四章 無自覚な彼が強欲に堕ちるまで

第39話



 翌朝早く目覚めたマモンは、ウキウキと廊下を歩いていた。



「今日は日曜日だから学校はないし、レイジはまだ寝てるはず。えへへ、起きてなければ、何しても怒られないもんねー。よしっ、今日はいっぱい添い寝しちゃうぞ! そんで、レイジが起きたら、勝手にベッドに入ったお仕置きであんなことやそんなことをされちゃうんだ……はああ、ドキドキしてきたあ……」


 妄想にどっぷり浸かって、ガチャ、とドアを開ける。

 そこには、アシュマダイを抱いて眠る零司が。


「あーあーあーっ! そこはマモン様の場所だぞっ! あーん、レイジがアシュに手を出したあ! 最初からそのつもりでアシュを手懐けてたんだな! 気を許して部屋に入ってきたアシュを捕まえて、一晩中、好き放題したんだな! この鬼畜ロリコンめっ!」


 マモンの大声に、うぅ、と呻いて零司は目を擦った。


「……朝からうるさい。んなわけねえだろ」

「ああっ、アシュの目が腫れてる! 泣いて嫌がるアシュに、無理やりしたんだな! でも、されてるうちに気持ちよくなったアシュは、だんだん従順になって、最後にはレイジの奴隷に……。許さないぞ、レイジ! あたしにもしろおおおぉぉ――――っ!!」


 叫びながら零司の部屋を飛び出していくマモン。


「……何なんだ、あいつは」


 ボヤいた零司は身体を起こした。

 おかげさまで目は覚めた。アシュマダイも起きたようだ。

 一階へ降りていくと、まだ栞は起きていないようだった。結城はソファで熟睡中だ。


「何か飲むか?」


 ちょこちょこと自分の後をついてきているアシュマダイへ訊く。少女は少し首を傾げた後、言った。


「ジュース」


 冷蔵庫を開けると、飲み物はすっかりなくなっていた。昨夜、全部飲み切ってしまったらしい。


「買いに行かないとないな……買ってくるか」


 この状況だと、どうせ買い物には行かないといけない。零司が出かける準備をして、玄関へ行くと、


「一緒に行く」


 栞の服を着たアシュマダイがいた。

 二人で外へ出た。ドアを閉めると、勢いのある春風が吹き、近所の庭木がザワザワと音を立てた。ふわりと広がったスカートの裾を、少女は慌てて手で押さえる。


「昨日の夜、レージは弱くてもいいと言った。でも、わたしはやっぱり、強くなりたい」


 道端に生えている雑草の小さな花をつつきながら、アシュマダイは言った。


 日曜日の朝の住宅街は閑静で、まるで神隠しに遭ったみたいに人の姿はなかった。アシュマダイはしゃがんで雑草を摘んだかと思えば、塀の上を歩く猫を見つけて手を伸ばしてみたりする。そうして小さな自由を満喫してから、アシュマダイは零司の元へ戻ってきて、手を握った。


「悪魔として、お父様の娘として、色欲として、強くなりたかった。レージを堕としに来たのも、みんなに認めてもらいたいからだった。玉座なんてどうでもよかった。わたしも一人前なんだって、色欲という大罪を担っているんだって、お父様や姉たちに証明したかった」

「過去形なのか」


 零司の問いに、アシュマダイは頷いた。瞳と同じ色をした青空を見上げる。


「一晩、レージといたのに、わたしは堕とすことができなかった。色欲失格。だから、目標を変えた」


 アシュマダイは繋いでいる手に力をこめると、言った。



「レージの傍で魔力を蓄えて、一人前の色欲になる。そして、いつか必ず、レージをわたしに堕とす」



「……」

 どうして俺はこうなるんだろうな。


「……えーっと、そこは普通、堕とせなかったから潔く俺を諦めるとかじゃないのか?」

「諦めない。レージを堕とせないなら、強くなる意味がない。強くなって、立派な色欲の悪魔になって、レージに好きになってもらう。それで、今度こそエッチしてもらう」

「そうきたか……」


 アシュマダイは、強くなるために零司を堕とすのではなく、零司を堕とすために強くなると言っているのだ。

 呆れた零司に、アシュマダイは摘んだ小さな花をいじりながら続ける。


「だから、焦らない。まだわたしはレージを堕とせるほど、強くない。レージに振り向いてもらえるように頑張る。だから、それまで……」


 少女は上目遣いで零司を見た。


「ずっとレージの家で暮らす。一緒にごはん食べる。またお姫様抱っこしてほしい。これからはレージのベッドで寝る。キスすれば魔力が溜まるのもわかったし、毎日する」

「随分と我儘になったな、おまえ……」

「遠慮するなと言ったのはレージ」


 確かに言った。見下ろすと、少女は春の陽気に負けないくらいに笑っていた。

 ――追っ払うどころか、また懐かれちまうとはな。

 ま、いいかと少女の笑顔を見て思った零司は、アシュマダイの手を握り返した。


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