第31話



「……」


 なんで会長が俺の隣に……?

 優雅にナイフとフォークを取ったソフィアを、零司は信じられない思いで見つめる。結城もまさかの女王降臨に箸を止めてしまっていた。

 マモンがその場にいる全員を代表するように、口を開く。


「なんだ、貧乳お嬢様が何の用だ?」


 バっカ! 会長になんてこと言ってんだ!

 ギョッとした零司の左で、肉を切っていた手が止まった。赤い瞳が零司を飛び越えてマモンへ向けられる。バチッと火花が散ったような気がした。


「私がどこで食事を摂っても、贅肉お姫様には関係ないでしょう?」

「ぜ、贅肉だとおっ!? よくもあたしのおっぱいを……!」


 歯軋りをして、マモンは零司に身体を密着させた。


「ふん、今、あたしとレイジは他の女を追っ払うために、食べさせ合いっこ作戦中なんだ。貧乳お嬢様がいても邪魔なだけだぞ」

「それはおまえが一方的にしてるだけだろうが!」


 零司がツッコむものの、マモンは聞く耳を持たず、さらに強くハンバーグをぐりぐりと押しつけてきた。再開される攻防戦。

 と、はあ、と小さく息をつく気配がした。


「……柳生くん」


 呼ばれた零司は、左へ首を回した。


「……あーん……」


 ステーキの刺さったフォークを差し出し、ソフィアは気恥ずかしそうに言った。頬を染めている銀髪の美少女に、零司が瞬く。


「か、会長……? あの、どうされたんですか……?」


 まさか色欲の印章のせいで、会長も俺に好意を!?

 心臓が跳ね上がったとき、紅い瞳が咎めるような光を帯びた。


「どうもこうもないわ。作戦中なんでしょう? 私も協力してあげようと思ったまでよ」

「ああ、そういうことでしたか……。いえ、この作戦は致命的な欠陥がありまして、それをすると今度は会長と俺が噂になってしまうという……」


「柳生くん、ここはリスクの少ないほうを取るべきじゃないかしら。不特定多数の浮ついた女子に群がられるのは、風紀委員長としての風評を著しく損ねるわ。そうなると、柳生くんの活動にも支障が出るはず。それに比べたら私たちの噂が少々立つくらい、大したことではなくって?」


 ソフィアは追い詰めるように、肉付きのフォークを零司の口元へ突き出した。


「私は生徒会長としてアドバイスしているのよ。いいから食べなさい」


 言いくるめられてしまった零司は、促されるまま口を開け、

 パク。

 食べた。もぐもぐと咀嚼する零司の横で、ソフィアはドギマギした様子で皿に目を落とす。


「お肉、もっと食べる……? ライスとサラダもあるけれど……」

「えと、なら、次はライスを……」

「レイジイイィィ!? なんでそっちは食べるんだ!? あたしのも食べろおおぉっ!」


 マモンが喚く一方、周囲ではまた思い思いの会話が始まる。


「なにあれ。やっぱり前、流れてた噂って本当だったの? 不純異性交遊って」「留学生だけじゃなくて生徒会長まで侍らせるって、あいつ何様のつもり?」

「ソフィア会長相手なら勝ち目ないから、やめよっかな……」

「計画は変更だ。まず風紀委員長を仕留める。あいつが一番の危険因子だ」


 いかん。成功したようで、最もヤバい奴らを煽っちまった……!

 ハンバーグとライスに挟まれた零司が慄いたとき、




「――そんな作戦、意味がない。すぐに彼は世界中の女を征服する」




 その声は食堂の喧騒をかき分けて、はっきりと零司たちの耳へ届いた。


 振り向くと、そこにはやはりと言うべきか、スクール水着を着た亜麻色の髪の少女が立っていた。食堂でその恰好は違和感しかない。当然、衆目が集まるが、少女にそれを恥ずかしがってる素振りはなかった。


「あ、あの子だよ! 一昨日、校内で迷ってたから、校舎を案内してあげた子!」


 結城が少女を指して言う。なんでおまえはそこで案内しちゃうんだ? どう考えても水着で迷ってるって変だろ。

 結城をスカイブルーの瞳に映した少女は、無表情に口を開いた。


「……彼には道案内を頼んだ。色欲値、五十三万の魂に興味はなかったけど、お礼に契約を結んだ」


 結城は色欲も五十三万、という無駄な情報が手に入った。


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