第19話
なんだよなんだよなんなんだよっ!
零司の家を飛び出したマモンは閑静な住宅街を疾走していた。時刻は深夜。車の通りはなく、通行人も残業帰りのサラリーマンだけだ。
あたしのカネがトランプ以下!? 大金があっても意味がない!? あたしの力もあたしも価値がないってどういうこと!?
マンホールの穴にミュールのヒールが嵌まり、マモンはすっ転んだ。剥き出しの膝と突いた手をアスファルトで擦りむく。だが、肉体の損傷に反応し、魔力瓶から洩れ出てきた魔力が、マモンの傷を瞬く間に修復していった。
道路にぺたりと座り込んだまま、マモンは虚ろな目を夜闇へ投げる。
どうして? レイジはどうして堕ちてくれないんだ?
今まで何千人という人間を堕としてきた。二十四時間以内だ。どれだけ時間がかかっても、一日あれば誰もがマモンのカネに手を出した。最初は恐る恐る、わずかな額で。それでいい。それを積み重ねていくうちに、欲は膨らみ、大きなカネを使いたくなる。
零司はカネに困っている。それなのに、受け取ろうとしない。挙句の果てには、マモンの力には価値がないとまで言うのだ。
無価値の富は、富じゃない。ゴミだ。自分の力に、強欲である自分に、絶対の自信を持っていたマモンは砕け散りそうだった。
ブーブーとスマホが鳴った。自分のだ。近年では世界中にいる契約者とスマホで連絡を取り合っている。地球の裏側にいても話せるんだから、人間の技術は本当に素晴らしい。
「もしもし? ハロー? ウェイウェイ? アロー? プロント? ヨボセヨ?」
「マモン様、日向です。今、どちらにいらっしゃいますか!?」
わざわざいろんな言語で言い換えたのに、聞こえてきたのは日本語だった。切羽詰まった中年の男の声に、マモンは首を傾げる。
「あーヒュウガか。悪いが、あたしは今、落ち込んでいるんだ……」
「お願いします、マモン様! もうマモン様しか頼れる方がいないんです。今日、あてにしていた銀行から追加の融資を断られました。友人、親戚、ありとあらゆるツテもすべて当たったんですけど、これ以上、資金を調達することができません。一億でいいんです。どうか出していただけないでしょうか」
日向はマモンの契約者の一人だ。マモンのカネでベンチャー企業を立ち上げたが、自転車操業で幾度となく資金繰りに苦しみ、その度にこうしてマモンを頼ってくる。
はあ、とため息をつき、マモンはクセっ毛をいじくり始める。
「そんなこと言われてもなー、おまえの魂はほとんど残っていないだろ。もうおまえにカネは出せないって、この前言ったじゃんか」
「そこを何とか! ああ、偉大なるマモン様! 世界で最も尊く、全知全能、アルファであり、オメガであるマモン様……!」
「おだててもダメだ。あたしがカネを作るには、魔力を消費するんだ。おまえの残っている魂すべてを使っても、一千万も作れない。魂で得られる魔力以上に、カネを作ってどうすんだ! あたしが損するじゃんか!」
「そんな……!」
電話の向こうで、日向が崩れ落ちるのが見えるようだった。
「お願いです、マモン様……! 従業員への賃金不払いも重なり、裁判を起こされそうなんです! このままでは会社は他人の手に渡り、破産するしかありません。抵当権に入っている自宅も取られ、うちは一家で路頭に迷うことになるんです!」
「あーもう、うるさいぞ! それはあたしの知ったことじゃないからな。おまえは魂を使い切ったんだ。おまえに与えるカネはない。以上だ!」
イライラしたマモンは、通話を切ろうとして、
「それではマモン様、自分たちに死ねとおっしゃるんですか……!」
聞き捨てならない言葉を聞いた。
マモンは寿命を奪う。だけど、ある一定以上の寿命は必ず残すようにしている。それは、魂の対価として得たカネを使って、人間に楽しんでもらいたいからだ。
マモンは悪魔と言われる存在だが、人が不幸になるのを好まない。
人生は楽しくあるべきだ。マモン自身もそれをモットーに生きているし、自分の契約者にはカネで好きなものを手に入れて、幸せになってもらいたいと思う。
だから、カネのせいで契約者が死ぬのは、二度と見たくない。
「……あるぞ。おまえのその魂でも、一億を手にできる方法が」
歓喜の声を上げる日向へ、からくりを説明したマモンは通話を切った。
沈黙したスマホを手に座り込んでいたマモンだったが、
「…………ふ、ふふ、ふはははははっ、ほらみろ、ざまあみろっ!」
不意に哄笑を上げた。通りかかったサラリーマンがびくりとして距離を取るが、マモンはお構いなしに立ち上がった。ギラついた瞳を漆黒の天へ向ける。
「誰だ、あたしを無価値だなんて言った奴は! あたしは人間に求められる! あたしには価値がある! あたしは第五の大罪、強欲。富(マモン)の名を持ち、世界中の富そのもの! 誰もがあたしを崇め、あたしに媚びへつらい、あたしを切望する! 世界はあたしを中心に回り、すべてはあたしにひれ伏すんだっ!」
夜空へ吠えたマモンは不敵な笑みをこぼした。
「――待ってろよ、レイジ。あたしの価値を思い知らせてやる。あたしは絶っっっ対に魔王になるんだからな!」
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