っている。それでも、英雄たち異世界の人々を帰還させる儀式だけは自らが執り行いたいと時間を調整してくれた。その時間は近かった。
「ありがとう、コスモス、ノワール、リヤン」
「はい。お元気で」
「イオリと仲良くしなさいよ」
「私たちのこと、忘れないでくださいね」
別れの言葉を交わし、コスモスたちが操縦室の明かりを落とした。歩き出す英雄の背に向けて深々と頭を下げて三人は最後の言葉を贈った。
「ネクサス統制プログラム、コスモスからお礼を申し上げます。我が最高のマスター、アマノヒデオさん。素敵な日々をありがとうございました」
コスモスは、出会った時のように満面の笑顔で。
「同じくノワールが敬愛するマスター、アマノヒデオへ感謝を。そして、その心の輝きをいつまでも失わぬよう願っていますわ」
ノワールは優雅に。
「同じくリヤンからマスター、アマノヒデオへ。どうか、あなたに素晴らしい未来が訪れますように」
最後に、リヤンが淑やかに。
「……さよなら」
ネクサスのハッチが開き、外の明かりが差し込む。その光に溶け込むように少女たちは笑顔を浮かべてその姿を消して行った。
「ヒデくん、お別れ済んだ?」
先にお別れを済ませていた伊織が英雄を出迎える。英雄が中にいる間、泣いていたのか眼は真っ赤だった。
「ああ、それじゃあ行こう」
「……うん」
英雄は何も言わず、伊織にハンカチを渡して歩き出した。外のセリアたちをこれ以上待たせるわけにはいかなかった。
「……出て来たか」
通路を抜けた先でエルネストが出迎えた。彼も忙しい政務の合間を縫って駆け付けてくれていた。
「もう準備はできている。こっちだ」
案内された先は巨大な魔法陣とその周囲を取り囲むように巨大な紅晶石が配置されていた。いずれもフォボスから調達したものだ。
集められていた異世界からこの世界へと召喚された人々は案内に従い、その中心へと入っていく。残りは英雄と伊織だけだ。
「お待ちしていました、二人とも」
「セリアさん、色々とお世話になりました」
「こちらこそ……お二人には感謝しきれないほど助けていただきました。向こうへ帰っても……忘れないでくださいね」
「セリアさぁぁぁん……!」
感極まった伊織が泣き出した。そんな彼女をセリアは抱きしめ、慰める。
「絶対に忘れない……ずっとお友達だからね」
「お友達……私が、いいのですか?」
「あれ、俺たちはもう友達だって思っていたけど?」
思わぬ言葉にセリアも驚いていた。身分の差から気の許せる友人もおらず、いつも一人だった彼女。だがこの戦いを通じて彼女には身分も世界も越えた、大切な仲間ができていた。
「ありがとうございます……同じ歳のお友達ができたのは、初めてです」
セリアにも涙が浮かんでいた。
「失礼ながらセリア様、そろそろお時間です」
「……はい、わかっています」
クラリスに促され、セリアもいよいよその時が来たと気を引き締める。
「……ヒデオさん。最後に一つだけ伺ってもよろしいですか?」
「なに?」
「今でも、ご自分のお名前はお嫌いですか?」
決戦の前に英雄がセリアに話した言葉を思い出す。ずっと弱虫だった自分と真逆の名前に抱いていたコンプレックス。
「……いや、今は誇りに思ってるよ」
まだ自分が目指す理想の姿にはなっていない。でも、そんな今の自分が皆に支えられて伊織を、セリアを守り、たくさんの人々が自分を信じてくれた。その事実に偽りはない。
「これからも頑張るよ。今度は一人だけじゃなくて、みんなにも助けてもらってね」
「大丈夫。また一人で暴走しそうになったら私が止めてみせるから」
「くすくす……よろしくお願いしますね、伊織さん」
「恰好つかないなあ……」と英雄が苦笑する。そんな二人の姿を見るのがセリアは好きだった。共に信頼し合い、お互いを支え合い……そんな人が自分にもいつか現れるのだろうか。それはできれば彼のような――。
「では、参ります」
セリアが詠唱を始めた。魔法陣が輝き、紅晶石も強く光を放ちはじめる。
「さよならセリアさん。これからが大変だと思うけど、頑張って」
「任せてください。決して技術は、人の心は間違った方向へ行かない様、皆と共に邁進していきます」
技術は使う人や使い方次第でたくさんの人を死なせてしまう兵器にもなってしまう。あの日、英雄が言ってくれた言葉を胸に、セリアは皆の未来へ踏み出す言葉を紡ぐ。
だからセリアは戦いが終わった後、全ての技術を放棄するのではなく、かつての人々が用いた技術を研究し、人々のために開放することに決めた。
これから先、スペルビアだけでなく、世界は技術革新を始めていくだろう。かつての争いによって滅びかけた過去を知る今の世界ならきっと正しく使ってくれるはずだ。
「開いて導け、あるべき場所へ」
次々と紅晶石が砕け、解き放たれた魔力が空中へと集う。
「いざない運べ、あるべき場所へ」
風が巻き起こり空間に穴が穿たれる。そして、そこを起点に魔力の渦が発生する。
この世界へ来た時のように、異世界との道が繋がり、そこへ一人一人、吸い込まれていく。
「――行け」
震える声でセリアが蒼煌石を投げ上げる。蒼い魔力が莫大な力を安定させ、その力の道筋を作り出す。
「さようなら、セリアさん!」
「バイバイ! 大好きだよ、セリアさん!」
「――私も」
手を取り合って浮かび上がる英雄と伊織。別れの言葉に堰を切ったようにセリアの眼から涙があふれ出していた。
「私も、大好きです! ヒデオさん、イオリさん……っ!」
行かないで欲しい。本当はずっと二人にいて欲しい。だが二人には戻るべき世界がある。帰すべき家族がある。だからその言葉は呑み込む。本当に大事な、命を共にかけて戦った大切な友達だから。
「ずっとずっと、お幸せに!」
だから精一杯の笑顔で送り出す。二人の幸せを願って。素晴らしい未来を願って。みんなの思い出のいっぱい詰まった端末を握りしめ。手を振った。
「……さようなら。私の、一生のお友達」
最後の二人が吸い込まれ、穿たれた空の
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