創成の蒼煌機NEXUS
結葉 天樹
第一章 繋ぐ者-NEXUS-
第00話 告白-Affection-
「あーあ。卒業式、終わっちゃったね」
三月。桜が咲いて学校が彩られる麗らかな春の日に、二人は小学校を卒業した。
卒業証書の入った筒を持って、春から通う中学校の制服を着て、最後の帰り道だった。
「なんだか寂しいなあ。中学に行ったらみんなバラバラだもん」
「仲がいい友達、みんな別の中学だっけ?」
「うん」
伊織には友達が多く、最後まで友達と別れを惜しみ合っていた。
「伊織なら、みんなと同じ学校に行けたんじゃないか?」
「うーん、まあそうなんだけどね……」
伊織の進学先は英雄と同じだ。家から近いけど、あまり進学校とは言えないレベルの学校。
しかし、英雄にとっては入学するのが精いっぱいの場所だった。
「まあ、連絡とればまた会えるんだし」
「それはそうだけど……」
対して伊織はクラスでも上から数えた方が早い成績だった。だから、英雄は同じ中学に行くと聞いた時は驚いた。もっと上を狙えるのにと教師も残念そうにしていたという。
「あの中学、伊織の将来の夢を叶えられるような進学先、あったっけ?」
「あはは……まあね」
どうも歯切れが悪いことに英雄は違和感を抱いていた。
いつも言いたいことを遠慮せずに言う彼女とはちょっと違う雰囲気だった。
ただ、それも当たり前かもしれない。来月からは中学生。いつまでも子供みたいな行動はできないということではないかと英雄は一人、その行動の理由を考えて納得していた。
「やっぱり伊織は大人だなあ」
「なによ、急に」
五年生になったあたりから背も伸び、もう百六十センチくらいだという。それに比べて英雄は百四十七センチ。伊織と話す時はいつも見上げなくてはいけないため、長話をするときは首が痛いのが悩みだった。
こうして一緒に歩いている時だって、英雄は縁石に乗ってようやく背丈が釣り合うほどだ。
「心配しなくても、ヒデ君もすぐに身長伸びるよ。にじせーちょーってやつが来るのは男の子の方が遅いって言うし」
「そんなに伸びるかなあ……」
英雄の親はどちらもそれほど背が高くない。だからおそらく伸びても伊織と同じくらいだろうと、少々悲観的ともいえる望みだった。
「むー、ヒデ君、なんかネガティブじゃない? せっかくこんなに晴れて、桜も咲く絶好の卒業式日和なのに」
「気も重くなるさ……あいつらと同じ学校だもん」
英雄の顔を覗き込んだ伊織が、「あー」と納得して苦笑いをする。
彼にとって中学校での唯一の不安は、一緒に進学するクラスメイトの存在だった。
「また、中学でもいじめられるのかと思うと……やっぱりね」
「だいじょーぶ! 私がまた助けてあげるから」
ドンと胸を叩く姿が頼もしい反面、英雄は情けなさを覚える。
昔から気弱で人付き合いの下手な英雄はいじめられやすく、そのたびに伊織が彼を庇っていた。そんな関係が幼稚園の頃から続いているのだから、伊織もすっかり保護者気分だ。
「うう……いつまでも、女の子に守られているってのはなあ」
「ん? でもヒデ君、ケンカできるの?」
「……無理」
「あはは、ヒデ君は昔から優しいもんね。でも、それでこそヒデ君なのです」
「なんだそれ」
あははと気軽に伊織が笑い飛ばす。
弱虫、意気地なし、気が弱い、臆病……それがこの十二年間で彼が言われ続けて来た言葉だ。
「
「でも、私は知ってるよ。ヒデ君、その気になったら誰にも負けないもん」
「よせよ恥ずかしい……あれも結局ケンカはボロ負けだったし」
「それでも、私の大事なものは守りきってくれたじゃない」
そう言って、伊織は左目の上にあるコーラルピンクのヘアピンを指さした。それは、二人にとって思い出深い話だった。
小学二年生の時だった。それを「ボロいピンク」と高学年の生徒が馬鹿にしたことがあった。伊織は怒って掴みかかったが、上級生の力にはかなわず、ヘアピンを逆に奪われてしまったのだ。
初めて見る伊織の泣きじゃくる姿。実は、それが小さい頃に亡くなった伊織の母親の形見だということを知っていた英雄は、我慢できなくなって上級生に飛び掛かった。それは、彼にとって生まれて初めての大喧嘩だった。
「あの時のヒデ君、カッコよかったよ」
「……どこがだよ」
全然カッコよくない、むしろ情けない思い出だと、英雄は頭をかきむしった。
結局、散々殴られ、蹴られながらも英雄はヘアピンを無事に取り返すことができた。
伊織は嬉しさと、英雄が傷だらけになったことで嬉しさと悲しさがごちゃ混ぜになって、けんかに負けて泣いている英雄とともにさらに大泣きすることになった。
「だから、ちょっとでも勇気を出した姿を見せてくれたら、ヒデ君モテるかもしれないよ?」
「からかうなよ」
「えへへ」
伊織がはにかむ。なんだか英雄はくすぐったさを覚えた。
頼りない性格の自分が女の子にそう簡単に好かれるなんてあり得るわけがない。そう思って目線をそらし、ポツリと呟いた。
「……まあ、中学入ったらもうちょっと頑張るよ」
「あ、言ったね。じゃあ約束」
伊織が小指を立てて英雄に向けた。その満面の笑みが幼い頃の記憶と重なる。
「強くなって、誰かを守れるようになるって約束」
「誰かって、誰だよ」
「……誰かだよ」
目を泳がせる伊織にやれやれと思いつつ、英雄も小指を立てて彼女の小指と絡めた。
「嘘ついたら針千本のーます」
「指きった」
指きりも久しぶりだった。
こんなことは、これから中学生、高校生となっていく中で失われていくに違いない。それが、成長するってことなのだろうか。英雄も伊織もそう感じて、少し寂しく感じた。
「あ、四月からはここを右に曲がるんだよね」
そんなことをしているうちに、二人は十字路に着いた。
ここは、樹齢百年を超える大きな桜の木が目を引くため、待ち合わせポイントとしても知られている。
英雄と伊織の家は離れているので、いつもここで朝は待ち合わせ、帰りはここで別れていた。
「中学でもよろしくね、ヒデ君」
「……ああ」
風が吹く。それは、桜の花びらが散ってとても奇麗だと英雄は感じた。
一度散って、地面に落ちた花びらも舞い上がり、まさに桜吹雪と言えるほどの光景だった。
「……ねえ、ヒデ君」
「……ん?」
ふいに、伊織が口を開いた。
桜の舞い散る光景に目を奪われていた英雄は、あいまいな返事をする。
そんな気の緩んでいた所に、彼女の言葉がはっきりと風を切って届いた。
「――好きです」
「……え?」
英雄は空耳かと思った。
思わず聞き返してしまった彼に、伊織はじっと目を見てもう一度言う。
「私は、ヒデ君のことが、好きです」
はっきりとした言葉で、まっすぐな目で。
いつも元気で、クラスでも人気者だった伊織が頬を桜色に染めながら、精一杯の勇気を振り絞って。
「いお……り?」
届かないかもしれない。
そんな不安を抱きながら、自分の気持ちを頑張って伝えようとしている姿。
そこにいたのは、彼のよく知る幼馴染ではなかった。
一人の、恋をしている女の子だった。
「あ……えっと、その」
あまりの不意打ちに、頭が回らない。
どうして伊織が自分を。そんな言葉と思い出がぐるぐる回る。
「ヒ、ヒデ君は……?」
おずおずと、震えて掠れそうな声で伊織が聞く。その手はスカートの裾を握りしめていた。
そんなことは決まっていた。幼馴染で。いつだって側にいて。いじめられていた時でも守ってくれて。支えてくれて――。
「……あれ?」
だけど、英雄は自分が伊織をどう思っているのか。それを一言で表すことができなかった。
大事な存在だということは分かっていた。だけど、彼はこれまで伊織を「そういう存在」として見たことが無い。改めて問われると、それを答えることができなかった。
「ご、ごめんねヒデ君。いきなりでビックリしちゃったよね!」
そして、重苦しい沈黙は突然伊織の方から打ち切られた。
断られるかもしれないという不安から、思わず逃げてしまったのかもしれない。
「えへへ、でも私の気持ちは伝えられたから良かった……かな?」
その無理をして作っている笑顔に、英雄の胸がズキンと痛んだ。
「い、伊織。僕も」
「ああ、無理しなくていいから」
伊織が両手を前に出してその言葉を遮る。
「ちゃんと、考えて答えて。場の勢いで返事させちゃったらなんか悪いし」
そして、踵を返すと伊織は逃げるように走り出す。
「返事、また今度でいいから!」
「あ、伊織」
そして最後に一度、英雄の方へ振り返って手を振った。
「中学でも、同じクラスになれたらいいねー!」
背が高く、足の速い伊織はあっという間に英雄の声の届かないところにいってしまった。そして、すぐに姿が見えなくなる。
呆然としていた英雄は、伊織の告白の姿が目に焼き付いて離れなかった。
頬を赤く染めて、不安に必死に耐えて、勇気を出してしてくれた告白。
そんな、女の子みたいなしおらしい姿が、彼の心臓の鼓動を一度、大きく、強く打ち鳴らした。
そして、やや遅れて英雄は自分の気持ちの中に、ある答えが生まれたのを自覚した。
いつも頼りになって、明るく前向きで、活発で皆を引っ張っていけるそんな自分が持っていないものを持っていながら偉ぶらず、いつもそばにいてくれた彼女に英雄は憧れていた。
だけど、そんな彼女が初めて見せた弱い姿。それを見せたのが他ならぬ自分であることに。
「……ああ」
そう自覚したら、もう止まらない。
伊織のことを考えただけで胸の高鳴りが止まらなかった。
英雄の中に、初めて芽生えた伊織を異性として見る感覚。
これまでわからなかった伊織の行動の理由が、恋心という感覚を意識した途端にすべて解き明かされていく。
自分を見て欲しい、大切だから守りたい。
だから守ってくれたし、支えてくれた。
毎日、この桜の木の下で待っていてくれた。
英雄が学校を休んでも、家が離れていても、必ず下校の時に家に寄ってくれた。
好きな人に会いたい。それが当たり前の感情だからだ。
「……伊織」
いつも寂しさしか感じなかった一人での帰り道が、今日はとても暖かく感じる。
憧れていた伊織に『好き』と言ってもらえて、英雄の中に暖かい喜びが芽生えていた。
「次に、会ったら言わなくちゃ」
自分も好きだって。
伊織と同じ気持ちだって。
ずっと一緒にいたいって。
――でも、僕がその気持ちを伊織に伝えることはできなかった。
その姿を最後に、伊織は行方が分からなくなったからだ。
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