第28話
「はあ、大変だったー。告白って、あんな感じなんだな。想像していたより、ずっとハードだったよ」
告白童貞だが、他人の告白は散々見てきた俺が明言しよう。断じて違う。
もうすぐ昼休みが終わる頃になって教室へ戻ってきた結城は、ぐったりしていた。あの後、女子たちに追い回され、トイレに駆け込むことで難を逃れたらしい。
「俺、ライオンに襲われるシマウマの気持ちがなんとなくわかったよ……。放課後にも呼び出されてるんだけど、これ、行かなくちゃダメかなあ……ダメだよなあ……はあ」
ダメじゃない(断言)、と言っても、こいつには無駄なんだろうな……。机にぐてーっと突っ伏す結城には、まだなお、クラスの女子からの熱視線が注がれている。
「……おまえ、何かやったのか?」
零司の問いに結城は「んにゃ?」と顔を上げた。
「何の原因もなく、いきなりおまえが大勢の女子に迫られるのは不自然だろう。思い当たる節はないのか」
「思い当たる節? そうだな……」
顎に手を当て、真剣に考え込んでいた結城は少しして、
「ようやく女子たちも、俺の魅力に気付き始めたってとこだな!」
キメ顔で親指を立てた。零司が鼻を鳴らす。
「冗談は顔だけにしてくれ。本人に身に覚えがないんじゃ、手の打ちようがないか……」
「ははあ、さては柳生、モテ期になった俺を羨んでいるな! 俺からモテるコツを聞き出し、自分もあわよくばハーレムを……!」
「築かない。微塵も羨ましくない。風紀委員の仕事を増やされるのは迷惑だから言っているんだ。盛るなら、校外でやれ」
憮然と言った零司は顔を前に戻す。
結局、結城は放課後もまた校舎裏へ赴き、女子たちに追い回される羽目になった。行かなければいいものを、告白となると行かずにはいられないようだ。哀しい習性である。
とばっちりを食うのは風紀委員の零司だ。
完全下校時間近くまで結城を捜す女子たちに、男女交際禁止の校則を説明し、下校してもらう。多くの女子から恨みがましい視線、文句、悪口まで浴びせられた。零司の好感度はだだ下がりである。
どうせ俺は付き合いたくない男子ナンバーワンだよっ!
開き直った零司の働きにより、女子たちはあらかた姿を消しつつあった。
そろそろ自分も帰るか、と思った矢先、ドンッ、と廊下の曲がり角で誰かとぶつかる。
「おい、危ないじゃないか。いきなり飛び出すなんて……」
言いかけた零司は、息を呑んだ。
腰まである長い亜麻色の髪を廊下に散らし、小柄な少女は倒れ込んでいた。小学生といってもおかしくない幼い身体は、何故かスクール水着を着ていて、体型がはっきりとわかる。膨らみかけの胸に、くびれのない子供っぽい腰、露わになった白い太腿……。
思わず見入ってしまった零司の前で、少女が身体を起こす。フランス人形のようにぱっちりとしたスカイブルーの瞳が瞬いた。
「……水泳部、か? もう下校時間だから、早く着替えて帰宅準備を……」
自らの使命を思い出した零司が、我に返って言うが、
「今度こそ見つけた」
無感動な声がした。
立ち上がった少女は、表情らしい表情を浮かべることもなく背伸びをして、零司の首筋へ手を伸ばし、
チュ。
唇を奪われていた。
二回目でも、しばらく離したくない唇の柔らかさとか砂糖菓子のように甘い味とか温かく滑った舌の感触とか堪能する余裕はなかった。
時間にしてわずか数秒。
一方的にキスしてきたスクール水着少女は、ちゅぱ、と口を離すなり、背を向けて駆け出した。
「……ま、待て! おまえ……!」
女の子とキスできてラッキー、と零司が思えるはずがないのだった。
マモンのときと同じだ。あいつも悪魔なのか!?
青ざめて少女を追うが、途中で見失った。
人気のなくなった校舎で捜すのを諦めた零司は、トイレへ入った。鏡で舌を確認する。
「……何も変化なし、か」
そこにはマモンの印章が変わらず付いているだけで、印章が増えたりしているようなことはない。
「杞憂だといいんだがな……」
呟いた零司は帰宅した。だが、零司の嫌な予感は当たるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます