第3話



「……なんでおまえがここにいるんだ、悪魔女あああぁっ!」



 血の気が引いていた。わなわなと震えて指を突きつけた零司に、少女は目を瞬かせる。


「お、やっとあたしが悪魔だって信じたな」

「信じるかっ! 比喩だ! 本物がいてたまるかっ!」

「なんだー、あたしが可愛いからって、まだ小悪魔だと思ってるのか?」

「誰が小悪魔だ! 初めからそんなこと思ってない!」


 だらしなくイスにもたれ、八重歯を見せて笑っている少女を零司は睨んだ。テーブルにはジュースの入ったコップやお菓子の箱が置かれていて、散らかり具合から相応の時間をここで過ごしたことが窺える。


「どうやって俺の家を……てか、なんで俺より早く、この家にいるんだ!」

「何言ってんだ、レイジ。レイジが走るより、ヘリコプターのほうが早いに決まってるだろ」

「おまえの移動手段は常にヘリコプターなのかよ! 家にまで押しかけて、おまえ、一体何を……!」


「お兄ちゃん」


 咎めるような声音が横からして、零司は口を噤んだ。


「お兄ちゃんが落としたスマホを拾って、わざわざ届けてくれた人に、そういう言い方はないんじゃない?」


 ジト目の栞が零司のスマホを持っていた。ぐっと詰まる。ちらりと少女を見ると、ふふん、としたり顔で菓子を食っていた。

 そもそも誰のせいで落としたと思っているんだ、と悪態をつきそうになったが、栞の手前、それを堪える。


「……悪かったな、届けてくれて。これで用は済んだだろう。今すぐに帰れ」

「嫌だ。レイジには責任を取ってもらうぞ」


 責任!? と声を上げた零司に、少女は真摯な目を向けた。



「レイジ、学校であたしとしたこと、忘れたのか?」



 フラッシュバックするキスシーン、そして、至福の感触……。


「お、レイジが赤くなってるぞ。ちゃんと思い出してくれたようだな」


 不覚にも言葉に詰まってしまった零司へ、金髪の悪魔がいやらしい笑みを浮かべる。零司は慌ててあの感触を頭から振り払うと同時に、両手も振った。


「ち、違う! あれはおまえが強引にしたことであって、俺は責任を取るどころか、むしろ被害者だ!」

「何だとおっ!? あれが初めてだったのに! レイジは責任も取ってくれないなんて……!」

「は、初めて!? 普通、初めてであそこまでするか……?」

「レイジはあたしが誰とでもあんなことをすると思ってるのか!?  レイジだから特別にしたんだぞ!」


 そのとき、ガタン、とイスの倒れる音がした。

 見ると、顔色をなくした栞が立ち上がっている。


「……帰ってくるの遅いと思ったら、ついにお兄ちゃんにカノジョが!? 絶対にカノジョできるはずないって思ってたのに……しかも、もうそんな関係になっちゃったの!?」


 ヒドい言い草だが、零司のシスコン脳では「お兄ちゃんがそんな不潔なことするはずがない」という風に解釈された。慌てて零司は否定する。


「誤解だ、栞! こいつはカノジョなんかじゃない! さっき会ったばかりの知らない奴で……!」

「さっき会ったばかり?」


 反芻した栞がさらに目つきを鋭くさせた。天使は怒った顔も可愛い。


「いつからお兄ちゃんはカノジョでもない女の子と、そういうことするようになったの!? しかも学校でって、信じらんない! お兄ちゃんの変態っ!」

「そうだそうだ、レイジの変態! エッチ! あたしの初めて返せっ!」

「おまえは黙れっ! くそ、ちょっとこっち来い!」


 栞に便乗し始めた少女の手首を掴むと、零司は自室がある二階へ引っ張る。階段を上っている途中で、下から栞の声がした。



「お兄ちゃん! 無理やりは犯罪だよ!」



 ほらみろ。やっぱり俺は被害者だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る