第54話



 内側から爆発したような衝撃が零司を襲う。

 自分の全身から立ち昇る漆黒の粒子が、マモンへと吸い込まれていく。


「すごい……! すごいぞ、こんな魔力は初めてだ! レイジの熱い魂を感じるぞ!」


 闇を纏い、マモンが歓喜の声を上げていた。深い傷がみるみるうちに塞がり、消えかかっていたマモンの四肢が実体を取り戻していく。


「見ろ、レイジ! 魔力瓶が……!」


 示された小瓶は、零司から放出された魂を吸収していた。底に泥のような魔力が溜まりつつある。


「ものすごい勢いで溜まっていくぞ! これがレイジの力だ! これなら、あたしは誰にも負けない……!」


「さあ、それはどうかな?」


 刹那、凄まじい勢いでソフィアが壁へ叩きつけられた。


「会長……!」


 叫んだ零司の前で、ソフィアが力なく床へ崩れ落ちる。


 普段、余裕を崩さない顔には苦悶の表情が浮かんでいた。豪奢なドレスは斧によって裂かれ、ボロボロになっている。無残に傷付いた蝙蝠の翼は零司には見えなかったが、ソフィアからは今の零司と同じように黒い粒子が流れ出ていた。

 そして、それは真っ直ぐレヴィアタンに注がれている。


「なんで会長から、レヴィアタンに魔力が……?」

「あはははははっ、これは期待以上の展開じゃないか!」


 零司が不思議そうに声を上げたとき、魔力の渦を纏った無傷のレヴィアタンが、嘲笑を上げた。魔力が増大したせいか、身の丈ほどもある巨大な斧を担いでいる。 深緑の瞳がギラリと輝き、ソフィアを捉えた。


「幾度か校舎に忍び込んだとき、私が何故おまえを始末しなかったか、教えてやろうか。最初に相対したとき、私は既におまえに印章を刻んでいたのさ! おまえは私の餌になる。そう確信できたからなあ!」


 くっと顔を歪め、ソフィアは身体を見回した。


「一体、私のどこにそんな不潔なものを付けたの……?」

「言うわけがないだろう。破壊されてはたまらない」

「てっきり貴女が弱いから、私と争いたくないものだと思っていたわ」


「勘違いも甚だしい。第三の大罪である私が、おまえごときに怯むわけがない。なかなかに良質な魂だ。私が煽るまでもなく、おまえの魔力は時折、私に流れ込んできた。存分に活用させてもらったよ」


 座り込んだまま、ソフィアは悔しげにぎり、と唇を噛んだ。


「あの……レヴィアタンに魔力を奪われるということは、嫉妬してるってことですよね? なんで会長は嫉妬を……?」


 ソフィアの傍へ寄った零司が訊いた。

 満身創痍の少女が俯く。

 しばしの沈黙の後、


「………………………………い、言えるわけないでしょう、そんなこと!」


 上目遣いで睨まれ、零司が思わず「す、すみません!」と謝る。マモンがニヤついた声を上げた。


「なんだなんだ、あたしには嫉妬するなとか言っといて、自分も結局レヴィアタンに魔力を取られてるんじゃないか。人のこと言えないな!」

「黙りなさい! 貴女の存在を今、懸命に忘れようとしているんだから邪魔しないで!」


 こめかみを押さえたソフィアは「……あの悪魔を欲しいなんて嘘……全部、嘘よ……」とぶつぶつ言っている。それが聞こえていない零司は、頭に疑問符が浮かぶばかりだ。


「次はおまえだ、マモン。決着をつけようか」


 レヴィアタンが斧を構えてマモンへ突進する。


「望むところだ、レヴィ! レイジの魂を手に入れた最強のあたしを見せてやる!」


 マモンの両腕を硬貨が覆い尽くし、その手に分厚い札束が現れた。レヴィアタンの斬撃を札で防御し、硬貨の拳で攻撃を繰り出す。

 だが、身軽に攻撃を躱したレヴィアタンは嗤った。


「最強といっても、所詮おまえは富。私の武器に敵うと思うか」

「何言ってんだ、レヴィ。今のあたしは無敵に決まってるだろ。見ろ、あたしの魔力瓶を!」


 マモンは魔力瓶を掲げて見せた。

 少女の手には、ゴポゴポと魔力が湧き出ている瓶があった。瓶に収まりきらなかった漆黒の液体は溢れ、マモンの手を汚していく。

 金髪をなびかせ、マモンは勝利宣言をする。


「どーだ、参ったか! これで玉座はあたしたちのものだぞ!」

「早計だな。魔力瓶を埋めたのが自分だけだと思っているのか?」

「何だとお……!?」


 マモンの目に、レヴィアタンの魔力瓶が留まった。勢いこそマモンのより大人しいが、そこからは魔力が溢れている。


「元から持っていた私の魔力に、おまえから奪った魔力、そしてそいつの嫉妬から今なお生じているものを合わせれば、瓶を満たすには十分だ」


 レヴィアタンはニヤリと笑うと、得物を振り上げた。魔力の渦を纏い、漆黒の巨大な斧は刃を閃かせる。


「強欲なんぞに玉座は譲らない。おまえを倒し、私は魔王になる――!」


 ブン、と重い風切り音がして、マモンの札束が舞い散った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る