慟哭、富嶽竜

 ブレスというより、極太の光線。

 それがこちらに向かって放たれた時、ショコラは思わずぎゅっと目を瞑った。

 自信がなかったのだ。絶対防御を謳いながら、ドラゴンブレスをも防げるのか、試した事がなかったから。

 しばらくしてショコラは目を開けた。

 絶対防御は見事、ドラゴンブレスを完全に防いでいた。


「やりました、やりましたよココちゃん!」

「ぶくぶくぶく……」

「ココちゃん!?」


 ココは気を失っていた。

 ショコラはブレスの威圧感で気を失ったものと思った。事前に防げないかもしれないと言った自分も悪かったと反省した。

 しかし実のところ、ショコラがあまりに強く、それも長い時間抱きしめ過ぎた結果、ショコラのおっぱいに埋もれて窒息していたのだが。

 いずれにせよ富嶽竜のブレスを防げる事に変わりはない。加えて転移魔法で竜の場から脱出する事もできる。


「よーし、アレンさん! 頑張ってください!」


 勝てずとも、絶対に負けない方法が構築できたのは大きい。長いブレスが消え巨大な富嶽竜がこちらを見ていても、ショコラは強い気持ちで挑む事ができた。



「ふむ、あの女どももブレスを防ぐか」

「あいつらには何も効かねえ。それよりどうなんだ、お前が強くなったってのはそれだけか?」

「我がブレスを防ぐ魔法……そうか」

「てめえ人の話を聞け!」


 鼻先に立つアレンを無視し、富嶽竜は動く。地を震わせ、ショコラ達へと近付いていく。

 堪らずアレンは鼻先から飛び降り、ショコラ達を守るようあいだに入った。


「お前の相手は俺だつってんだろ! まだ策があるなら掛かってこい!」


 富嶽竜は立ち止まる事なく、ゆっくりと歩を進めながら言う。


「ブレスを防ぎ、渾身の一撃をも真っ向から受けて立った。我にもはや策はない。アレン、貴様は強い。願わくばいつの日か、また貴様と戦える日を楽しみにしている」

「それは降参って事でいいんだな? じゃあお前の勝ちだ!」

「そうだな。貴様には負けた」


 富嶽竜は歩みを止めた。長く太い首を伸ばし、絶対防御に守られたショコラ達を至近で見遣る。


「我は大地を司る富嶽竜。誰の挑戦も拒まず、誰にも容赦はせぬ」


 そう言い、富嶽竜は大きく口を開いた。

 次の行動に最も早く気付いたのは、ショコラだった。


「うぅ、やっぱり守ってるだけじゃだめなんですね……」


 残念そうに呟いたショコラ達を暗い影が覆う。

 即ち。

 富嶽竜は絶対防御の壁ごと、ショコラ達を丸呑みにした。

 アレンは思わず息を吞んだが、すぐに絶対防御を思い出し安堵した。


「ああ、構わねえ。俺は勝った。あいつらが脱出してきたらお前はもう全員に負けた、そういう事でいいな?」

「構わぬ。どうやらこの戦い――既に勝敗は決まっていた」

「……どういう事だ?」


 答えず、富嶽竜は満足げに笑った。



「竜の体内ってこうなってるんですね。興味深いです」


 丸呑みにされたショコラはしっかりとココを抱き、物珍しそうに周りを見渡していた。

 本来なら光なき暗闇だが、内部を観察するためだけにショコラは松明のページを破っていた。ぜん動する内臓が奥へとショコラ達を運んでいく。普通なら圧死するなり消化されるなりしているかもしれないが、絶対防御に守られたショコラは物見遊山だ。

 魔法オタクがお得意の考察に耽ていると、腕の中でショコラが意識を取り戻した。


「ぐむむ、おっぱい村……」

「あっ。ココちゃん気が付いたんですね。よかったです」

「ここはどこじゃ。私は一体何をしておったんじゃったかの……?」

「ベーメルの郷の竜と戦ってたんです。それより聞いてください、絶対防御はブレスも防ぎましたよ! やっぱり絶対防御は絶対でした!」

「うむ、だんだん思い出してきた。よかったの! 防げなかったら今頃灰も残っとらんからの! ……ところでここはどこなんじゃ。床や壁がうねうねして気持ち悪いのじゃ」

「ここは竜の中です。さっき呑み込まれたので」

「ほう。竜の中とな。呑み込まれて――」


 現状を理解したらしく、ハッと目を見開きココは叫ぶ。


「死んでる――――――ッ!?」

「死んでません! 絶対防御は絶対! なのですっ!」


 魔法の効果が実証されたのがよほど嬉しかったらしい。ショコラは鼻高々だ。


「そういう問題ではないのじゃ! 怖いものは怖い! あと気持ち悪い! ショコラ、一刻も早く脱出するのじゃ!」

「えぇ……、竜の中なんて滅多に入れないですよ? せっかくですしもう少し見ていきませんか?」

「アホか!? おぬしはアホなのか!? 悪趣味にもほどがあるじゃろ! アレン助けてーっ! 悪趣味に殺されるーっ!」

「悪趣味って……ぐすん」


 ココがここまで怖がるのには理由がある。

 他の魔族と同様、ココも基本的に不死身だ。聖なる力でとどめを刺されなければ死にはしない。いずれは復活する。

 しかし、それが竜の腹の中ならどうか?

 復活してもすぐに死ぬ。それを無限に繰り返す。

 なぜなら理由は違えど、竜もまた基本的に不死身だからだ。


「分かりました……。でも一つだけ魔法使ってもいいですか? 試してみたいのが一つあるんです」

「何でもいいから早く出すのじゃ! たーすーけーてーっ!」

「じゃあ一枚だけ。えいっ」


 どこまでも軽い掛け声とともに、ショコラは一枚のページを破った。



 その頃、アレンは焦っていた。


「なかなか出てこねえな……」

「不安か。強き者よ」

「まさかお前、腹ん中に魔法を打ち消す効果とかねえよな……?」

「案ずるな。既に勝敗は決まっている」

「さっきも言ってたけど、それってどういう――」


 アレンの言葉を遮り、富嶽竜から爆発音がした。

 中からだ、そうアレンが気付いた時には富嶽竜全体が白く発光していた。


「うわっ!?」


 アレンは瞬時に身を躱した。強く発光する富嶽竜の身体から極太の氷柱が無数に突き現れたのだ。

 急速に場の温度が下がっていく。

 激痛からか天を仰いだまま、富嶽竜は凍り付き、バキバキとひび割れていく。


「何だよ、何が起きてんだよ……!」


 突然の変貌にアレンは距離を取り、そして――

 富嶽竜は砕け散った。

 無数の細かな氷片がきらきらと舞い、没地が白に染まっていく。

 それはさながら季節外れの雪に似て、あるいは世界の終わりに似ていた。


「ココ、ショコラーッ!」

「はーい、ここでーす!」


 アレンの焦燥した叫びとは真逆に、ショコラの声は突き抜けて明るかった。

 声から位置を瞬時に察知し、ショコラ達のもとへアレンは駆け付けた。


「何があったんだ、無事か!?」


 心配するアレンをよそに、ショコラは嬉しそうに笑う。


「うふふ。富嶽竜さん、山を背負ってたからきっと地属性じゃないかなって。それで、弱点の水属性で強めのを使ってみたんです。防御のなさそうな内側からという事もあって、効果は抜群でしたね!」

「…………ッ!」


 アレンは絶句した。

 ショコラは魔法使いの中でも教会に属する聖女だ。攻撃魔法に期待していなかったし、戦力にすら数えていなかった。それに、ショコラは殺生を嫌っていた。

 しかし、実のところ。

 ショコラは聖女である前に魔法オタクだったし、殺生を嫌うとはいえ、竜が基本的に不死身な事ぐらい知っていたのだ。

 もっとも、死ななければ何をしてもいいのかという話ではあるが。

 そこを探求心で軽く超えてしまえるからこそ魔法オタクである。

 忘れてはならない。

 ショコラは実戦経験こそなけれど、魔法のスペシャリストだ。


「……人類、強過ぎんかの……?」


 後ろからショコラに抱き付かれているココは、どんよりと暗い顔をしていた。

 おっぱいで窒息し目覚めれば竜の腹の中、しかも攻撃魔法では自分より劣るはずと思っていた聖女は規格外の大魔法使いだった。この富嶽竜戦、ココにはいいところが何もなかった。本当に何もなかった。ついでに出番もなかった。

 そんなココの存在など気付いてもいないのか、アレンは目を輝かせ、ショコラに抱き付いて言う。


「すげぇ、お前強いんだな! あんな魔法初めて見たぞ! お前がいてくれて本当によかった!」

「ふっ、ふぇっ!? ははは、離れてくださいーっ!」


 ショコラは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに悲鳴を上げた。

 そんな二人にぎゅっと挟まれ、ココは深いため息を吐いて言う。


「ほんと、ろくな目に遭わんの」

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