第4話
パタン、とドアを閉めると、少女は許可も取らずに零司のベッドへダイブしていた。
「いきなり部屋に連れ込むとは、レイジは意外に大胆なんだな。ちょっと見直したぞ」
ゴロゴロとベッドを転がる少女。それを見下ろす零司の眼差しは絶対零度だ。
「おい、どういうつもりだ、おまえ……」
「マモン・マイモン・アマイモン!」
「何だそれは。新しい早口言葉か」
「あたしの名前だ。あたしのことはマモン様と呼べ!」
ふん、と零司は鼻を鳴らした。不機嫌な表情を隠そうともせず、学習机のイスに腰かける。
「また随分と偉そうだな」
「当たり前だ、本当に偉いんだからな。あたしは魔界を統べる魔王様の娘なんだぞ!」
はいはい、魔界に魔王な。
「それで、その偉い悪魔が俺に何の用だ」
投げやりに訊いた零司の前で、マモンは手を伸ばして机にあった箱ティッシュを取った。
「あげる」
差し出されたのは、箱ティッシュと同じ厚さを持つ一万円札の束だった。
「なっ、今、おまえ、何をした!?」
突然のことに狼狽する。マモンの行動を零司は見ていた。箱を持っただけだ。その瞬間、それが札束に変わっていた。
金髪の少女が分厚い札束を振りながら、訊いた。
「どうした、いらないのか?」
「……もう一度、やってみせてくれないか」
笑みを浮かべたマモンは、零司の胸ポケットからボールペンを引き抜いた。注視する零司の目前で、それが一万円札に変わる。
手品師顔負けの手腕にも驚いたが、もっと信じられないのは、その札があまりに精巧だったことだ。本物と同じ質感で、透かしも入っている。普通に使えそうだ。
「もっとか? もっと欲しいか? この部屋のものぜーんぶ、カネにしてやろうか?」
札を調べる零司を、悪魔はベッドでニヤニヤしながら見ていた。
ここまでされたら零司も認めざるを得なかった。
「おまえはカネを作る悪魔、なのか……?」
「ふふん、聞いて驚け。あたしは第五の大罪、強欲のマモン様だ。全世界のカネを司っているんだぞ。世の中は、富がすべて。カネがあれば、何だって手に入る。喜べ、レイジはあたしに選ばれたんだ。次期魔王になるあたしに魂を捧げられるんだから、光栄だろ!」
「待て、次期魔王とか魂を捧げるとか話が見えないぞ」
「今、魔界では魔王様の後継者争いが始まっているんだ。魔王様には七人の娘がいる。傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲という七つの大罪をそれぞれ背負って、次期魔王の座をかけて争っているんだ。といっても、魔王に相応しいのは、強欲のあたしだけなんだけどな!」
胸を張った拍子に、大きな膨らみがたぷん、と揺れる。そこから目を逸らして零司は言った。
「それで、それが俺にカネをバラ撒くのと、どう関係があるんだ」
「魔王様は争うあたしたちに課題を出したんだ。この魔力瓶を一番早くいっぱいにして持ってきた者に玉座を譲る、と」
マモンは首にかかっていたアクセサリーの中から、小瓶を持ち上げた。香水でも入っていそうな瓶には、泥のような黒いものが半分以上入っている。
「この魔力瓶にはあたしの魔力が溜まるようになっている。魔力というのは、堕落させた人間の魂なんだ。悪魔は人間と契約を結び、契約者の望みを叶えることで魂をもらう。これまであたしは契約者に、魂と引き換えにカネを用立ててきたんだ」
「カネがあったところで、命がなければ使うこともできないだろう」
「魂というのは分割できるんだ。寿命と言ったほうがわかりやすいな。だから、全部引き換えたりはしない。初めは少しずつ、欲が出てきたらだんだん多く。途中で事業に成功したりしてあたしに頼らなくなる人間もいれば、ぎりぎりのところまでカネに換えてしまう人間もいる」
零司は机をちらりと見た。元箱ティッシュの札束……結構な大金だ。これで一体、寿命何年分なんだろうか。
「これはいらん。返す。寿命と引き換えにするほど、カネに困ってはない。この分の寿命を俺に返してくれ」
「ああん、レイジは真面目だなあ。それは試供品みたいなものだから、レイジの寿命は減ってないぞ。さっきシオリに出してあげたのも、あたしが既に持っている魔力から出したから、誰の寿命も減っていない。安心したか?」
「こんな大金が試供品だと……? 感覚おかしいだろ」
「何言ってんだ、レイジ。こんな片手で掴めるくらいのカネじゃない。世界のすべてを手に入れられる財力がレイジにはあるんだぞ。あたしに選ばれたっていうのは、そういうことだ!」
「……腑に落ちないな。何故、俺なんだ? カネに困っている奴なんか、そこら中にいるだろう。そいつらにこの試供品を持っていったらどうだ? 魂と交換する奴もいるんじゃないか」
札を一枚取って差し出すと、マモンは嬉しそうにニッと笑った。
「うーん、これは期待大だな。えいっ!」
掛け声と共に、マモンは短パンのポケットから出したカードを零司の額へ当てた。ピッと電子音が鳴る。
何だ、俺は自動改札じゃないぞ。
内心でツッコんでいる間に、カードを見たマモンは「おおっ!」と歓喜の声を上げた。興奮した様子で、それを零司へ見せる。
「これは強欲メーター。人間の強欲度合いを測るものだ」
真っ黒いカードに表示されていた数字を見て、零司は沈黙した。
〇。丸一つ。ゼロ。
「これを見ればわかる通り、レイジはカネにまったく執着しない人間なんだ。大金持ちになりたいなんて思わないだろう? そこが魅力的なんだ」
カードを短パンに戻したマモンは、肩にかかる金髪を払った。爛々と目を輝かせ、満面の笑みを浮かべ天を仰ぐ。
「悪魔の醍醐味は、無垢な人間を堕落させること。初めから汚れている魂に価値なんてない。清らかな魂は、ほんの少しで膨大な魔力になる。無欲なレイジを強欲に堕とす! レイジが欲に溺れてあたしの力を欲したとき、魔力瓶はいっぱいになり、玉座はあたしのものだっ!」
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