第30話 反撃-Counter-
「ヴィクトリア!? 何故ここに!」
動けるはずがないほどに、ボロボロになったヴィクトリアの乱入に、コスモスは目を見開いた。
「この死にぞこないが!」
「誰が死にぞこないよ!」
強制的に通信チャンネルを開き、伊織がコスモスに向けて言い返した。
「あなた……データによればイオリとか言ったわね。そう、生きてたの」
「勝手に殺すんじゃないわよ!」
助かったのは、本当に奇跡的としか言いようがなかった。あの時、子供を守るために飛び出した伊織はフォボスの兵によって左胸を撃ち抜かれ、伊織は確かに意識を失っていた。
だが、伊織は目を覚ました。英雄から預かっていたスマートフォンによって銃弾は受け止められていたのだ。スマートフォンは壊れ、翻訳機能も停止してしまったが、その代わりに命が助かったと思えば安いものだった。
その時には「なんてベタな」と伊織は笑いそうになったが、その時に施設を衝撃が襲った。
「それよりも、何よその真っ黒な恰好! あんたネクサスとコスモスちゃんをどうしたの!」
「私がコスモスよ。マスターと共に世界に復讐するために生まれ変わったの」
「ヒデ君はそんなことしない!」
漆黒に染まったネクサス。それがサルチを操り周囲をビームによって薙ぎ払ったのは彼女も目撃していた。英雄らしからぬ行動、戦い方を見た彼女は慌てて機兵に乗り込んだ。
だが、鹵獲したロクスなどは全てネクサス迎撃に駆り出されており、残されていたのは半壊したヴィクトリアだけだった。
しかし、伊織は迷わなかった。ネクサスを、英雄を止めるには躊躇している場合ではない。このままでは取り返しのつかない事態になる。そんな予感が伊織にはあったのだ。
「あら、そうかしら? 現にマスターはあなたを失ったと思い込んで憎悪にとらわれているのだけど」
「ヒデ君!」
伊織が呼びかけるが英雄はまるで反応を返さない。青煌石から噴き出す禍々しいオーラを浴びながらうつむいて何かを呟き続けるだけだ。
「目を覚まして、ヒデ君!」
「イ……オリ?」
「そうだよ、私だよヒデ君!」
「違う……」「そうだ違う」「伊織は死んだんだ」
英雄の口から複数の声が同時に発せられる。それは男の声であり、女の声であり、青年の声であり、老人の声でもあった。
「ああ、可哀そうにマスター。嘆きで何もわからなくなっていらっしゃるのね。構いませんわ、その激情のままに力をお解き放ちになられて」
「「「う……うわああああ!」」」
「ヒデく――」
辛い現実全てから目と耳を閉ざそうとする英雄の、そして歴代のマスターたちの思いを体現するかのように、通信が強制的に切断された。
「ああもう!」
紅晶石に伊織が思念を注ぎ込む。耳障りな音を立てながら関節が動き、ヴィクトリアがネクサスに手を伸ばして走り出した。
「ふふふ、出力四十八パーセント減――まるで力が出せていないじゃない」
「「「コスモス」」」
「
コスモスが右手を伸ばすとその先にホログラムウインドウが出現する。指をなぞらせ、踊るようにネクサスの武器を招く。
「首もなくして、装甲もボロボロ。ああ、見るに堪えないわ」
ヴィクトリアの体当たりで落としたハルバードがネクサスの魔力の波動を受け、地から浮き上がる。ネクサスが伸ばした手に向かって一直線に飛来する。そしてその間にいるのはヴィクトリアだ。
「せめてガラクタらしく、粉々にしてあげるわ!」
「食らうかあーっ!」
ヴィクトリアが屈み込む。獣のように四つん這いになって
「く……っ!」
だが、前傾になったことで伊織は操縦室から転がり落ちそうになる。ヴィクトリアのハッチは先の戦闘で壊れ、操縦室はむき出しだ。
伊織が必死に紅晶石の台座にしがみつく。機体内の重力制御も働いていないので手を離せば地上に転落しかねない。
「絶対に……諦めない!」
手を伸ばし、紅晶石に触れる。ヴィクトリアが手を跳ね上げ、体勢を起こして再び走り出す。
「無様ね。全然美しくないわ」
「絶対に負けられない……勝つしかないのよ!」
いつ機体の
「あんたも、
自分を救い出してくれた英雄を、自分を助けるためにこんな所まで来てくれた彼を、伊織も諦めるわけにはいかないから。
「てやああーっ!」
「なっ!?」
「食らいなさい!」
空中で機体を反転させ、回し蹴りを放つ。ネクサスの頭部に叩きこまれた一撃が機体を大きく揺らした。
「くっ……なんて泥臭い戦い方を!」
「うわあああ!」
体勢を崩したネクサスに着地したヴィクトリアが手を伸ばす。
「いつまでも好き勝手やらせはしないわ!」
ネクサスがその腕に
「――かかったわね」
伊織が不敵に笑った。ヴィクトリアの腕一本すら、彼女にとっては英雄を取り戻すための計算でしかない。
「ヴィクトリアの武装、忘れてたでしょ!」
既に切断される前に、伊織はそのスイッチを起動させていた。特攻機ヴィクトリア――その特徴は全身に仕込まれた爆弾。
「――ぐぁっ!?」
切断した直後、その腕が爆発する。強烈な衝撃と閃光でネクサスの
「なんてこと……この子、機兵での戦い方を……いいえ、こういう戦闘をわかってる。こんなのデータにない!?」
「ヒデ君は知らなかったけどね――」
ヴィクトリアの位置がつかめなくなったネクサスに、伊織は残されたエネルギーを総動員して突撃を仕掛ける。
「こちとら、ロボットアニメ大好きだったのよ!」
遂にヴィクトリアがネクサスをとらえた。地面に押し倒して馬乗りになる。
「ヒデ君!」
ハッチを無理やりこじ開けようと残された左腕を伸ばす。だが、その前にネクサスの手がヴィクトリアの腕をつかみ取る。
「やってくれたわね、この旧型!」
ヴィクトリアに警報が鳴り響く。全身の出力がどんどん低下し、ヴィクトリアが無力化されていく。
「くっ!」
両脚が、左腕が動きを止めた。伊織が思念を注ぎ込んでも紅晶石は全く反応しない。
「『
「……やっと使ってくれた」
「何ですって……?」
「そいつを待ってたのよ!」
突如、ネクサスの内部に警報が鳴り響く。それと同時にコスモスが内側から湧き上がる不快感にさらされる。
「なっ……これは!?」
「あたし一人でここまで戦えるわけないでしょ……」
コスモスがようやく伊織の不可解さに気付く。いかに以前に洗脳装置でヴィクトリアを操った経験があったとしても、いかにロボットアニメが好きで巨大ロボット戦の知識があったとしても、ここまで伊織がヴィクトリアを操り、戦闘を有利に展開できるはずがない。
「逆ハック!? まさか、ありえない! 私以外に
ネクサスから繋いだ侵入経路から魔力が逆流していく。ヴィクトリアの機体の色が赤く染まり、爆発的な魔力が放たれる。
「……一瞬だけなら、
「この声――!?」
そしてコスモスは見る。ヴィクトリアのメインシステムの中にいた異分子に。ネクサスの侵入経路を利用し、対抗プログラムを流し込んでシステムを乗っ取ろうとするよく知る存在に。
「やっちゃえ、コスモスちゃん!」
「対抗プログラム発動。魔力経路反転開始!」
「
『
そして、元々『
「できる女は、バックアップをかかさないものですよ!」
「しまった。侵入された!」
遂に侵入に成功し、オリジナルのコスモスがネクサスの一部を掌握する。魔力を使い、操縦室内に白い衣をまとったコスモスが顕現する。
「ネクサスは返してもらいますよ、黒い私!」
「しまった。ハッチが!」
「イオリさん、今です!」
コスモスが叫ぶ。ネクサスの胸部ハッチが開錠され、開かれる。
「ヒデくん!」
一刻の猶予もならない。一部取り返したとは言え、ネクサスの管制は今も黒いコスモスのもの。またいつシステムが掌握されるかわからない。だから伊織は走り出した。失敗すれば地上に転落し、無事では済まない。それでも伊織はヴィクトリアから、ネクサスの操縦室へ向けて、跳ぶ。
「させるか!」
「こっちの台詞です!」
黒いコスモスに組み付き、情報処理を強制的に中断させる。そして逆に、ネクサスの上体をわずかに起こして伊織を操縦室に迎え入れる。
「ナイスアシスト、コスモスちゃん!」
ネクサスの操縦室に飛び込んだ伊織は床を転がる。決して無傷とはいかないが、それでも痛みをこらえて立ち上がる。
「ヒデ君!? セリアさん!?」
そして伊織は見る。ネクサス内部で起きている異様な現象を。黒いオーラが噴き出して英雄を取り囲み、セリアすらそれに巻かれて意識を失っている。
「ヒデ君、しっかりして!」
台座に駆け寄り、伊織が英雄を揺さぶる。しかし、彼の意識は深い闇の中にあり、容易なことでは目覚めない。
「無駄よ。マスターの意識は深い絶望の中にある。同じように悲劇に見舞われた歴代のマスターの意識と同調して――」
「やかましい、黒いの!」
「んなっ!?」
「こっちは
「今のマスターは伊織さんが死んだものと思い込んでます! とにかく、マスターにイオリさんが無事だってことを気づかせてあげてください!」
「わかりやすい。さすがコスモスちゃん!」
蒼煌石から引き剥がし、激しく抵抗する英雄を壁に押しつける。
「ヒデ君、私はここだよ! こっちを見て!」
「「「ウウ……アアアアア!」」」
だが、英雄は彼女を見ていない。彼女の言葉も耳に届いていない。その意志は彼のものではないのだ。
「「「全てを壊すんだ。私たちの大切なものを奪ったこの世界を!」」」
「そんなことヒデ君は絶対しない! ヒデ君は……いつも優しくて、ちょっと頼りないけど、いつだって私の味方をしてくれて!」
思い出すのは一緒にいた十余年。弱虫で、泣き虫で。それでも伊織が泣かされていた時には自分が負けるのも厭わず立ち向かってくれた、心の底に強さを抱いていた男の子。
だから英雄を好きになった。男勝りでクラスの中心で、頼られていた伊織が守られる側になる唯一の男の子。
「だからヒデ君は、そんなことしちゃダメだよ!」
黒いオーラが伊織の体にもまとわりつき始める。このままでは彼女も意識を失い、取り込まれてしまう。
「こんなのやだよ! お願い、元に戻って!」
必死に呼びかけるが英雄は憎しみにとらわれ、現実から目と耳を閉ざしている。だから伊織は、自分の全てで彼に訴えかける。
「私を見て! 私は――」
とっさに頭に浮かんだ自分の思いを、温もりを、存在を直接伝える手段。
「ここにいるんだから!」
それが、伊織のできる唯一のことだった。
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