第30話
バカか!? 俺が匿名の怪しい呼び出しにホイホイ応じるわけねえだろ!
残念なことに俺は、校内での好感度のなさには、かなり自信があるんだ。校則の鬼の俺に告白? ありえねえから!
それにな、ネタはもう割れてるんだよ。色欲の印章だろ。昨日の結城のあれを見ていれば、行けばどうなるかわかりきってる。鳩の群れに投げ込まれたポップコーンのように奪われたいか? マジ勘弁してくれ。
「えへへ、レイジとお昼―。今日もずっと一緒だな!」
栞の弁当を持って早々と食堂へ現れた零司に、マモンはでれーっと表情を崩していた。泣いたり笑ったり忙しい奴だ。さっきの涙はもう跡すらない。
ローブの悪魔に襲われて以来、零司は中庭で昼食を摂るのをやめていた。襲撃されるとわかっていて一人になることもない。悪魔除けとしてマモンが機能するのなら、利用しない手はないだろう。
食堂の長テーブルの向かいに座っている結城は、つまらなさそうに口を尖らせていた。
「もったいない。なんで告白を体験してこなかったんだよ」
「おまえは告白を何かのアトラクションだと思ってるな」
ため息混じりに言った零司の右隣で、マモンが、ふふんと上機嫌に鼻を鳴らす。
「なんてったってレイジには、絶世の美少女マモン様がいるからな! 他の女からの告白なんか必要ないんだろ。されるだけ無駄だな!」
それがさっき不安で泣いてた奴の台詞か。そう思ったが、ツッコむことはしなかった。
俺は告白童貞と言ったな。あれは嘘だ。
よく考えてみれば、マモンには何度も告白どころか求婚されているのだ。いきなり結婚とかありえないから断り続けているが。
ちらりと右を見ると、自称絶世の美少女は日替わりランチの特大ハンバーグにかぶりつき、もぐもぐやっている。口元にデミグラスソースが付いているのはご愛嬌だ。視線を少し下げると、そこにはまた特大の塊が二つ。スペックは完璧なんだよなあ……。
「じゃあ、せっかくモテ期に入ったのに、柳生はそれを満喫しないつもりか? こんなにモテてるのに?」
結城がラーメンをつつきながら言った。こんなに。言われて周囲に意識を向けてみると、近くの席の会話が耳に入ってきた。
「ねえ、どっち狙う? あたし、結城くん。軽そうだし、すぐ落ちそう」
「意外と柳生くんのほうが簡単かもよ。女の子に慣れてなさそうだもん」
「えーメガネ男子の柳生くんは譲らないよ! わたしが最初に狙ってたんだから」「俺は軽いほうを殺る。おまえは風紀委員長を狙え。健闘を祈る」
待て待て、今、シャレにならない会話が混ざってたぞ。
ダブル印章のおかげで食堂にいる女子たちは、しきりにこっちをチラチラと窺っていた。それに気付いた男子たちの殺意に満ちた視線も混じり、食堂は零司たちを中心にカオスな状況になっている。
「……くそ、まったく悪魔と関わるとロクなことがないな」
ぼそっと呟いた零司に、マモンが「ん?」と首を回した。
「なんだ、レイジ。アシュと契約して困っているのか?」
「当たり前だ。風紀委員長の俺が、モテたところで交際できるはずがないだろう。色欲の印章を付けられたばかりに、また平和な学校生活を脅かされるのは御免だ」
「そうだな。あたしと婚約しているレイジが、他の女と交際できるはずがないもんな! アシュと契約したことで、あたしとの幸せな契約生活を壊されるのは嫌だよな!」
「おまえの脳内変換機能はどんだけ都合がいいんだ」
呆れた零司の隣で、マモンは口の中のハンバーグを飲み込むと言った。
「よし! それじゃあ、マモン様がレイジに近付く女を追っ払ってやるぞ!」
「そんなことできるのか?」
半信半疑の零司。マモンはニッと笑うと、自信満々に胸を張った。
「あたしは強欲のマモン様だぞ! あたしにできないことはないっ!」
言うなり、よいしょ、とマモンは自分が座っていたイスを零司のに、ぴったりとくっ付けた。
何をするのか、じっと見守っている零司と結城の前で、マモンは日替わりランチのトレーも零司のほうへ寄せる。零司とゼロ距離で座ったマモンは、食べかけのハンバーグを零司の口元へ近付けた。
「はい、あーん」
「あーん……じゃねえええよ!」
一瞬、つられてしまった自分を殴りたい。
マモンはリンゴ飴みたいにハンバーグ付きの箸を持って、首を傾げた。
「どうした、レイジ? ハンバーグ嫌いなのか? ポテトがよかったか?」
「違げえよ! 何やってんだよ! おまえはっ!」
全力で叫んだ零司は、イスを離してマモンを睨んだ。
「何って、レイジとあたしのラブラブっぷりを周囲に見せつけて、女共にレイジを諦めさせる作戦だぞ。さすが強欲のマモン様の名案だな!」
「どこが名案だ! 迷案の間違いだろ! 強欲、関係ねえし! 相手が他の女子からおまえに変わっただけで、俺の潔白はどうなる!」
「なんだ、レイジは潔癖だったのか。なら、レイジの箸を使えばいいな。はい、あーん」
「潔癖じゃなくて、潔白だ! バカ、おまっ、ソースが付くから押しつけんな!」
「それは後であたしがペロペロしてやるから、気にしなくていいぞ! レイジもあたしをペロペロしていいんだぞ」
「誰がするか! んなことされたら、ソースより人目が気になるわ!」
「そうね。もう十分、人目を気にしたほうがいいと思うわ」
不意に降ってきた冷たい声。
零司に迫るマモンと、ハンバーグを止めるために彼女の手首を握っていた零司は、二人して首を回した。そこには、不機嫌を隠し切れない銀髪の美少女が。
「ご一緒してもいいかしら」
零司の左隣にデラックスステーキ定食のトレーが置かれる。誰も口を開かない中、ソフィアは流れるような動作で席へ着いた。
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