第22話



「……ん……」



 いつもと違うシーツと掛け布団の感じで零司は目を覚ました。

 どこだ、ここ……?

 カーテンに囲まれたベッドで零司は瞬きを繰り返す。


「起きたかしら」


 声がした枕元へ目を遣る。

 パイプ椅子にかけ文庫本を読んでいたらしいソフィアに、眠気が吹っ飛んだ。慌てて身体を起こす。


「会長!? あの、ここは……?」


 周囲を見渡した零司に、ソフィアは本を閉じると言った。


「保健室よ。いきなり起きて大丈夫? 気分は悪くないかしら」

「え、あ、若干、眩暈が……」

「水分を摂ったほうがいいわね。お水を入れてくるわ」


 ソフィアが立った。「あ、自分が……」と言いかけたが、ソフィアの姿は既にカーテンの外だった。会長に看病してもらうなんて、なんだか恐縮してしまう。

 紙コップを手に戻ってきたソフィアに、お礼を言って受け取る。


「あの、会長が俺を見つけてくれたんですか?」


 水を飲みながら、零司は思い返す。

 悪魔の斧を背中に受けたのだ。それで自分は倒れて……。


「ええ、そうよ。二階の廊下で倒れているんだもの、びっくりしたわ。……どうしたの、柳生くん?」


 しきりに背中を手で探り、怪訝な顔になる零司に、ソフィアが小首を傾げる。


「……俺、またあのローブに遭遇して、背中を斧で斬られたんです。でも、傷がなくなってて……」


 死を覚悟した。それくらいの重傷だったはずだ。だが、今、自分には傷どころか痛みもない。まるですべてが幻だったかのように――。

 銀髪の少女の形のいい唇が弧を描いた。



「傷なんて、初めからなかったわよ」



 零司は動きを止めていた。

 目を細めたソフィアは慈しむように続ける。


「きっと柳生くんは疲れているのよ。お昼も食べずに放課後まで眠ってしまうくらいだもの」

「放課後……?」


 はっとして、零司はカーテンを開け放った。窓から洩れてくる西日がベッドへ射す。見上げた時計の時刻は、四時三十分。心臓が縮み上がった。


「すみません、会長! 俺、行かないと……!」


 ベッドから飛び出すと、ぐらりと本格的な眩暈がきた。うっ、とベッドに手をつく。

 零司の肩へ白い手がかかり、ベッドへ押し戻された。


「急に立ち上がるなんて無茶よ。血相を変えて、どうしたの?」


 焦るものの、動けない以上どうにもならず、ベッドにかけた零司は栞が誘拐された顛末をソフィアに話す。マモンが悪魔であることだけは伏せてだ。

 話を聞き終わったソフィアは、ため息をついた。


「……柳生くん、どうして貴方はそこであの留学生を頼ろうとするのかしら。彼女からおカネをもらいたくないんでしょう?」

「でも、そんな大金を用意できるのはマモンだけですし……」

「そうね。犯人の要求を呑むのであればね」

「栞が人質にされているんですよ!? 言うことを聞くしかないじゃないですか!」

「それは消極的な選択よね。他に選択肢がないから、仕方なく。……こういうときに私を頼ってほしいから契約したのに、貴方は全然わかっていないのね」


 え、と言った零司にソフィアは「何でもないわ」と顔を背けた。神秘的な美貌が拗ねて見えるのは気のせいだろうか。

 ソフィアは不機嫌な声音のまま続ける。


「犯人の要求を呑まずに、妹さんを助ける。これが柳生くんにとってベストの選択じゃないのかしら」

「そう、ですね。それができればですけど……」

「初めから私に事情を話してくれればよかったのよ。柳生くんに、まあまあ使えるものを貸してあげるわ。今回はそれで十分、事が足りるでしょう」


 言いながらソフィアはスマホを出した。「内緒よ」と零司に流し目をくれてから、それを操作する。


「あの、まあまあ、ですか……?」


 わけがわからず、零司が戸惑った声を上げる。ソフィアはスマホを耳に当て、ふっと笑んだ。


「そうね。まあまあ、ね」


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