第40話
「失敗か。色欲は使い物にならなかったな」
しゃがれた声がした。
弾かれたように振り向く。住宅街の一角に、黒いローブの悪魔が立っていた。
緊張する零司の横で、アシュマダイが前へ出た。
「レヴィ、失敗じゃない……! レージは必ずわたしが……!」
言い募るアシュマダイに、ローブが首を振る。
「失敗だ。せっかく私がその男の情報を教えてやったのに、おまえはわずかな魂すらも引き出すことは叶わなかった。おまえがそいつを堕としていれば、少しは私の役に立てたんだがな。やはり最弱の色欲。手駒の価値もない」
「おい、どういうことだ? おまえがアシュマダイに俺の情報を教えた……?」
ローブを睨んだ零司に、アシュマダイの委縮した声がかかる。
「レージを堕とすようレヴィに指示されていた。色欲なら強欲を出し抜き、レージを堕とせるかもしれないって。レージは世界最大の魔力源だから、堕としたら膨大な魔力が手に入る」
「世界最大の魔力源!? そんな話、俺は聞いてないぞ!」
驚く零司に、ローブの奥からは淡々とした言葉が紡がれる。
「柳生零司。たった一人で魔力瓶を埋められる魂の持ち主。おまえが他の姉妹の手に堕ちるのだけは避けなければならない」
他の姉妹。その中にアシュマダイは入っていない。
「マモンに奪われる前に、おまえは潰す。おまえの存在は私の障害でしかない」
悪魔がアスファルトを蹴った。その手に斧が現れる。
反射的に後退るものの、その後に策があるわけではなく。
一瞬で縮まる距離。
唸りを上げて襲いくる刃に身を竦めたとき、亜麻色が舞った。
「アシュマダイ――――っ!!」
零司の叫びが反響した。
刹那、斧が少女の背中を突き破った。
まるでスローモーションのように、その情景は零司に見えていた。
両腕を広げて飛び出した少女の身体が、ふわりと宙を泳ぐ。
次の瞬間、ドサ、と音がした。
人形のように少女は倒れていた。胴体を大きく斬られ、傷口からは血の代わりに漆黒の粒子が立ち昇っている。
道路で仰向けになるアシュマダイの瞳が、零司を映した。薄く開いた唇から、掠れた声が洩れる。
「……レ……ジ、逃げ……」
はっと息が詰まった。
『魔力がほとんど残ってないぞ! これじゃ、大怪我したら修復できないな』
そう言ったのはマモンだ。
それじゃ、修復できなかったら、どうなるのか。
アシュマダイの傍らに膝をついた零司に、悪魔の哄笑が響く。
「……は、はははっ、まさに最弱に相応しい末路じゃないか! 契約者を庇って消えるとは、なんと愚かしい! こんなのが私たちと同じ大罪とはな!」
「それ以上、こいつを侮辱するな! こいつは、おまえらに認められたくて、必死に強くなろうとして……!」
「だから、どうした?」
思わず叫んだ零司へ浴びせられた、底冷えのする声。
アシュマダイの小さな体躯を抱える零司の背に、冷や汗が伝う。
「強くなろうとしたことになぞ価値はない。強いかどうか、勝つかどうか。あるのは結果に基づいた事実だけだ。強さとは無慈悲なものなんだよ、柳生零司」
目を落とすと、腕の中の少女は虚ろな目をしていた。意識があるのかどうかもわからない。黒煙を上げ続ける身体は、半分ほど消失していた。
何とか助ける方法を、と考えた零司は、アシュマダイの言葉を思い出していた。少女に口付ける。
「そんなことをしても無駄だ。おまえの体液すべてを注いだところで、そいつはもう消える」
足音が近付いてくる。
それでも零司はアシュマダイを放さなかった。
ふっと嘲るような笑いを洩らし、ローブの腕が高く持ち上がる。凶悪な斧が零司へ振り下ろされようとしたとき、
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