第51話



 薄暗い広間のベッドで、零司は手持ち無沙汰に横になっていた。



 傍にはベッドに腰かけ、零司のスマホでゲームに興じるレヴィアタンがいる。さっきから零司には見向きもしない。レヴィアタンにとって零司は、本当にマモンの嫉妬を煽る材料でしかないようだ。


 ――しかし、そう上手くマモンの魔力を奪い尽くせるものだろうか?


 ローブの背中をちらりと見遣り、零司は考える。

 条件はわかっているんだから、防ぐことは可能だろう。レヴィアタンがマモンから魔力を奪えるのは、マモンが嫉妬したときだけ。なら、マモンが嫉妬しなければいいのだ。


 いくらあいつがバカだからって、冷静に考えればレヴィアタンの話が妄言だと気付きそうなものだ。

 それに、レヴィアタンの一時の煽りに流されただけで、本当はあいつは――。


 レヴィアタンから聞いた話を思い出し、零司は目蓋を閉じた。


「ん?」


 ゲームをしていたレヴィアタンが唐突に顔を上げた。

 ドオオォンと地響きのような音がして、広間が揺れる。


 地震!? と零司が身体を起こしたとき、メタリックな壁の一部に亀裂が走り、割れた。同時に二人の少女が雪崩れ込んでくる。


「うわああっ、つー……無茶苦茶だぞ! 体当たりで亜空間を破るなんて!」

「膨大な魔力をぶつければ破れると言ったのは、貴女でしょう? 貴女以上に大きな魔力の塊が他にあって?」


 侵入してくるなり、少女たちはこっちに気付かず口論を始めた。零司が呆然と呟く。


「マモンと、会長……!?」


 と、二人は弾かれたように首を回した。


「レイジ!」

「柳生くん!」


 すかさずマモンが零司へ駆け寄ろうとしたが、ソフィアの日傘で足を払われ、盛大にすっ転ぶ。


「なんで会長まで……!?」


 マモンはわかるが、どうしてソフィアまでいるのか零司にはさっぱりわからない。戸惑う零司に、ソフィアは生徒会長の顔で微笑んだ。


「柳生くんを捜している彼女と偶然、遭ったのよ。事情を聞いたら、放っておけなかったわ。うちの学校の生徒が危険に晒されているのを見過ごすことはできないもの」


 ソフィアの足元では「レイジ、あたしが転んだのは無視なのかー!?」と悪魔が喚いているが、無視だ。


「……私の亜空間に自ら飛び込んでくるとは、向こう見ずな輩共だ」


 背後から声がした。

 ベッドから立ったレヴィアタンはソフィアを見据え、口元を歪めていた。ソフィアが目を眇める。


「貴女が柳生くんを拉致したのかしら。以前にも学校で遭ったことがあるわよね。柳生くんに危害を加えようとしていたわ」

「それがどうした? 柳生零司は渡さないぞ」


 レヴィアタンの手に魔力が纏わりつき、斧が現れた。

 会長! と零司は声を上げていた。が、ソフィアはそれに応えず、不敵な眼差しをレヴィアタンへ注ぐ。


「――たった今、貴女は敵になったわ。覚悟なさい」


 日傘を横にして持ち上げたソフィアは、それを剣のように引き抜いた。

 思わず零司は息を呑んでいた。


「仕込み刀……!」


 傘の部分をなくした柄の先は、レイピアになっていた。そして、周囲が暗くて零司には視認できなかったが、ソフィアの背中から噴出した魔力が黒々とした蝙蝠の翼を形作る。

 巨大な翼を威嚇するように広げ、ヴァンパイアは嗤った。


「始めましょうか、戦争を」


 地を蹴ったレヴィアタンとソフィアが激突する――。

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