クソ真面目な男子高生が強欲の魔王になるまで
ミサキナギ
プロローグ
第1話
四月某日。
始業式が終わり、委員会の仕事で夕方まで学校に残っていた零司(れいじ)は、校舎から校門までの一本道を歩いていた。桜並木は満開で、春風が吹く度に花びらがひらひらと舞う。
周囲に生徒の姿はない。委員会で一緒に作業していた生徒たちは、とっくに帰ってしまった。手より口を動かす連中がいても無駄なので、零司が帰したのだ。結果、完全下校時間まであとわずかという時刻になってしまった。校庭から聞こえてくる運動部の挨拶を背に、零司は校門へ向かい、
バラバラというプロペラ音が近付いてきて、零司は顔を上げた。
空から女の子が降ってきた。
漫画やアニメとかでよくあるシーンだ。可愛い女の子が落ちてきて、少年がそれを受け止める。だが、理想(フィックション)と現実(リアル)は違った。
「レイジ―――ッ! あたしを受け止めて――――――っっっ!」
両腕を大きく広げた少女が大声で叫び、頭から突っ込んでくる。自由落下のスピードでだ。
危険! と咄嗟に判断した零司は、避けた。
ドコーーーーーン、と盛大な音を立てて、少女がアスファルトに激突する。
桜の木の陰へ逃げ込んでいた零司は、少女を落としたヘリコプターがバラバラ言いながら遠ざかって行ったのを見計らい、恐る恐る木陰から顔を出した。
さっきまで零司がいた場所に、墜落した少女が倒れていた。
ピクリとも動かないその子へ近寄ってみると、アスファルトが割れて、隙間に頭が挟まっている。なんつー石頭だ。危うく巻き添えで死ぬところだった。
自分が生きていることに感謝しつつ、零司はとりあえず善良な一般人の義務を果たすことにした。スマホを出し、119。
「すみません、救急車をお願いします。女の子が一人、ヘリコプターから落下しました。頭部を強く打って即死している可能性が……」
「だあああっ、死んでないっ! あたしは死んでないぞ! なんでレイジは受け止めてくんないんだ!? せっかくの劇的な演出が台無しじゃんかっ!」
なっ、と零司はスマホを落としそうになった。
即死したと思っていた少女が跳ね起きたのだ。唖然とする零司の前で、少女は平然と身体についたアスファルトの欠片や土を払い始める。
夕日を受けて黄金色に輝くクセっ毛から、春なのにキャミソールを着た剥き出しの白い肩から、視線が釘付けになりそうな大きな胸から、キュッとくびれた腰から、短パンから伸びた柔らかそうな太腿から、悠然と土を払った美少女は、最後に零司を上目遣いで見て、ニッと笑った。キュートな八重歯が覗く。
「なんだ、おまえは……? 演出……? 怪我はないのか……?」
そういえば、と思ってスマホを見ると、驚いた際に手が当たったのか、通話は切れていた。
無傷の少女は、髪の毛をクルクルしながら、唇を尖らせる。
「レイジ、質問しすぎだぞ。そんな一気に答えらんない」
「ではまず、おまえが俺の名前を知っている理由から訊こうか」
「知ってるのは名前だけじゃないぞ! 柳生零司、十六歳。中高一貫、私立栄西高校二年一組、出席番号三十六番。部活は帰宅部。風紀委員で、高一から委員長を務める。二つ名は、校則の鬼。成績は高校入学以来、学年トップで、国立理系大学を志望。品行方正、成績優秀、真面目な優等生で教師からは信頼されてるけど、生徒からはウザがられてて、同学年の女子がこっそりやったランキングでは、付き合いたくない男子、ナンバー……」
「待て待て待て待てっ!」
黙って聞いていたら心をざっくり抉られそうな台詞を止めた零司は、眼鏡をくい、と持ち上げ、少女を鋭く見据えた。
「……誰だ、おまえ。俺はおまえを知らないぞ。うちの学校の生徒でもないだろ。探偵か? 何故、そこまで俺のことを知っている……?」
「気になる順位は堂々のナンバーワン! 付き合いたくない理由は、『目つきが怖い』『神経質そう』『説教ウザい』『ぶっちゃけ、風紀委員長だからって注意してくるとかマジムカつくんだけど』……」
「それは訊いてない! むしろ聞きたくなかった! それより俺の質問に答えろ! おまえは一体……」
「あたしは悪魔だ!」
いきなり指を突きつけられ、零司は眉をひそめた。
「レイジが世界のすべてを手に入れる。そのための力を授けに来た悪魔なんだぞ。どーだ、すごいだろ!」
…………。
得意満面で、たゆん、と大きな胸を揺らして張った少女をしばし凝視していた零司は、やがておもむろにスマホを操作した。
「すみません、さっき電話した者ですが、やはり救急車をお願いします。ヘリコプターから落ちた女の子が頭を強く打っているようで、脳にどこか損傷が……」
「ああああっ、違うもん! 本当だもん! あたしは本物の悪魔なんだぞ――っ!」
「自分は悪魔であると繰り返しています。落下のショックで精神にも異常をきたしているようです。脳に異常がなければ、精神科に……」
「頭がおかしいんじゃないってばっ! ああん、なら、これでどうだっ!」
少女の両手に頬を挟まれ、零司は瞠目した。
近付く顔と顔。
抵抗する間もなかった。
バニラのような甘い香りがして、唇に柔らかいものが押し当てられる。今度こそ本当に手からスマホが滑り落ち、零司の足元で硬い音を立てた。
ヌルッ。
頭が思考をする前に、温かい何かが口内に入り込んでくる。まるでそうするのが自然なように侵入してきたそれは零司の舌に優しく絡まり――
「っ!」
我に帰った零司は、少女の肩をぐっと掴むと勢いよく引き剥がした。
「はふぅっ」
艶めかしい声を上げて少女が後退る。
そのときには零司は全速力で校門へ駆け出していた。何故か? もちろん、このいきなりディープキスをしてきた痴女から逃げるためだ。
「ああっ、レイジー、待ってえー!」
背中へ投げられた声は無視。頼むから追ってくるなよ、と信じてもいない神へ全身全霊で祈り、零司は懸命に脚を動かした。
桜並木の一本道に取り残された少女は、零司の姿が見えなくなってから彼のスマホを拾い上げた。ピンク色の唇が、にんまりと弧を描く。
「やった、レイジと契約しちゃった☆」
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