三章 モテないシスコンが童貞を狙われるまで
第26話
校門脇の桜はすっかり散り、新緑が眩しい葉桜になった。
日向の一件以来、マモンは反省したのか、同じような悪辣な手を使ってくることはなかった。元々マモンはカネを作るだけで、それ以外の悪事をしない。
マモンの存在がクラスでも家でも定着してきたある日、
「ユウキ、お昼食べに行くぞ!」
マモンがいつものように結城を昼に誘う。普段なら喜んで誘いに応じる結城だが、
「悪りぃ、マモンちゃん。俺、モテ期到来したみたいでさ、それどころじゃないんだよー」
「モテキ? なんだそれは? うまいのか!?」
「見てくれよ、このラブレターの数。今日、靴箱、いっぱいに入ってたんだぜ。これで俺もリア充! ハーレムだって夢じゃない!」
「ほう、それは俺にも見せてもらおうか」
「げっ、柳生!」
振り返った零司に、机の上にラブレターを広げていた結城は慌てて封筒をかき集めた。
「わ、渡さないぞ! 非リア同盟の同志でありながら、俺を裏切ってマモンちゃんと同棲してる奴に、俺の夢を奪う資格はない!」
「同盟に入った覚えはない。同棲じゃなくてホームステイだ。その必死さは、もはや憐れむレベルだな」
冷たく言った零司の目から庇うように、異様な数のラブレターをカバンへしまう結城。その際、零司はクラスの女子たちがチラチラと結城を見ているのに気が付いた。中には、熱っぽい視線をじっと向けている子もいる。
何だ? 本当に結城がモテている……?
これまで女子と無縁だった奴がいきなりモテ始めるなど、不可解な話である。ラブレターもどうせイタズラだろと思っていた零司だが、検分する価値はあるのかもしれなかった。
「じゃあ、ユウキ、お昼はどうするんだ?」
「俺、呼び出されてるからさ、それ終わったら食堂行くよ」
「そうか、なら、食堂でな」
結城が教室を出て行くのをマモンが手を振って見送る。結城の姿が消えてから、零司は結城のカバンを勢いよく開け放った。
「あ、何してるんだ、レイジ? 泥棒はいけないんだぞ」
「贋金を作っているおまえに言われたくない。これは泥棒じゃなくて、検分だ。風紀委員の特権で、荷物検査をさせてもらう」
零司はカバンからラブレターを一枚取ると、中を開けた。イタズラにしては可愛らしい封筒から、淡いピンクの便箋が現れる。
「『お昼休み、校舎裏で待ってます』だって。間違いなく告白だな! ユウキは青春だな!」
マモンは零司とは違うラブレターを開いて見ていた。奇しくも零司が読んでいた手紙と同じ文面だ。
「こら、荷物検査ができるのは、風紀委員だけだ。おまえがこれを見る権利はない」
マモンの手からラブレターを奪い取ると、あーっと少女は頬を膨らませる。
「ズルいぞ、レイジ! ラブレターを独り占めして、自分だけ楽しむつもりだな!?」
「他人宛てのラブレターで楽しめる奴がいるか」
次々と検分するが、どれも差出人の名前がない。呼び出しだけというのも引っかかる。
「告白と見せかけた恐喝か、日頃恨んでいる奴からの私刑(リンチ)か……いずれにせよ、風紀委員としては行くべきだな」
「お、レイジ、告白現場を見に行くのか? 野次馬だな。楽しそうだからマモン様も行くぞ!」
こうして風紀委員と野次馬は教室を出た。
校舎裏へ行くには、昇降口から校舎を一回出て、ぐるっと回るのが基本だ。が、零司は一階へ降りると、昇降口とは逆の方向へ歩き、社会科準備室へ入った。歴史の本や大きな世界地図、地球儀やらが詰め込まれている狭い室内は埃っぽく、生徒の姿はない。
「どうして校舎裏に行かないんだ、レイジ?」
部屋に入るなり、小さな脚立を動かし壁際へ寄せる零司に、マモンが首を傾げる。
「あそこの窓から監視する」
零司が目で示したのは、高い位置にあるたった一つの細い窓だった。
「この壁の向こうが、ちょうど校舎裏になっているんだ。少し高いからこっちの姿は見られにくい。そこまで高低差もないから向こうの声もしっかり聞こえる。さらに、隣の美術室へ駆け込めば、窓から校舎裏へ出れる」
はあ、とマモンは感嘆の声を洩らした。
「こんな場所、レイジはよく知っているな」
「校舎裏はうちの学校の告白スポットだ。男女交際を取り締まるには、カップルが成立する前に叩くのがベストだからな。告白が始まったら現場へ突入し、即御用だ」
「さすが鬼畜魔王……やることがえげつないな!」
「何とでも言え」
元々は栞を見守るために見つけた場所だ。
最初、栞は過去の経験から、呼び出しイコールいじめだと思っていた。栞は呼び出されたことを怖がって逐一、零司へ告げてきたのだ。
零司は「危なくなったらすぐ駆けつけるから」と栞を校舎裏へ向かわせた。そして、告白が始まった途端、社会科準備室を飛び出した零司は相手の男子を確保し、ペナルティの反省文を規定枚数の十倍書かせてやった。シスコン? 何とでも言え。
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