第41話



「レヴィイイイイィィィっっっ!」



 聞き覚えのある叫びと共に、ドオオォン! と音がした。

 顔を上げると、両手に分厚い札束を持ったマモンが背を向けて立っていた。その正面には、もくもくと白煙を上げる崩れたブロック塀が。


「レイジがアシュと遊びに行ったのが見えて、追いかけてきたんだぞ。手つなぎデートにキスとかズルいんだぞ」


 マモンが零司を振り返って言う。

 ガラ、と塀が音を立てた。白煙の中に人影が現れる。


「……相変わらず無茶苦茶な戦い方だな、マモン。カネで斧を受けるとは」


 煙が割れる。姿を現したローブの悪魔は、フードが破れていた。初めて見る素顔に零司が息を呑む。

 しゃがれた声から想像していた姿と全然違った。顔だけ見たら、零司と同い歳くらいの少女だ。紙のように白い髪に、褐色の肌が目を引く。好戦的な表情を浮かべる顔には、真っ黒い紋様が刻まれていた。


 ローブに付いた瓦礫を払いやってくるレヴィアタンに、マモンは歯を見せて笑った。


「はっはっは、見たか! マモン様の札束は最強なんだぞ!」

「……褒めた覚えはない」


 言うなり、深緑の瞳を鋭くさせたレヴィアタンが斧を投擲する。


「っとお!」


 それをマモンは札束で受け流す。

 けれど、レヴィアタンも駆け出していた。空いた手に、新たな斧が出現する。


 レヴィアタンとマモンが衝突し、ガン、と音がした。


 斧と札束が拮抗し、二人の悪魔少女は視線を交錯させる。


「レヴィ、レイジはあたしのものだ。強欲から何かを奪えると思うなよ!」

「なんだ、マモン。おまえもそいつに契約者以上の感情を抱いているのか。それは面白い」


 ニヤリと嗤ったレヴィアタンが札束を押し返し、横薙ぎを繰り出した。

 マモンが後退する。

 その隙に、もう一本の斧がレヴィアタンの手に現れた。


「所詮、おまえは人間に媚びるしか能のない、低俗な富だ」


 斧の連撃がマモンを襲う――と見せかけて、一本は再び投げられた。零司へ向けてだ。


「くっ……!」


 自分の防御を捨て、マモンはその斧を札束で受けた。

 刹那、無防備なマモンをレヴィアタンが襲う。

 斬撃を受けた少女が、砂塵を上げ道路を吹っ飛んでいった。


 ――やめろ。もうやめてくれ。


 目の前で展開される戦闘を、零司は声も出せずに見ているしかなかった。

 レヴィアタンが油断なく斧を構えたまま、マモンへ近付いていく。マモンはかなりダメージを食らったのか、蹲って動かない。


 マモンの前に立ったレヴィアタンは、不意に手を伸ばしマモンの首にかかっている魔力瓶に触れた。ぺろり、と舌なめずりをする。


「さすが、強欲。こんなに魔力を溜め込んでいたのか」

「そうだ。――だから、レヴィには負けない」


 瞬間、マモンの手が伸び、浅黒い手首を捉えた。

 レヴィアタンが瞠目したときには、マモンは掌底を突き出していた。その手には、五百円玉が乗っている。


 五百円玉で顎を強打され、レヴィアタンの表情が歪んだ。

 マモンの手から硬貨がこぼれ落ちると同時に、レヴィアタンはバックステップをして身を翻した。


「命拾いしたな、柳生零司。今は退いてやろう」


 捨て台詞を吐いた少女は、住宅街の向こうへ走り去っていった。

 闘いの後には、アシュマダイが着ていた栞の服と、小さな花だけが残されていた。



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