第12話



 昼休みが終わる十分前、余裕を持って教室へ戻ると、札トランプで大富豪をしているマモンと結城がいた。本当に大富豪みたいだ。



「お、柳生! ほんとに来なくてよかったのか? マモンちゃん、マジで全部奢ってくれたぞ! もう俺、一年くらい肉いいわ」


 マジでおまえはどんだけ食ったんだ。

 満足を通り越して食傷気味の結城の前では、マモンがいやらしい笑みを浮かべている。


「残念だったな、レイジ! 食堂にあったデトックスステーキ定食は、あたしとユウキで食べ尽くしてやったぞ。どうだ、悔しいだろ!」


 こっちは名前を間違えたまま食べ尽くしたのか。アホだ。


「それより、おまえに訊きたいことがある。昼休み、俺はローブを着た奴に襲われた。おまえとのことを知っているみたいだったんだがな」


 じろり、と零司が目を向けると、マモンは真顔になった。

 結城に札トランプを「あげる」と言って、マモンは零司の腕を引っ張った。窓際へ連れて行かれる。


「意外に早かったな。もっと慎重に来るかと思ってたんだが、レイジだからかな」


 唸るマモンに、零司は目元に険を寄せた。


「どういうことだ? おまえは俺が襲われるのを予測してたというのか?」


「そうだ。言っただろ、今、あたしたちは玉座をかけて争っているんだ。自分の魔力を集めるだけじゃなくて、ライバルを妨害するのも立派な戦略なんだ。あたしたちの魔力は契約者の魂。つまり、魔力の供給源である契約者がいなければ、あたしたちは魔力が枯渇して地上にいられなくなる。そしたら、玉座争奪戦からはリタイアだ。それを狙ってライバルの契約者を殺して回ってる奴もいる」


「それじゃ、俺がさっき遭遇したのは、悪魔……!?」

「たぶんな。あたしの姉妹の誰かだろ。誰かはわかんないけどな」


 零司の机に座り、マモンはどことなく寂しそうに窓の外を眺める。その背中を押して机からどけると、零司は席に着いた。


「聞いてないぞ、契約者になったら襲われるなんて話」

「そうだな。言ってないもんな」

「説明不足だ。クーリングオフさせてもらう」

「無理だってば。でも、心配はいらないぞ。次期魔王に相応しい最強のマモン様が傍にいれば襲ってこないだろうし、あとは最新鋭のセキュリティシステムを導入すれば余裕だ。最近の人間が作るものはすごいな。衛星からレーザーとか出るんだからな」

「レーザー!? んな国家レベルのセキュリティを一個人が導入できるかっ」

「だから、あたしのカネを使えばいいだろ。あたしの契約者はみんな、超大金持ちのVIPなんだから、命を守るためにそれを導入してるぞ」


 おまえはセキュリティ会社の回し者か!

 唖然とした零司はマモンを見上げ――ニヤニヤとした笑みとぶつかった。

 愉悦に満ちた笑顔。じわじわと湧き上がる戦慄に、拳を握り締めていた。


「……なるほど、そういうことか。よくできているじゃないか。契約したら、命を守るために必然的に莫大なカネを使わざるを得なくなる、というわけか」

「怖い顔することないだろ、レイジ。あたしのカネがあれば、殺される心配もないし、なーんでも望みが叶うんだぞ! レイジは最っ高にツイてるんだぞ!」

「どうでもいいから、席に着いてないのはおまえだけだ」


 キーンコーン、と鳴り始めたチャイムに、マモンはちぇ、と口を尖らせて着席する。

 どうでもいい、とは言ったものの、零司は珍しくその後の授業に集中することができなかった。



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