第44話 決戦-Trinity-

「くっそおおお!」


 立場にこだわらず、いつも気さくに話しかけてくれた。誰よりも先頭に立って戦いに挑み、誰からの信頼も厚かった。そんな彼の裏切りは英雄の冷静さを容易に失わせていた。


「ははっ、戦場で冷静さを欠いたら死ぬぜ!」


 ネクサスの腕を避け、ユーリの機体がカウンター気味にネクサスの頸部をわしづかむ。その指がめり込み、機体に警報が鳴り響く。


「ネクサス、頸部に損傷発生! このままでは首を捩じ切られます!」

「くそ……なんて力だ!」

「こいつの力は簡単には解けねえぜ! なんせこの『ルカニア』は『災厄』と戦った機体だからな!」

「なっ……!?」

「そんな……まさか!?」

「その通りだ。ネクサスよりも後の時代の機兵なんだよ、こっちはなあ!」

「くっ! コスモス!」

「了解。蒼煌そうこうたて、展開します!」


 蒼煌石を通じてコスモスに英雄の意図が伝わる。地面に落ちていた盾が四つに分解し、コスモスのコントロールを受けて宙を舞う。


「ちいっ!」

「今だ!」


 機体を殴りつける盾に注意が向いた瞬間、英雄はネクサスの手甲に収納されたクローを引き出して腕を振り上げる。だがルカニアはすぐに手を離し、バックステップで回避した。


「隙をついて腕の爪で切断。こいつは何度も見せてもらったからな!」

「ぐうっ!」


 振り上げた隙を見逃さず、ルカニアが地面を跳ねネクサスを蹴り飛ばす。大地に叩きつけられたその上にルカニアが躍りかかる。


「コスモス!」

「了解、マスター! 魔力波照射。気流操作開始!」

「うおっ!?」


 英雄が蒼煌石に力を注ぐ。魔力炉で魔力が集束し、ネクサスの両手の甲で蒼い光が輝く。高速で動くルカニアだが、その分機体は軽い。ネクサスが放った暴風に煽られて脚を止めた。


「やれやれ……そう言えばエルヴィンとの戦いでそんな力も手に入れたんだったな」

「コスモス、どういう事だよ。あの機兵が『災厄』と戦ったって」


 ルカニアの猛攻をしのぎ切った英雄はネクサスを起こしながら大きく息をついた。ようやく混乱した頭も落ち着きを取り戻し、事態を冷静に分析する余裕が出てきていた。


「機体データがネクサスのデータベース内に存在しないことから、ユーリさんの言葉は信憑性が高いと考えられます。機兵ルカニア。高速移動を用いた戦闘は恐らくネクサスやソルベラブの『侵入RAID』への対策と考えられます」

「掴まれたら動きを止められるからか……でも、そんなのどこで」

「フォボスで発見されたんでしょう。そして、恐らくは一機だけではないと思います」

「どうしてそう言えるんだ?」

「私たちが知っている情報によれば、『災厄ソルベラブ』はかつて世界を焼き尽くした兵器を用い、停止させることに成功したということです。その攻撃を行うまでじっとしていたとは考えられません」


 『災厄ソルベラブ』はネクサスと同等の能力を持っていると聞かされている。その力を使って妨害や抵抗、修復などを行える以上、確実に始末しなくてはならない。そしてそれはただミサイルなどを打ち込んでいるだけでは不確実だ。


「つまり……誰かが足止めをしていたってことか?」

「恐らくは。あのルカニアで翻弄し、他の機体で抑え込み、足止めした所へ集中砲火を浴びせかける。その方法が最も確実ですから」

「そんな……」

「最低あと一機か二機、フォボスは対『災厄』用の機兵を有していると考えられます」

「それじゃ……ネクサスに対しても」


 コスモスが神妙な面持ちでうなずいた。相打ちとは言え、『災厄ソルベラブ』を抑え込んだということは同じ能力を持つネクサスに対しても優位に立てるという事になる。だがコスモスは自分たちの下へ向かう反応をとらえ、すぐに英雄の懸念を打ち消す。


「大丈夫です。『災厄ソルベラブ』とネクサスの最大の差。それは単機ひとりじゃないということです」

「え……?」


 英雄もその反応にようやく気が付いた。高速で向かって来る三つの反応。そのうち二つは識別信号が味方であることを示している。

 黒い機兵を追う紅と黄の機兵。色と形は変化しているがその機兵の顔を見間違えるはずがない。


「二号機と三号機!?」

「ヒデくん!」

「ヒデオさん!」

「伊織!? セリアも!?」


 通信の向こうにいる二人の姿に英雄は驚く。施設が襲撃を受けていたことは既に聞いていたが、まさかそこにいた二人がネクサスを起動させ、ここまで来るとは思ってもいなかった。


「危険だ。二人とも下がるんだ!」

「危険なのはわかってる……でもヒデ君が頑張ってるのに、もう黙って見てなんていられないのよ!」

「ごめんなさいヒデオさん。でも、これまでスペルビアのために戦ってくれたあなたを私もイオリさんも助けたいんです。だからこの二機で戦うことを許してください!」

「二人とも……」


 二人の強い想いを断る言葉を英雄は持っていなかった。本当は危険にさらしたくない。だが、二機のネクサスは今の英雄にとって得難い援軍でもある。


「マスター。二機のネクサスが起動したことで戦局は動きつつあります。お気持ちはわかりますが、今はお二人の申し出を受けた方が……」

「そうよ。せっかく淑女レディー二人があなたに尽くしたいと申し出てるのよ。男なら甲斐性を見せてあげなさいな」

「お二人を安全な場所に匿っていた結果、施設で危険にさらされました。本人たちの希望、防衛力の観点などから総合的な結論を申し上げますと、この戦場で最も安全な場所はネクサス内部。そしてマスターヒデオの近くであると、私、リヤンからも進言させていただきます」


 言葉を詰まらせていたヒデオにコスモス、ノワール、リヤンの三名も伊織とセリアに同意した。英雄は盛大にため息をつく。それでも、一人で戦い続けていた孤独感が、二人がそばにいてくれる安心感で少し和らいだ気がした。


「それに、守ってくれるんでしょ。ヒデくんが」

「……そうだな」


 観念した英雄は改めて二人を守る決意を固め、魔石の上に手を置く。そんな様子にクスっとコスモスが笑った。ネットワークを通じて三機のネクサスは情報を共有し始める。


「ノワール、リヤン両名より大型の機兵の情報を受信――機兵名『ヴィトス』。ルカニア同様に対『災厄ソルベラブ』のために投入された機体であると考えられます」

「コスモスより情報を受信。機体名『ルカニア』を確認。ヴィトスと共に『災厄ソルベラブ』制圧のために投入された機体と認識します」

「同じく情報を受信。ルカニアの操縦者は、元スペルビア軍人ユーリ=ランベール」

「ユーリって……あのユーリさん?」

「ああ。本当はフォボスの人間だったらしい」

「ユーリ……」


 セリアは英雄たちよりもユーリとの付き合いは長い。様々な思いが巡るが、状況は感慨に浸る余裕を与えてはくれなかった。コスモスたちが次々と状況を報告してくる。


「北東、フォボス陣営より機兵反応が多数接近しています」

「南東、北西からも接近。どうやらこの近辺の機兵も集まって来たみたいね」

「その進行方向より推測――狙いは私たち三機と思われます」


 自分たちを取り囲む多数の敵機兵反応。そして眼前に並び立つ黒と緑の二機を前にネクサスたちは動き出す。かつて単機の『災厄ソルベラブ』は抑え込まれた。だがネクサスたちは違う。三人の操者マスターがいる。三体の人工知能コスモスたちがいる。決して一機ひとりではなかった。


「行こう、コスモス!」

「はい、マスター!」


 一人は守るために。


「頼んだわよ、クロちゃん!」

了解ウィ、マスター!」


 一人は勝利のために。


「参ります、リヤン!」

「承知しました。マスターセリア」


 一人は未来のために。

 三人は魔石に想いを注ぎ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る