第23話



 零司が帰宅すると、金髪の悪魔が家の前でウロウロしていた。零司の姿を見つけて、「あっ」と大声を上げる。



「どこ行ってたんだ、レイジ! あたしを捜してるのは知ってるんだぞ!」

「捜しているのは、おまえのようだな」


 おもちゃ箱を開ける前の子供のような顔をしているマモンに、零司は目を鋭くさせる。


「何故、家の前で待っていた?」

「だって、あたしが中、入ってたらダメじゃん」

「ほう、なんでダメなんだ?」

「身代金を出すあたしが中にいたら、レイジが困るだろ。なんで時間ギリギリまで帰って来ないんだ? シオリが心配じゃないのか?」


「よく事情を知っているじゃないか」


 ぞっとするほど冷たい声がマモンに降り注いだ。


「……少し考えればわかることだったな。俺自身が契約者だと他言していない以上、洩れるのはおまえら悪魔からだ。そして、犯人がカネを要求している時点で、おまえ以外の悪魔が犯人の裏にいる可能性はない。どうしても俺にカネを使わせたいおまえは、莫大なカネが必要な奴に、俺が契約者であること、栞のためなら身代金を払うであろうことを伝え、裏で手引きした」


「ち、違うぞ! あたしは無関係だからな! 事情は中にいる奴から聞いたんだからな……!」

「おまえが教えたのであれば、どうして向こうがおまえの能力を熟知しているのかも説明がつく。大方、カネに困っている奴を見つけたおまえは、俺ならもっとたくさんのカネを作れると言い、犯行を促した」

「間違ってるぞ! ヒュウガはずっと前からの契約者で、自分の魂じゃもうカネが作れないから……あ」


 しまった、とマモンが口を押さえた。そろそろと目を上げ、マモンは零司を窺い見る。


 煉獄の焔。

 零司の目に燃え滾る怒りを見つけたマモンは、ひっ、と声を洩らしていた。

 初めて人間を怖いと思った。直視していたら、焼き殺される。そんな錯覚に陥ったマモンは俯いていた。制服のスカートの裾をいじくる。


「だ、だって、レイジがいけないんだ……。あたしは、レイジを助けたくて、でも、このままじゃ、レイジは全然、強欲になってくれないし、それじゃ、あたしもカネを出せないし、せっかく契約したのに、意味がないっていうか……」


 しどろもどろに言葉を紡ぐマモンの目に、零司の手が映った。

 差し出された手にマモンは瞬く。


「俺を助けてくれるんだろう。この手にカネを出せ」


 それは、待ち望んでいた言葉だった。

 ――レイジが、堕ちた。

 きょとんとしたマモンは、胸に言いようのない歓喜が広がっていくのを感じていた。笑いが込み上げてくる。


「……うん、うんっ! レイジが望むなら、いくらだって出すぞ……! は、はは、どれくらいだ? ああ、今日ティッシュほとんど使っちゃったぞ。とりあえず、これくらいな。家に入ったらすぐに、家中のものをカネに変えてやるからな!」


 ポケットを急いで漁ったマモンは、残っていたティッシュをすべて札束にして、零司の手に乗せた。

 わずか数センチの厚みだ。それは零司が期待していたより少なかった。喜色満面のマモンの前で、零司はパタパタとそれを振り、


 札束で思いっきりマモンの頬を打った。


 ピシャリ、と夕暮れの住宅街に似つかわしくない乾いた音がした。

 時が止まったように、マモンは硬直していた。

 瞠目したまま思考停止する少女を、零司は憎悪を込めて睨む。


「……栞を危険に晒しておきながら、何が助けるだ、この悪魔め! 全部おまえが仕組んだことじゃないか。おまえが不幸をもたらしたんだ。おまえのせいだ! おまえが俺たち家族をメチャクチャにしたんだ!」


 放心していたマモンの表情が、わずかに歪んだ。

 それに構わず零司は握り締めていた札束を、マモンの頭上からバラまいた。


「退け、悪魔。おまえのカネはいらない。二度と俺の前に現れるな」


 ヒラヒラと舞い散る一万円札。

 富。自らの力の結晶で、自信で、存在意義で、価値観であるカネが地面へ落ち、汚れていく。まるでゴミ屑のようにそれを放った零司の背中を、呆然と見つめたマモンはわなわなと唇を震わせ、



「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁ――――――――っっっ!!」



 断末魔の声を上げた。

 力なく崩れたマモンの膝の下で、札がぐしゃりと潰れる。

 道路にできた一万円札の池に溺れ、強欲の悪魔は敗北した。

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