第49話



「学校じゃないか」



 ソフィアについてきたマモンは、真夜中の学校を見て瞬いた。明かりの点いていない巨大な校舎は、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。


「ここにレイジがいるのか? 人の気配はないけどな」

「校舎にいるとは言っていないわ」


 昇降口へ身体を向けるマモンとは反対に、ソフィアは校庭を見つめていた。


「校庭こそ、誰もいないじゃないか。見ればわかる」


 口を尖らせたマモンの横で、ソフィアはハンカチを出した。折り畳まれたそれを開くと、銀の銃弾が現れた。


「これが今日、ここに落ちていたの。もしかして、とは思ったのだけれど、確証はなかったから不用意なことはせずにおいたわ」

「何だ? この銃弾がどうしたっていうんだ? さっぱり話が見えないぞ!?」

「確かに説明するより、見てもらったほうが早いわね。……リージェス」


 ソフィアに促され、神父が前へ出る。その手に収まる銀の拳銃に、マモンは目を剥いた。


「ああーっ! おまえ、その銃……! 知ってるぞ、教会のエクソシストだ! マモン様の目は誤魔化せないぞ!」


 飛び退って神父から距離を取ったマモンは、桜の木の後ろに隠れた。

 地上へ行くなら、エクソシストには気を付けろ。それは魔界に棲む者の合言葉のようなものだ。奴らはありとあらゆる手段で、魔を滅ぼしにかかる。七大罪であるマモンすらもエクソシストとは遭遇したくない。


 だが、いつまで経っても銃弾は襲ってこなかった。不審に思って木陰からそっと顔を出したマモンは、呆れたように首を振っているソフィアと苦笑している神父を認めた。


「そこでずっと隠れていたら? 魔力不足の貴女にはそれがお似合いよ」

「何だとおっ!?  どうなってるんだ? 魔を祓うエクソシストがヴァンパイアの血族なんて、おかしいぞ。エクソシストはヴァンパイアも討伐対象なはずだ」


 ぷりぷり怒って出てきたマモンは、長身の神父を睨み上げた。彼の口元がふっと緩む。


「エクソシストではなく、元エクソシストだね。宗派変えしたんだよ」

「元、だって……?」

「そう。彼は何百年も昔、私を討つために教会本部から派遣されたエクソシスト。それを私が血族にしたの」


 神父が校庭へ銃口を向けた。

 銃声が響く。


 と、何もないはずの空間に銃弾が跳ね返って、マモンの髪を掠めた。ちり、と焼けたように数本髪を飛ばされ、マモンが「うおおおっ!?」とびっくりする。


「……ああ、跳弾に気を付けるよう言うのを忘れていたよ」

「危ないなっ! もう少しで当たるとこだったじゃんか!」


 すっとぼけた神父にマモンが地団駄を踏む。ちゃんと校舎の陰に隠れていたソフィアが出てきて、口を開いた。


「これでわかったでしょう? 校庭には、銀を拒絶する不可視の何かがあるのよ。魔の力を帯びた大きなものがね」

「そうか、亜空間か! レヴィはあんなとこに亜空間を作ってたんだな! あれ、でも待てよ。なんであそこにレイジがいるってわかるんだ?」


 ソフィアはハンカチにある銃弾へ目を落とした。


「これが柳生くんのものだからよ」

「それはエクソシストが使う銃弾だろ? なんでレイジがそんなのを持っているんだ?」


「次から次へと悪魔に付き纏われる柳生くんを見ていられなくて、私が渡したのよ。きっと柳生くんは素直だから、私の言うことを聞いて、これを肌身離さず持っていたに違いないわ。拉致した悪魔は彼を亜空間へ連れ込む際、これが邪魔になって、ここに放り出した」


「ふん、お節介だな! そんなものをレイジに渡していたのか」

「そのおかげで、こうして柳生くんの居場所がわかるのよ。文句を言われる筋合いはないでしょう」


 勝ち誇ったように言われて、マモンはぐっと黙り込んだ。


「さあ、あとは柳生くんを助けるだけね」


 校庭へ足を踏み出したソフィアだったが、



「……訊いておきたいんだが、なんであたしを消そうとしないんだ?」



 慎重な声に足を止めた。

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