第47話



 部屋にわずかな沈黙が下りる。



「……なるほどな。これでおまえの嘘がバレない限り、おまえはマモンの魔力を奪い続けられるというわけか」


 斧からそっと離れて零司は言った。斧を消したレヴィアタンはローブを羽織る。


「効率がいいだろう? わずかな魔力しか持たない人間にちまちま印章を付けるより、姉妹に付けて嫉妬を煽ったほうが早い」

「なら、マモンに俺を堕とさせた後で煽ったほうがよかったんじゃないのか?」

「おまえだけはダメだ」


 さっと首を回し、レヴィアタンは零司を見据えた。


「柳生零司、おまえが堕ちたら一瞬で魔力瓶はいっぱいになってしまう。おまえは『魔』にとって垂涎の的、最大にして最高の魔力源なんだからな」


 本当になんで俺の魂がそんなことになっているんだ。


「おまえを殺すのは、マモンを始末した後だ。嫉妬の材料は残しておかないといけないからな」

「もしそれが真実なら、おまえも俺を殺さずに堕とせばいいのに」

「ふん、よく言う。おまえが私に堕ちるとは思えない。私はここからずっと、おまえたちを観察していた。おまえは誰かを妬むような人間じゃない」


 ここから?

 疑問に思った零司が周囲を見渡すが、メタリックな黒い壁がぐるりとそびえているだけで、外は見えない。


「やってみなきゃ、わからないじゃないか。おまえが魔力を使って俺に働きかければ、もしかしたら……」

「わかっていないのは、おまえだよ。嫉妬に駆られる人間には野心があるんだ。憎悪にも似た羨望。それが嫉妬だ。空っぽのおまえに、誰かを羨み、妬む気持ちは芽生えない」


 返す言葉がなかった。

 胸を衝かれて俯いた零司に、レヴィアタンはどこからともなくカードを出す。額へ当てられたカードが、ピッと鳴った。


「よく見てみろ。これがおまえだ。身を焦がす欲望も高みを目指す意志も、おまえの中には存在しない。おまえは極めて空虚であるが故に、最高なんだ」


 カードに表示されたゼロを、零司は諦観にも似た気持ちで眺めた。


 何もない。自分の中身は空っぽだ。


 レヴィアタンはカードをもてあそびながら、視線を巡らせた。


「強欲、色欲、嫉妬までゼロか。これはひょっとしたら、他の大罪もゼロなんじゃないのか。――柳生零人みたいに」


 ドクン、と胸が鳴った。


「なんで親父の名前を知ってるんだ」


 低い声で言った零司に、レヴィアタンは肩を竦める。


「柳生の名前を知らない悪魔はいないな。彼は史上最高の魔力源だった。有力な悪魔が彼をこぞって堕とし、膨大な魔力が魔界へもたらされた。だが、マモンが堕落させてカネに溺れた柳生は、自殺した。まだ魂が残っていたのに残念なことだ」

「――」

「なんだ、その顔は。まさか知らなかったのか? マモンは柳生零人を自殺に追い込んだことを悔やんでいた。あいつは自分の力が人間を幸せにすると思ってるからな。ヘンなプライドが刺激されたんだろ。柳生零人の身辺をずっと探っていた」



 最初に出会ったとき、何故、俺の個人情報を知っていた?

 何故、俺の強欲値を調べる前に契約した?

 呼び方だってそうだ。何故、俺だけ最初から名前呼びだったのか――。


 さあっと胸に冷たいものが広がっていく零司に、レヴィアタンは言った。


「罪滅ぼしをするつもりだったのさ。自己満足ともいえる。たまたまおまえの強欲値がゼロだっただけで、あいつは元々、利益度外視でおまえと契約したんだ。おまえが死ぬまで、カネには困らせないようにな」

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