ベーメルの郷を目指して
「随分と登るの。そろそろ疲れてきたのじゃ」
「頑張れ。もうじき着く」
ゼニア王国に戻ったアレン達は北東の国領を抜け、山道を登っていた。
山道といっても、ほとんど獣道のような細い道だ。往来は滅多になく、ゼニアのような大国にも通じていない。この先にあるのはベーメルの郷だ。
「海ではしゃぎ過ぎましたねぇ、私も疲れてきました……」
「ああもう、めんどくせえガキどもだな。嫌なら帰れ帰れ。誰も付いてこいとは言ってねえぞ」
舌を打ち、アレンは一人でずんずん進んでいく。
「聞いたかショコラ! アレンは冷たいやつなのじゃ! とっちめてやるのじゃ!」
「島から帰って態度が豹変しましたよね。やっぱり置いてくればよかったです」
「何とでも言え。こっちも転移魔法で少しは楽になるかと思ってたのに何だ? 引きこもって魔法作ってたから使えねえだと? じゃあ何でそんな魔法作ったんだよ!」
ショコラの転移魔法はショコラが訪れた事のある場所でしか使えない。
しかしショコラはヒキコモリ魔法オタクなインドア派で、行ける場所などほとんどなかったのだった。
「うぅ、ごめんなさい……」
「ショコラが謝る事ではないのじゃ! アレンが勝手に期待してただけなのじゃ!」
「自分の城にも帰れねえお前に言われる筋合いはねえよ!」
「それを言われたらぐうの音も出ん!」
疲れ過ぎてハイになっているのか、ココは妙なテンションだ。
「ですがアレンさん、この山はさすがにココちゃんにはつらいと思うんです。元気が有り余っているなら背負ってあげてはいかがですか?」
「そうじゃ! ショコラいい事言った!」
「は? お前もお前だぞ魔王。この程度の山道で疲れる魔王とかあり得ねえだろ。飛んだりできねえのかよ」
「空を飛べる魔王などおらん! 魔王とは! 魔法の勉強をいっぱいいっぱいして! たまに玉座に座るだけなのじゃ! はーっはっはっはっ!」
「アレンさん、ショコラちゃんちょっとおかしくなってますよ……」
「ああもう! めんどくせえな!」
結局ココを背負い、アレンは山道をゆく。
「楽ちん楽ちん楽ちんじゃっ!」
「楽しそうだなてめえ」
「疲れない山歩きはいいものじゃな。ところで、ベーメルの郷とはどんなところなのじゃ? どうしてこんな山奥に人が住んでおるのかの?」
「木の上で生活してる変わった奴らだ。山の守り人としての責務があるから人里には下りないんだとよ」
「ほう? 木の上に住むとな」
見上げれば高い木々がいくつも伸び、梢がさらさらと揺れている。言葉を交わすように鳥の声、青い空は高く遠い。
「ベーメルの郷の人間は小さいのじゃな。巣を作って生活しておるのじゃな」
「お前が思ってるのと絶対に違うがまあいい。郷の長に話を付けて竜を呼び出してもらえばおさらばだ。あんまり長居したいとこじゃねえな」
「そうかの? 緑が豊かでいいところではないか。迷いの森のような魔性も感じぬ。こんなところに住んでみたいものじゃ」
「おう、登り下りはどうすんだ。こういうとこはたまに来るからいいんだよ。おもしろい事もねえし何より不便だ。お前なんて三日で飽きるぞ」
「そういうものかの。ずっと天空城におったから分からんのじゃ。季節が感じられていいと思うがの」
「そういやお前んとこも大概だよな……」
雲の上にある天空城には何もない。陽が昇り、落ちるだけの毎日だ。ずっとそんなところに住んでいたココはある意味すごいのではないだろうか。
などと思っていた時、アレンはふと気付いた。
「そういやショコラはどこ行った?」
「随分前から見んの。どこかで休んでおるのではないか?」
「ああもう! めんどくせえな!」
踵を返し、アレンは山道を駆け降りる。
「おーっ! アレン速いのじゃーっ!」
どうやらヒキコモリ魔法オタクは静かにリタイアしていたらしい。
そして。
「声は掛けたんですよ? でも歩くの早いから追い付けなくて……」
「もっと危機感を持て! 陽が沈んだら真っ暗だぞ、お前一人で郷まで辿り付けんのか!?」
「うぅ、ごめんなさい……。でもアレンさん、何だかんだ言って優しいですよねぇ」
「うるせえ! 俺はさっさと進みたいの!」
右肩にココ、左肩にショコラを乗せ、アレンは全力で駆け降りた山道を再び登っていた。
「知っておるぞショコラ。こういうのをツンデレと呼ぶのじゃ。アレンはツンデレなのじゃ」
「てめえそんな言葉どこで覚えた!?」
「ものの本に書いておったが?」
「そんなものまで!? 魔王城の蔵書とてもとても興味深いですね! アレンさん早く行きましょう!!」
「急に元気になってんじゃねえ――――ッ!」
山に吠え、幼女と少女を乗せたアレンはずんずん奥へと入っていく。
奥に入れば入るほど、緑は色濃く薄暗く、木々はその数を減らし苔生す大樹が増えていく。細く険しい山道うねり、図太く現る根をまたぐ。先ほどまで吹き抜けていた風も、いつの間にやら滞っている。
黙々と森を潜っていたら、唐突に女の声が聞こえた。
「敵襲ーッ! 撃て撃てーッ!」
前方、斜め上から無数の風切り音。
アレンは幼女と少女を高く放り上げ、剣を振り抜き言い放つ。
「『俺の邪魔をするなッ!』」
剣から強大な圧が生じた。アレンの前方、視界のほとんどに向けられた巨大な威圧。
それは草木を薙ぐ凶暴な風となり――向かい来る無数の矢を余さず跳ね返した。
剣を地に刺し、アレンは落下してきた幼女と少女を受け止めた。
「……撃ち方やめーッ!」
また遠くから女の声が聞こえた。
目を白黒させ、訳も分からずココは叫ぶ。
「な、何じゃ今のは!?」
「お前のオーラを感じ取ったんだろ。気にするな。あともう降りろ」
「びっくりしました……」
ココとショコラを降ろし、アレンは剣を収めた。
「くんくん。確かに人間の匂いはするが、なぜ私が放り投げれねばならんのじゃ?」
「さっきの突風は何ですか?」
「だから気にするなっつってんだろ」
すべては一瞬の出来事で、ココとショコラには理解が追い付かなかったし、アレンも説明する気はない。
「いやいや気になるわ! 何があっておぬしは何をしたのじゃ!?」
「うるせえな! 矢が飛んできたから撃ち落としただけ! これだから両手塞がるのは嫌なんだよ!」
「矢って、弓矢の矢ですか? アレンさん魔法使えないんじゃありませんでしたっけ」
「おい、ショコラ」
身を屈めて顔を寄せ、アレンはジト目でショコラを責める。
「お前、ココを守れるからって付いてきてるんだよな? 他人事みたいに言ってんじゃねえぞ。今度ヘマしたらそのおっぱいなくなるまで揉むからよーく覚えてろ」
「すっ、すみませんでしたっ!!」
「なくなるのか!? おっぱいは揉まれたら減っていくものなのか!?」
ショコラが全力でビビり、ココが衝撃の偽情報に踊らされる中、山の奥から一人の少女が駆けてきた。
黒髪を後ろで二つに結び眼鏡を掛けた地味な少女だ。腰を紐で結んだ赤土色のワンピースも着る人が着ればおしゃれだろうが、彼女が着るから一瞬でダサくなる。
「先ほどの剣術、やはりアレン様っすね! 失礼しました!」
「おう、気にすんな。久しぶりだな、ヨモギ」
地味な少女の言葉に、ココとショコラは顔を合わせて首を傾げた。
「剣術?」
「アレン様?」
そして地味な少女を見、更に首を傾げる。
「ヨモギ??」
「……何すか、何か文句あるんすか」
地味な少女、彼女の名はヨモギ。
ベーメルの郷の長にして、竜と縁のある者だ。
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