第46話



 それからスマホをいじることしばし、レヴィアタンは電話をかけた。



 零司にも聞こえるようにスピーカーホンにする。狭い室内に呼出音が鳴った。すぐに電話が繋がる。


「レイジっ!? 無事かっ!?」


 スピーカーから聞こえてきたのは、切羽詰まったマモンの声だった。それに零司が叫ぶより早く、


「やあ、マモン」


 レヴィアタンが余裕たっぷりに言った。電話の向こうでマモンが息を呑む。


「……やはり、おまえだったか、レヴィイイイイイ!」


 耳にびりびりくる咆哮を放つマモンに、レヴィアタンは笑みを深めた。


「吠えるより、さっき送った画像はチェックしてくれたかな?」

「画像だって?」


 その瞬間、理解した。

 違う! それは俺の意思じゃない!


 だが、叫ぶことはできなかった。レヴィアタンの手に現れた斧が、喉元に突きつけられていた。刃は皮膚を一枚裂いて止まり、つーっと血が首を伝っている。一言でも発すれば、この斧は容赦なく零司の首を切断するだろう。


 目だけを動かして零司は、レヴィアタンの手にあるスマホを見遣った。電話の向こうからは、長い沈黙が流れてきている。

 本当に電話が繋がっているのかどうか、怪しく思い始めた頃、



「………………………………………嘘だ」



 マモンがぽつりと言った。


「嘘? おまえは自分の目で見たものも信じられないのか? 柳生零司は私のものになったんだ。その画像が証拠だ。私が好きだから、おまえはもういらないそうだ。二度と会いたくもないし、話もしたくないからって、頼まれて私が電話してるんだよ」

「嘘だ嘘だ嘘だっ!! レイジがそんなこと言うもんかっ! レイジはっ、レイジはあたしのこと……っ!」


 その後の台詞は、続かない。

 言葉が出てこないマモンに、レヴィアタンは鼻で笑った。


「まだわからないのか? おまえは柳生零司に捨てられたんだよ。そして、彼は私を選んだ。おまえが日本を発ってから、私たちはずっと二人で同じベッドにいるんだよ。当然、それなりのこともした。ま、それは画像を見てくれれば、言うまでもなかったかな」

「――」

「マモン、おまえ、昔から結婚願望強かったよな。もしかして、この男を伴侶にするつもりだったのか? だったら、残念だったな。柳生零司とは私が結婚するんだ。もうプロポーズされているんだよ。ああ、結婚式にはマモンもちゃんと呼ぶから、もちろん来てくれるよな」


 そのとき、レヴィアタンを漆黒の粒子が取り巻いた。

 魔力?

 怪訝に思った零司の目の前で、粒子はキラキラと煌めきながら、レヴィアタンの周りで渦を巻く。やがて一筋に収束した魔力は、褐色の胸元にある魔力瓶へと吸い込まれていった。

 くっ、とレヴィアタンが声を洩らす。


「あはははははははははっ! 図星か、マモン! おまえ、今、嫉妬をしたな! ははははははっ、嫉妬に身をやつしたおまえの力が、どんどん流れ込んでくるぞ!」

「どうなってるんだ!? なんであたしの魔力が減っていくんだ!? 何にも魔力を使ってないのに!」


 電話越しのマモンはさっぱりわからない様子だ。レヴィアタンが愉快そうに言う。


「マモン、おまえの魔力瓶の底を見てみろ」

「ん? なんでこんなとこにレヴィの印章があるんだ!?」

「朝の戦闘に紛れて、つけさせてもらったよ。予想以上におまえの魔力が多かったからな。ただ倒してしまうのが惜しくなった」


 零司に斧を突きつけたまま、レヴィアタンは魔力が増え続ける魔力瓶をもてあそぶ。


「印章は契約の証だ。つけられた対象が特定の罪に堕ちることで魂を奪う。魔力瓶に私の印章をつけられたおまえは、嫉妬の感情を抱くと自動的に私へ魔力を捧げることになるのだ」

「何だって!? あたしはレヴィの魔力源じゃないぞ!」

「私に魔力供給したくなければ、印章を破壊するがいい。もっとも、瓶も割れておまえはリヤイヤだがなあ」


 くっ、とマモンの呻く声がした。


「レヴィ、あたしを嫉妬させるためにレイジを攫ったのか……! レイジを返せ!レイジは、レイジはっ、あたしのっ、鬼畜魔王様だああああ――――っ!!」

「はは、まだそんなことを言うか。柳生零司は私と婚約したと言ったろう? おまえの元へ帰るわけないじゃないか。ここで私と甘々でラブラブな新生活を送るんだ」

「信じない、信じないぞ……! レイジは鬼畜なんだ。ドSなんだ。そんなレイジが、甘々でラブラブな性生活で満足できるもんかっ!」


 と言いつつも、レヴィアタンの魔力瓶には魔力が溜まっていく。とりあえず、俺の性癖を決めつけて叫ぶのはやめろ。


「レヴィ、どこにいるんだ!? 今すぐそっちへ行って、レイジが誰のものか決着をつけてやる!」

「そんなこと、私が言うわけないだろう? まだ柳生零司とイチャついてる最中なんだよ。いいとこだから切るぞ」

「いいとこ!? いいとこって何だ!? レイジと何してるんだ――!?」


 泣き声混じりに叫んだマモンに、レヴィアタンは唇を歪めた。


「嫉妬すればするほど、おまえは魔力を奪われる。くくっ、楽しみにしているよ、マモン。おまえのすべての魔力が私のものになるのをな!」


 高らかに哄笑したレヴィアタンは、マモンの返事を待たずに電話を切った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る