第10話



 零司は高等部から中等部の校舎へ来ていた。


 二年の教室を覗く。女子らしく何人かで机をくっ付けて弁当を広げていた栞が、零司に気付いて席を立った。


「はい、お弁当。お兄ちゃんのために作ったんじゃないんだからね。夕飯の残りがたくさん余ってたから、消費させたいだけなんだからねっ」


 結城たちの誘いを断ったのは、このためだ。栞はたとえ夕飯が残っていなくても毎日、零司の分の弁当を作って持ってきてくれる。零司のほうが早く家を出るため、こうして昼に弁当を取りに行くのだ。

 毎度のことながら、ぷい、と顔を背けつつ弁当を差し出す栞に、零司は微笑んだ。


「ありがとな。じゃ」

「待った、お兄ちゃん」


 すぐ去ろうとした零司だったが、栞に背中を引っ張られた。

 珍しい。栞は校内で零司と接するのを極端に嫌う。校則の鬼と呼ばれる零司の妹だと、周囲に知られたくないからだそうだ。弁当を受け取るとき以外は話しかけないよう厳しく言われている。哀しい……。


 振り返った零司に、栞は周囲を窺いながら言う。


「マモンさんのことで、お兄ちゃんに一言、言っておきたいんだけど……」

「何だ? あいつ、おまえにも何かしてきたのか? まさか、キスとかされてないよな……?」


 もしや栞の魂も狙っているのでは、と不安になった零司に、栞は「え?」と驚き、顔を林檎のように赤らめた。


「お、女の子同士なんだから、そんなことするわけないじゃない! そうじゃなくて、制服! マモンさん、うちの留学生だったんでしょ? 制服貸してほしいなら、ちゃんと昨日のうちから言っておいてよね!」


 ぷんすかと栞はツインテールを翻し、教室へ戻って行ってしまった。そんな嘘を信じて、マモンに制服まで貸してやる栞は、やはり天使である。仕方ないな、と零司はため息をつき、その場を後にした。



 零司が弁当を食べる場所はいつも決まっている。

 中等部と高等部の境目にある中庭だ。中庭と言っても、両脇は校舎に挟まれているため、日当たりは悪い。中学生も高校生も来ないことから昼休みの喧騒とは無縁で、そこが零司は気に入っている。


 だが、今日は先客がいた。三人の男子生徒が何も植えられていない花壇に腰かけて、額を寄せ合っている。


「おい、おまえら! そこで何をやっている? それは何だ!?」


 三人が一緒に読んでいたのは、漫画雑誌だった。男子たちは、零司を認めると「げっ、校則の鬼……!」と顔を引きつらせた。


「学業に関係ないものを持ってくるのは校則違反だ! 学年クラス名前を言え!」


 零司が彼らへ近付いたとき、一人がスマホを持って立ち上がった。


「んなこと言って、おまえに俺たちを注意できる資格あんのかよ!」


 印籠のように出された画面に、零司は目を瞠った。

 それはまるで映画のワンシーンだった。

 緋色に染まった夕焼け空。校門前の一本道。そこで口づけを交わす男女。

 ――それが自分とマモンであると気付くまでに、わずかなタイムラグがあった。


「これを先生にチクってもいいんだぞ。バラされたくなかったら、俺たちのことも見逃せよな」


 言葉を呑んだ零司を見て、勝ち誇ったように言う男子。

 だが――


「……やはりおまえらはバカだな」


 低く言った零司に三人がたじろいだ。余裕の表情を浮かべ、零司は男子たちを見据える。


「校内で携帯電話は使用禁止だ。つまり、その写真を撮ったのも、スマホを見せて俺を脅すのも、当然、校則違反というわけだ!」

「っ!?」

「さあ、雑誌もスマホも渡してもらおうか。違反物を没収するのは、風紀委員の務めだからな」


 不敵に嗤って足を踏み出した零司に、青ざめた三人は「うわああ――っ!」と雑誌を放って駆け出した。


「待て! スマホもだ! スマホも置いていけ!」


 冗談じゃないぞ! あんな画像を野放しにしておけるか! 即刻、消してやる!

 内心ではまったく余裕のない零司は三人を追いかけようとして、



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