第29話 暴走-RAGE-
「伊織! 返事をしてくれ伊織!」
操縦室に響いた銃声。それを最後に伊織からの通信は途絶えた。
「伊織ーっ!」
あらん限りの声で呼びかけるが、音声は一切伝えられず、耳障りな音を響かせるだけだった。
考えられることは一つ。スマートフォンに銃弾が直撃して破壊され、通信が途絶したということだ。
「……そんな、イオリさん」
最悪の事態を思い、セリアが言葉を失う。だが、英雄はそんな予感を振り払うように言葉を紡いだ。
「……嘘だ」
伊織が英雄からスマートフォンを受け取った時に彼女がそれをしまった場所。彼はその目で見ている。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」
翻訳機能を持っているスマートフォンが簡単に落ちない場所だからと、伊織はそこへと――制服の左胸の内ポケットに入れていた。つまり、そこは心臓の位置だ。
「伊織っ!」
せっかく再会できたのに。
生きていたことを喜んでいたのに。
今度こそ思いを伝えようと思っていたのに。
また、彼女を失うことになってしまったというのか。
「落ち着いてください、マスター!」
「何で……どうして返事をしてくれないんだよ、伊織っ!」
そのあまりの悲痛さに、セリアも言葉をかけられなかった。
認めたくない。いや、認められない。
英雄の頭の中で最悪の事態が
しかし、そんな千々に乱れる彼の精神状態を、エルヴィンたちが考慮するわけもない。伊織の下へ向かおうと歩き出そうとしたネクサスの前に機兵達が立ちはだかる。
「スペルビアの機兵よ、我々を倒さねばどこへも行けんぞ」
「……どけ」
「む?」
「そこをどけ!」
ネクサスが
「俺は、伊織の下へ行かなくちゃいけないんだよ!」
蒼煌石が輝き魔力が放たれる。
イシュトヴァーンに奪われ、打ち捨てられていた
「そんな、マスターが
「うおおおおっ!」
本来コスモスが行うネクサスの能力の発現。それは武器の特殊機能についても同様だ。だが英雄は今、己の意思でそれを成した。
「邪魔をするなああああ!」
ネクサスを取り押さえようと飛び掛かったロクスを
腰から下が一振りで砕かれ、機能を停止した上半身が地に落ちる。
もう少し上であれば操縦室に直撃していた。敵の操縦者の安否も考えない強引な倒し方。いかに必死とは言え英雄の戦い方とは思えないものだった。
「ヒデオさん、いったいどうしたんですか!」
「マスター、何かおかしいです。落ち着いて下さ――っ!?」
異変は英雄だけに訪れたものではなかった。コスモスも突如得体の知れない不快感を覚える。
「何……この感じ。まるで何かに侵入されているみたいな……あ、ぐっ!?」
「コスモスさん!?」
プログラムの自分の中に入り込まれている感覚。即座に機体にスキャンを行うがその中に異物は何も見当たらない。
「……内部機構が異常な反応を示してる……これは機関部!?」
それは外部からのものではなく、むしろネクサス内部からどす黒い何かが湧き出しているような――そんな感覚。
機関部の蒼煌石から操縦席に向けて魔力とは違った何かが英雄に注がれていく。
「マスター、蒼煌石から手を放してください。マスターっ!」
うつむいたまま蒼煌石に手を置く英雄はコスモスの言葉に反応を示さない。蒼煌石からあふれ出る黒いオーラが彼の周囲にまとわりついていた。
「うっ……ああっ!?」
そして、同乗していたセリアにもその謎のオーラは襲い掛かっていた。彼女の体にまとわりつき、意識を遠ざけていく。
「違う……違う……伊織は、伊織は」
「ヒデ……オ、さん」
うわ言のように英雄が繰り返す姿を最後に、セリアの意識は途絶えた。まるで何かに反論するように、彼は言葉を返し続ける。そしてそれは英雄とリンクするコスモスにも伝わり始めていく。
「これは……歴代のマスターたちの声!?」
蒼煌石の中に注がれ続けて来た歴代の
守りたいという思い。
正義のために、愛のために、平和のために戦い続けた正しい思い。
だが、人の思念に反応する蒼煌石が蓄えたのはそれだけに留まらない。
――認めろ。
「伊織は……死んでない」
――守れなかったんだ。
「違う」
――お前も、愛するものを。
全てが幸福のままネクサスを降りたわけではない。
忠義を果たせなかった者。
自分だけが生き残ってしまった者。
大切な者を守れなかった後悔を抱えた者。
無念のまま、思い残しを持ったまま命を落とした者。
――守れなかったのだ、お前も!
「うわあああああっ!」
国、祖国が。
主君が。
妻が、子供が。
友が、恋人が。
家族が。
愛するものを失った――英雄が感じた喪失、絶望、憤怒……あらゆる負の感情がかつての乗り手たちの意思を呼び起こす。
「ダメです……マスター! このままじゃ、思念に取り込まれて――っ!」
だが、その伸ばす手は遮られた。蒼煌石からあふれ出した黒いオーラがコスモスも取り込み、闇の中へと引きずり込んでいく。
「マスターっ!」
何が足りなかった――力が。
何がいけなかった――自分が。
何をしなければならない――殲滅を。
死を。
滅びを。
絶望を。
悪夢を。
「もう……いない……」
そうだ。
だから同じ報いを。
敵よ、全てを失うがいい。
乗り手よ、全てを奪うがいい。
全てを失いしお前にはその権利がある。
「伊織が……いない。もう……いない」
大丈夫。
アマノヒデオよ。君は一人じゃない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ワタシタチガイルヨ。
「――――――――――――――――――――――――――――――――」
「……何事だ?」
「エルヴィン様、このまま守護の巨人を討ち取るのがよろしいかと」
「……うむ。解せぬ部分は多いが、今が好機と言えよう」
エルヴィン配下のサルチが歩み寄る。
膝立ちでうつむくネクサスの首に向け、エルヴィンから預かった剣を持って高々と掲げる。
「ここに、フォボスの勝利を宣言する! スペルビアの希望よ。
「……ん?」
ネクサスからエネルギーが放たれた反応を、エルヴィンの機体は感じ取っていた。
「何だ?」
その目の前でネクサスの機体の色が変わっていく。
だがその色は白から蒼ではない。白から黒へだ。
「いかん。何か妙だ、離れろ!」
「え――!?」
エルヴィンに耳障りな音が届く。
通信が途絶し、サルチの背から腕が生える。
そしてゆっくりと腕を引き抜き、立ち上がる黒い機兵の前に、サルチは膝をついた。
「おのれ、スペルビアの機兵め!」
その異様な雰囲気に一瞬臆するが、すぐに我に返って騎士たちが飛び掛かる。
「「「コスモス」」」
黒いネクサスの操縦室の中、蒼煌石に手を付いたままうつむき、英雄の口から発せられたのは男とも、女とも、若者とも老人とも聞こえる混じり合った声。
そして、その声に応えて操縦室に黒衣の少女が顕現する。
「了解しましたマスター。ネクサス・アヴェンジャー起動しますわ」
優雅に黒衣を翻し、コスモスはクスクスと妖艶に笑って告げる。
「『
ネクサスが後ろに回り込み、サルチの頭部を掴むとコスモスが『
「敵機体、二機が接近」
「「「薙ぎ払え」」」
「
頭を掴み、ネクサスが掲げるその機体が強制的に力を開放され、その色が赤く染まっていく。
「いかん!」
サルチの頭部から光線が放たれる。危険を察知したエルヴィンは咄嗟にイシュトヴァーンを天空へ飛び上がらせる。その直後、紅い光線がその場所に着弾する。
「くっ!」
天空へ逃れることができたイシュトヴァーンと離れていた機兵を除き、ネクサスに迫っていたロクスとサルチの二機に光線が直撃する。高密度に収束された魔力が機体を切断し、そのことごとくが倒されていく。
「何という……こちらの機兵の力を使うとは」
ネクサスが用済みになったサルチを投げ捨て、残る機兵に向けてその顔を向ける。
「ひっ!?」
思わず後ずさる機兵に向けてネクサスが駆けた。
「き、来たぞ!」
肉薄してまず一撃で機関部を貫き一機を屠る。そこへ近づく敵機に向けて腕を横に振るう。機体の脇腹を突き破り、ネクサスの
「ちいっ!」
背を見せたネクサスにロクスが剣を見舞う。攻撃で腕がロクスの頭に突き刺さったままのネクサスの腕をとらえる。
「よし!」
ネクサスの右腕が両断される。しかしネクサスは意にも介さず振り向きざまに蹴りを放つ。顔を蹴り潰されロクスが倒れる中、残る左腕でネクサスがロクスの右腕を掴む。
「『
ロクスの右腕を引き千切り、それを使って失った右腕を再生させる。完全な形を取り戻し、万全の状態で立つネクサスにエルヴィンは脅威を覚える。
「化け物め!」
イシュトヴァーンが滑空して迫る。機兵の残骸が転がる中、ネクサスは掲げた手に魔力を宿らせた。
「蒼煌の盾、展開します」
飛来した盾がイシュトヴァーンの剣閃を遮る。着地したイシュトヴァーンは追撃を逃れるために再び空へと舞い上がった。
「上手く回避したな。だが次は!」
「『
蒼い波動が周囲に干渉する。大地、森、機兵の残骸とありとあらゆる場所から素材を集め、その背に新たな武装を顕現させる。
「――
「何っ!?」
「逃げられるとお思いですか?」
黒いコスモスが嘲笑う。
ネクサスが、新たにその背に生み出した翼を広げ、天を舞うイシュトヴァーン目掛けて大地を蹴る。
「――軌道予測完了。イシュトヴァーン、捕獲します」
「うおっ!?」
瞬きの間に肉薄し、ネクサスがイシュトヴァーンをとらえる。バランスを失ったイシュトヴァーンが揚力を失い、二機でもつれながら墜落する。
だがその直前にネクサスは体勢を入れ替え、イシュトヴァーンは大地に叩きつけられた。
「ば、馬鹿な……」
「あはははは、無様だこと!」
コスモスが高笑う。その姿を虚ろな目で見る英雄の口が動き、再び命令が下される。
「「「狩れ」」」
「
「
討ち捨てられていた
イシュトヴァーンは身を起こそうとするがその前にネクサスがその腹を踏みつける。
ネクサスの手によるものか、自爆装置も作動しない。禍々しい漆黒の翼を広げるネクサスが
「くっ……悪魔め!」
「うふふ、それでは、さようなら」
操縦室のエルヴィン目掛け、その一撃が振り下ろされ――。
「駄目ええええ!」
「なっ!?」
突如飛び出した機兵が割って入る。体当たりでイシュトヴァーンから離れたネクサスに、現れた黒い機兵は果敢にも組み付く。
それは首を失い、既に機体も深く傷ついて満身創痍の状態だった。
「ヴィクトリア!?」
ネクサスとの戦いの跡が色濃く残り、既に動かなくなっていてもおかしくない。
操縦席も露出し、戦いの余波で操縦者にもしものことが起きるかもしれない。
「ヒデ君!」
それでもヴィクトリア――伊織は、黒く染まったネクサスに立ち向かっていくのだった。
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