第29話



 翌朝。



 校門前に立っていた零司が校舎へ入ろうと、靴箱を開けた途端、バサバサと大量の封筒が落ちた。

「……」

 デジャヴだ。昨日、結城のカバンに入っていたラブレターを彷彿とさせる。自分の靴箱に入っていたものをそのまま捨て置くわけにもいかず、零司は一応拾って教室へ向かった。


 廊下を歩いているときから、昨日までと違う。

 視線が熱いのだ。廊下でおしゃべりに興じていた女子たちが、話すのも止めて零司を注視している。全員、頬を染めて、だ。校則違反を注意したら、デレデレと嬉しそうにされる始末である。調子が狂う。

 教室へ着いた零司は結城に声をかけられた。


「なあ、見てくれよ、柳生。今日もこんなにラブレターが……」

「自慢したくてたまらないのはわかったが、生憎、今日の俺にはまったく羨む要素がない」


 言うなり、零司は拾ってきた手紙を結城の机にぶちまけた。


「え、何だこれ……柳生にラブレター!? んな、バカな! どうしておまえがこんなにモテてるんだよ!」


 まったく同じ台詞を返してやりたい。


「なになに!? レイジにラブレター!? どうせイタズラだろ!」


 マモンが会話に入ってきた。その言葉に結城が納得する。


「そうだよな。柳生が告白されるわけないし、告白と見せかけた恐喝かもな。それか日頃恨んでいる奴からの私刑とか」

「ありそうだな! レイジは鬼畜だから、みんなに恨まれてそうだもんな!」


 言われて初めて気付く失礼さ。昨日の自分を反省した。

 はっはっは、と笑う二人を冷淡に見ていた零司は、眼鏡をくい、と持ち上げた。


「俺のことはどうでもいいが、結城。おまえ、もしかして、水着を着た人形みたいな女の子にキスされなかったか? 具体的には一昨日の放課後だ」


 結城がびっくりした目を向けてきた。


「な、キスって……おまえ、あの子とキスしたのかよ! なんて奴だ! あんなロリっ子に手を出すなんて!」

「やはり、おまえもあの子と接触したんだな。おまえは彼女に何をされた?」

「はあ!? 俺は鬼畜なおまえと違って何もしてないぞ! 俺はマモンちゃんみたいな巨乳がタイプだ!」

「俺だって好きでしたんじゃねえよ! 誰もおまえの趣味は訊いていない!」


 互いに拳を握って主張したところで、


「レイジ、ここを見てみろ」


 マモンが結城の首筋を指さしていた。

 結城の後ろに回って見ると、そこには真っ黒い印章があった。マモンのものと図柄は違うが、その禍々しさから印章だと一目でわかる。


「ユウキがモテているのは、たぶんこれが原因だな。これは七番目の大罪、色欲だ。末っ子のアシュマダイと契約した印章だぞ」

「色欲? 契約したら異性に迫られるようになるのか?」

「詳しい特性はあたしも知らないぞ。それより、レイジ。レイジはアシュともキスして契約したのか!? 確かめてやる!」


 言うなり、マモンの指が口へ突っ込まれた。無理やり口を開かされる。


「ひゃ、ひゃへ……!」

「あー! 印章付けられてる! 許さないぞ、レイジ! あたしがいるのに、アシュとも契約するなんて!」


 制止の声を上げる零司の口を覗き込み、マモンが叫ぶ。

 指を引き抜かれた零司は、ぷんすかと怒っているマモンへ訊いた。


「昨日は見当たらなかったぞ。どこに付いてたんだ?」

「舌の裏だ。女誑し」


 ふん、と不貞腐れたようにそっぽを向いたマモンは、席に着いてしまった。

 結城はいまだに「え、何かついてる?」と首をさすっている。こいつに悪魔の説明とかメンドくて、する気になれない。



 そして、昼休みがやってきた。

 席を立った零司に結城が「お、柳生。告白されに行くのか?」と言った。なんでトイレに行くのと同じノリなんだよ。


「俺も呼び出しの後で飯食うから、食堂で落ち合おうぜ。誰に告られたか教えろよ」

「んなこと、誰がおまえに言うか」


 なんだよー、と言う結城の声を聞きながら零司は教室を出ようとして、


「レイジ!」


 投げられた声に振り向いた。

 マモンが思いつめた表情で立っていた。


「ほ、ほんとに行くのか? 告白、だぞ……? 相手はレイジのことが好きなんだぞ。もし、レイジも相手のことが気に入れば、付き合ったりするのか……?」

「……」


 マモンは落ち着きなく視線を漂わせ、指先をいじくっている。

 上目遣いでちらりとこっちを窺ったマモンは、普段通りの無表情を崩していない零司にショックを受けた顔になった。零司のブレザーをギュッと掴む。


「……嫌だ。そんなの嫌だぞ! レイジ、行くな。あたし、レイジが他の女とイチャついてるの、見たくないぞ……!」


 懇願する少女を見下ろし、零司は小さく息をついた。

 途端にマモンがビクっと震える。零司はブレザーが皺になる前に、マモンの手を放させた。


「レイジ……?」

「おまえに俺の行動を指図される謂れはないんだがな」


 マモンが凍りついた。

 零司を見つめる瞳がみるみる間に涙を溜めていく。

 それが溢れる前に零司は背を向けた。いつもみたいに叫んでくることも、追いかけてくることもなかった。立ち尽くすマモンを教室へ残し、零司は廊下へ出た。


 呼び出された場所は、校舎裏だ。揃いも揃って同じ場所。まったくもって芸がない。けれど、男女交際が禁止である以上、人目を忍ぶことが最優先となる。


 零司は一階へ降り、校舎裏に通じる昇降口まで行くと――そこを素通りして中等部の校舎へ入った。


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