第20話
零司にやり込められたにも関わらず、翌朝、マモンは元気に登校してきた。
ツインテールにした金髪を摘み、「えへへ、どう? 似合う? 惚れた? 惚れ直した?」としつこく訊いてくるのには閉口したが、抱きつかれるより何倍もマシである。さっさと行け、と校舎のほうへ顎をしゃくると、それ以上絡むことなく去っていった。
いやに大人しく言うことを聞くマモンに微かな胸騒ぎを覚えたのも束の間、校門前に車が停まった。会長のだ。
思わず身構えた。今朝はこれを待っていた、と言っても過言ではない。
あの教会であったことが現実なのか、はたまた妄想だったのか、妄想だとしたら、どこからが零司の想像なのか、いくら考えても答えが出ないのだった。
緊張している零司に、いつものように近寄ってきたソフィアは、「おはよう」と微笑んだだけだった。
それだけ……?
何パターンもの受け答えを思い浮かべていた零司は言葉を詰まらせていた。黒服も零司のほうへは目もくれず、運転席へ引っ込んでしまう。挨拶を返せない零司を咎めることもなく、ソフィアは横を通り過ぎていく。首元の十字架の向きは……確認し忘れた。
やっぱり、あれは夢だったのか。
聖女のようなソフィアの後ろ姿を見送った零司は、安堵して深く息をついていた。
だよな、会長が吸血鬼だなんてありえない。まして、自分を「ずっと見ていた」だなんて自意識過剰にも程がある。早まって「昨日はすごく気持ちよかったです」とか口走らなくてよかった。数少ない校内で話しかけてくれる存在を一人、失うところだった。
教室では結城とマモンが、また札トランプをしていた。この二人はすっかり仲良くなったようだ。
こうして日常が始まるかに思われたが、
「え、栞が学校に来ていないんですか?」
二時限目の休み時間に、栞の担任から呼び出されて零司は首を捻った。
「お家にも電話してみたんだけど、通じなくてね。欠席や遅刻の連絡もないから、どうしたんだろうと思って。何か聞いてない?」
「いえ、何も……」
それで零司は解放された。
今朝、家を出る前を思い返す。栞は特に変わった様子がなく、キッチンに立っていた。もし体調が悪いのであれば、そのときにわかるはずだ。
心配になった零司はトイレに入ると、スマホでメールを打った。この場合、校則よりも栞が優先だ。幸い個室に入れば見咎められることもない。
三時限目が始まりそうになり、トイレから出ようとした零司だったが、スマホの画面が明滅した。
栞からの着信だった。
学校で出られるわけないだろ! と思ったが、それを知らない栞ではない。無断欠席のことも気になり、零司は通話ボタンを押した。小声で話す。
「おい、こっちは学校だぞ。おまえ、何やって……」
「柳生零司か?」
聞こえてきた男の声に、零司は息を呑んだ。スマホに表示されている名前を確認する。
「……そうだが、おまえは誰だ? 何故、妹のスマホを使っている?」
「いいか、よく聞け。おまえの妹は預かっている。返して欲しければ一億円用意しろ。警察には連絡するなよ。通報したら、人質の命はないと思え」
通話を切ろうとする空気を感じ取り、零司は慌てて言葉を継いだ。
「ま、待て! 誘拐ってことか……? 栞は本当にそっちにいるのか!?」
「証拠に声を聞いてみるか?」
電話の向こうで話し声がした後、
「お兄ちゃんっ!」
聞こえてきた声は、間違いなく妹だった。
「栞っ、無事か!?」
「大丈夫! 学校行こうとしたら、知らないおじさんが家に来て、そのまま……!」
家?
怪訝に思った矢先、話す相手は誘拐犯に変わっていた。
「そうだ。俺たちはおまえらの家にいる。とっとと一億持ってこい。期限は今日の夕方五時だ」
「ちょっと待てよ! そんな短時間で、俺に一億なんて用意できるわけがないだろ……!」
思わず叫ぶ。が、電話口で男は低く笑った。
「知っているぞ、おまえ、悪魔と契約しているんだろ」
「っ……!」
「その悪魔はカネを作れるんだってな。一億くらい軽く作ってくれよ」
「でも、それは本物じゃない! あれは全部、贋金で……!」
「構わない。本物と見分けがつかなければ、それでいい。一億きっかり、早く持ってこないと、大事な妹がどうなっても知らないぞ」
「やめろ! 妹に触れてみろ、許さないぞ……!」
零司の言葉の途中で電話は切れた。
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