第27話



 脚立に乗った零司は窓を開け、眼下を見る。



 校舎裏は植え込みや倉庫に囲まれるようになっている。壁際の何もないところに、ぽつんと佇む結城。零司はちょうど結城の頭のてっぺんを見れる位置だ。


 妙だな、なんでこんなに女子が集まっているんだ……?

 結城には見えていないが、植え込みや倉庫の陰には、複数の女子が隠れていた。みんな、表へ出て行くタイミングを見計らっているようだ。

 女子が集団で結城を呼び出して私刑、という線が濃厚か、と考えたところで、


「レイジー、一人だけズルいぞ。あたしも見るー」


 不意に背後から抱きつかれ、零司は叫びそうになった。慌てて自分の口を押さえる。ここで大声を出したら、結城たちに気付かれる。


「バカっ、この脚立は一人用だ! おまえの乗るスペースはない! 降りろ!」

「えーヤダヤダ。マモン様も告白見たいぞ! レイジと一緒に野次馬したいぞ!」

「俺は野次馬じゃない! 崇高な使命を持った風紀委員だ! おまえと一緒にするな!」

「あたしは最高の肢体を持った野次馬だ! どーだ、参ったか!」

「おまえ、それで張り合ったつもりか!?」


 狭い脚立の上。押し退ける零司に、イヤイヤと身体を捩るマモン。

 マモンが動く度に、ほとんど密着している零司には、ムニュムニュと柔らかい膨らみがこれでもかと押しつけられる。最高の肢体は崇高な使命に十分、張り合っていた。


 結城が「ん?」とキョロキョロしたのを見て、はっと零司は口を閉ざす。

 結局、マモンをどかすことはできず、二人で窓を覗き見た。背中に当たる感触に意識を持っていかれそうになるが、そこは崇高な使命で理性を引き戻す。耐えろ、俺!


 ガサ、と音がして、ようやく一人の女子が姿を現した。結城と向かい合う形になったところで、零司は自分の推測が外れたことを知った。

 これは恐喝でも私刑でもない。間違いなく、告白だ。


「……結城くん、実は昨日の放課後からわたし、結城くんのことが気になって夜も眠れなくて……」


 昨日の放課後とは、やけに急だし、具体的だな。

 零司が内心で至極冷静なツッコミを入れるものの、眼下の空気は独特の緊張感でぴん、と張り詰めている。

 女子は赤くなった顔を隠すように俯き、もじもじとしている。対する結城は照れているのか感動しているのか、こっちも頬を赤らめ、黙って女子の告白に耳を傾けている。


 さて、結城には不憫だが、ここらで崇高な使命を果たさせてもらうか。

 零司は校舎裏へ駆けつけるべく脚立を降りようとして、


「……それで、その、結城くん、わ、わたしと……!」



「「「だめええええっ――――!!!」」」



 次の瞬間、響き渡った悲鳴に零司は動きを止めていた。植え込みや倉庫から隠れていた女子が一斉に立ち上がり、機動隊のように結城へ殺到する。


「ダメなの! 結城くんはあたしのなのっ!」

「何言ってんの!? 彼はあんたたちに譲らないわ! その手をどけなさい!」

「結城センパイ、ここはうるさいので、場所を変えましょう!」


 結城を巡って乱闘が起きていた。先輩、同級生、後輩、中学生まで。皆、結城をバーゲン品か何かのように取り合い、引っ張っている。


 ……何だこれ。


 呆気に取られる零司の背中では、マモンが「いいぞ! もっとやれっ!」とプロレス観戦みたいに煽っている。

 渦中で目を白黒させていた結城は女子たちの剣幕にビビった末、


「ぅわあああ、ごめん! みんな、マジごめん! ハーレムとか俺にはまだ早かった! 出直してくる!」


 無様に逃走した。出直さなくていい。


「ああっ、待ってえ!」と結城を追いかけ始めた女子たちを見送った零司は、やれやれ、と脚立を降りた。

 さあ、飯だ、飯。



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