大人の味

「完全にオーバーキルっす」


 アレン達が没地から上がると地味な眼鏡――もといヨモギが手でバッテンを作りそう言った。


「竜ってのは力の集合体なんすよ。具現化した力なんです。だから圧倒的なダメージで倒したら再生に時間が掛かっちゃうんすね。なんで富嶽竜の承認はもうちょい待ってほしいっす」

「は? そういうもんなのか?」

「そういうもんっす。当然知ってると思ってたんで言ってなかったっすね。申し訳ないっす」


 以前はブレスを躱しつつ、実に四〇時間チクチク攻撃し続けて倒した。だからアレンも知らなかった。

 竜は力の顕現だ。富嶽竜なら大地の力の結実である。ゆえに圧倒的なダメージを受けると場から力が消失してしまい、基本的に不死身の竜もすぐには再生できない。

 しかし、それ以前の話を聞いていないココは首を傾げた。


「アレンよ、竜を倒したら天空城へ行けるのではなかったのか?」

「ところがそうじゃねえんだよな。魔王城まで行ける竜ってのは限られてんだよ。そいつに協力してもらうためには他の竜の承認が必要なんだ」

「訳が分からん。どこにおるか知っとるのじゃろ? その限られた竜だけ倒せばよいではないか」

「だから承認がいるって言ってんだろ。挑戦権みたいなもんだよ。他の竜はどの順番で倒しても構わねえが、あいつだけは違う。竜達の承認がねえと戦わせてもくれねえ」


 ショコラも納得がいかないらしく、二人して首を傾げる。


「でも、竜って誰の挑戦でも受けるんじゃなかったんですか?」

「竜はな。だが竜と縁のある人間は違う。分からないか? 竜に挑みたいやつってのはいっぱいいるんだよ。ドラゴンキラーなんてくだらねえ肩書き欲しさにな。だがそういうやつらに限って雑魚だ。まず勝てねえ。ヨモギとかもそういうとこちゃんと見て人を選んでる」


 アレンの説明にヨモギはこくこくと頷く。


「竜は手加減しないっすからね。無駄に挑まれて死なれるのも後味悪いっすから」

「そういう事だ。つまり魔王城へ行くには他の竜の承認が必要。めんどくせえが我慢しろ。これでも手順としちゃかなりショートカットできてんだよ」


 アレンはもっと複雑な旅路を経ている。そもそも雲の上にある魔王城へ向かうのに竜と戦わなければならない事も知らなかったのだ。

 未だに納得がいかないココはますます首を捻り、理解したショコラは申し訳なさそうに言う。


「うぅ、ごめんなさい……。つまり私がやり過ぎちゃったんですね……」

「気にすんな。俺も知らなかったし、お前がいなきゃもっと時間掛かってただろうしな。むしろありがてえよ」

「そうっす。それにアレン様でも多分オーバーキルしてたっすよ。かたちを取り戻すだけなら一晩も掛からないと思うんで、郷でゆっくりしていってもらえばいいっす。みんなもアレン様の歓迎パーティしたいって言ってたっすから」

「そうなのか? そりゃありがてえ。ベーメルの酒はうめえんだよな! せっかくだしちょっと休んでいこうぜ!」


 アレンは嬉しそうに笑い、肩を落としたショコラの頭をぽんぽんと叩いた。



「うめーっ! やっぱ明るいうちから飲む酒は最高だな!」


 木の茶碗になみなみとつがれた酒を一気に飲み干し、アレンは口元を拭った。

 村のみんなと言っていたが、ヨモギの家に他の者はおらず、それぞれの家で酒を飲んでいる。歓迎パーティを口実に飲みたいだけなのだろう。


「今年のは特に上出来っす。アレン様、もう一杯」

「おう、とことん飲もうぜ!」


 アレンに酌をしつつ、ヨモギもちびちびやっている。飲み方が堂に入っている。

 ショコラは少しだけ口を付け、苦そうに舌を出した。


「うぅ、からいです……。葡萄酒はないですか……?」

「ねえっす。お子様はジュースでも飲んでりゃいいっすよ」


 そんなやり取りを見、初めからジュースを出されていたココは尋ねる。


「ヨモギよ、おぬしまだ若いじゃろ。酒は大人にならんと味が分からんのではないのか?」

「若いのは否定しないっすが、うまい酒はうまい。それだけっす」

「ふむ? そういう事なら私も飲んでみたいのじゃ!」

「やめとけやめとけ。魔王城の葡萄酒がどんなもんか知らねえが、お前にはまだ早えよ」


 二杯目をゆっくりやるアレンを睨み、ココはその手から茶碗を奪って吠える。


「そんな事は飲んでみんと分からんのじゃ! 私だっていつまでも子供ではないのじゃ!」


 ぐいっと酒を呷ったココは、途端に渋く顔を歪めた。

 涙目になったココから茶碗を取り返し、代わりにジュースを渡してやる。


「だからお前にはまだ早いっつったろ」

「舌がひりひりするのじゃ……。こんなものを飲むぐらいならずっと子供で構わん」

「こんなものとはひどい言い草っすね」


 顔色も変えず、ヨモギは手酌でぐいぐい飲んでいく。

 同じペースで飲み続けるアレンは顔を赤くし、おもむろに立ち上がるとココとショコラのあいだに割って入った。


「しかしお前らがいてくれてよかったよ。俺一人じゃ心が折れてたかもしれねえ。特にショコラ、ココを守ってくれてありがとうな。これからもよろしく頼む」

「えっ? はい、そのつもりです!」

「だけどココ、お前もいつまでも守られてばっかりじゃだめだぞ。人間……いやお前は魔族だが、誰だっていつかは戦わなきゃいけねえ時がくる。いいか、戦うのと争うのはまた別だ。お前が戦わなきゃいけねえのは、多分お前自身なんだ」

「おぬしは何を言っておるのじゃ?」

「ココちゃん、ちょっと外の風に当たりましょうか」


 そう言って立ち上がったショコラの腕を掴み、アレンは言う。


「待て待て、俺を置いてどこへ行くつもりだ」

「どこにも行きませんよ。ちょっと外へ出るだけです」

「そうか、あんまり遠くへ行くんじゃないぞ。俺はお前らが心配だ」

「はい。すぐ外です、木からも下りませんから。ココちゃん、行きましょう」

「む。何か外にあるのかの?」

「いいですから」


 ココの手を取り、ショコラはヨモギの家から出ていった。酒を呷り、アレンは扉に向かって叫ぶ。


「俺を一人にするんじゃないぞーっ!」

「はーい! ここにいまーすっ!」


 空になったアレンの茶碗に、ヨモギはおかわりをついでいく。


「アレン様に素敵なお仲間ができてよかったっすよ。二人とも若くてかわいい女の子ってのはあれですが」

「ああん? 何言ってやがる、俺に仲間なんていやしねえよ。あいつらはあれだ、ほら、あれだよあれ」

「あれっすね分かります。あれと言えば、アレン様も強くなられたっすね。タクミ様が見込んだ通りっす」

「そうだ! 俺は強い! そのうちタクミより強くなるぜ!」

「どうすかねぇ。少なくとも酒はアレン様より強かったすけどね」


 酔っぱらいアレンを相手にしながらヨモギもぐいぐい酒を飲み、まとまらない話を互いに続けていく。



 一方、ココとショコラは家の外、壁に背を預けジュースをちびちび飲んでいた。空はまだ青いが、風が冷たくなっている。きっともうすぐ陽が暮れる。


「アレンさん、酔っぱらってますねぇ」

「む、そうなのか。人類は酒を飲むとああなるのじゃな」

「みんながそうとは限らないですけど。……それにしても、やっぱりアレンさんはココちゃんを大事に思ってるんですね」


 木々の上にある家々から笑い声が聞こえてくる。雲の流れが随分と早い。そよぐ梢をショコラは遠く見つめていた。口元には薄く笑みを湛えていた。その横顔は、いつもよりずっと大人に見えた。


「そうかの。私はショコラの方が大切にされてると思うんじゃが。あれの本望は故郷を奪われた事への復讐じゃ。私などお荷物――いや、それ以下の何かでしかなかろう」

「そんな事ないですよ。確かにそういう目的もあるかもしれないですけど、それだけだったら初めから一緒にいないはずです」


 ショコラは笑って、僅かに黙り、また遠くを見つめた。


「……それにさっきだって、ココちゃんを守ってくれてありがとうって言ってたじゃないですか。それで、ああ、やっぱりそうなんだなぁって」


 きれいな横顔をじっと見つめていたココが顔色を窺う。ショコラは微笑んでいる。遠くを見つめて微笑んでいる。


「そうじゃな。アレンは本当は優しいのじゃ。それぐらい私も分かっておる」

「そういう事じゃないんですよ」


 笑って、ショコラは早口に否定して、ココを見つめて目を細めた。


「そういう事じゃ、ないんですよ」

「……何が言いたいのじゃ? おぬしも酔っぱらっておるのか?」


 困ったように笑みを浮かべたショコラの顔を、茜色の陽が染める。


「それが、私にもよく分からないんですよね」

「何じゃそれは。やはり酔っぱらっておるようじゃの。しっかりするのじゃ」

「うふふ。そうみたいです。……そろそろ戻りましょうか。少し寒くなってきました」

「ちょびっとしか飲んどらんかったのに、おぬしは弱いんじゃのう」


 ショコラは立ち上がり、大きく伸びをした。少し遅れてココも立ち上がり、二人は家の中へと戻っていった。





 







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