鳴動、富嶽竜
ベーメルの郷を更に登れば頂がある。頂は噴火口が丸くくり抜かれたように沈み、そこだけ草が生えず、広大な没地となっている。見る人が見れば、巨大な隕石が真上から墜落したように見えるかもしれない。
そんな山の最も高いところ――即ち没地の淵に立ち、アレン達は立ち止まった。
「変わった山じゃの……! 竜はどこじゃ、竜はどこじゃ!?」
「今から呼び出すんでちょっと待っててほしいっす」
基本的に、竜族は異世界にいる。
始めから異世界の生物なのか、人類あるいは魔族の手により異世界に送られたのか、起りは分からない。確かなのは竜を呼び出し、送り返す力を持つ者がいるという事だ。
ヨモギもその一人である。
矢筒を足元に置き、弓を手に取り、ヨモギは深く息を吸い込んだ。矢を取り、ゆっくりと息を吐いて斜め前、青空へ向け弓を引き絞った。
ひゅん、と高く風切り音が鳴った。
放たれた矢は遥か高く、青空へと吸い込まれていく。
「今の矢が大穴の中央に刺さったら竜が出てくるんで、ちょっと待っててほしいっす」
「何じゃと? それだけで竜が出てくるのか」
「バーカ。普通の人間と弓じゃこの距離の半分の半分も飛ばねえよ。狙うとなったら尚更無理だ。そんな事より切り替えろ。もうすぐ竜が出てくる」
「む。分かっておる。アレン、頼りにしておるぞ」
「私、緊張してきました……!」
ココとがっちり腕を組んだショコラの声が震えている。
アレンはそんなショコラを抱き寄せて言う。
「安心しろ。俺が速攻でカタを付ける。お前はココを守っててくれりゃいい」
「……はいっ!」
アレン達からは見えないが、大きく弧を描いた矢が没地の中央に刺さり、ぼっと光が灯った。
爆発的な速度で光は巨大化し、没地を覆っていく。ココとショコラがその輝きに目を細める中、それは聞こえた。
――――僥倖、僥倖――――
山を震わす声、あるいは音。
山そのものが唸りを上げているかのような。
――――再びに相まみえるこの時を、待ち侘びていた――――
赤土色の濃いオーラが没地を包み、巨大な影が浮かび上がる。
影は輪郭を持ち、色が滲み、荒々しい質感を現し。
――――富嶽竜ベーメル、参る――――
激震を伴い、顕現した富嶽竜ベーメルは天に咆哮した。
その姿はあまりにも巨大なリクガメ。甲羅の代わりに山を背負い、しかし鋭いツノや牙はまごう事なく竜のそれだ。
「強き者アレンよ! この時を待ち侘びたぞ!」
「ああ! だが悪いな、サクッと片付けさせてもらうぜ!」
叫び、アレンは剣を抜き、ショコラは絶対防御のページを指で挟んだ。
「ココちゃん、絶対に私から離れないでください!」
「うむ、分かっておる! しかし思ったよりずっとでかいの……!」
「この赤茶っぽい竜の場に入れば戦闘開始なんすけど、危険だと思ったらすぐ出てきてほしいっすね。富嶽竜は逃走と認めてそれ以上攻撃してこないっすから。でも一回出たらもう入れないんでそこんとこよろしくっす」
「そういう事だ。ショコラ、準備はできてるな!」
「はいっ!」
そして三人はヨモギを残し、赤土色の領域、竜の場へと踏み込んだ。
ただならない圧。常人なら反射で逃げるほどの威圧を感じる。しかも超巨体という分かりやすい力が更に圧を高めている。
没地の淵、最も角度が急なところを滑り落ちながら、ショコラは絶対防御のページを破って叫ぶ。
「アレンさん、お願いしますっ!」
「おうっ!」
力強く応えたアレンは腰を落とし、爆発的な速さでほぼ真横へと跳んだ。
方や富嶽竜はその巨体から想像もできない速度で没地を駆け上がってくる。
それだけで地が揺れる。絶対に離すまいとショコラはココを両腕で抱きしめた。
「いくぞ富嶽竜! 『全力で叩き潰す』ッ!」
「受けて立つ、来い!」
剣を構えたアレンは宙を蹴り再び加速し、猛スピードで富嶽竜の頭部へと攻め入る。
見上げる富嶽竜の口から煌めく焔が溢れ出る。
ドラゴンブレスだ。
炎というより極めて太い光線が、ちっぽけなアレンを覆い尽くした。
「アレンッ!?」
「アレンさんっ!」
二人が声を上げた僅かにあと、轟音とともに富嶽竜の太く長い首が不自然に曲がった。
「ごおおおおおおおおおおおおおッ!!」
重低音の叫びが激しく地を震わせ、拍子にココとショコラが転がり落ちる。悲鳴は轟音にかき消された。
アレンは富嶽竜の下顎を貫き、腹の下へと着地していた。
「効かねえ、効かねえんだよブレスはッ!」
「――嬉しいぞアレン! それでこそだ!」
「ブレスがなけりゃでかいだけの雑魚だな! 喰らえ、『俺に近寄るな』ッ!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
赤土色をした富嶽竜のオーラをかき消し、アレンを中心に全方面、半球型の波動が波動が広がっていく。アレンは富嶽竜の首根の下にいる、このまま頭部を破壊するつもりだ。
しかし、富嶽竜は以前アレンが戦った時にはなかった動きをした。
即ち――高く跳んだ。
「おもしれえ、掛かってこいッ!」
一旦剣を収め、腰を低く落とし、アレンは叫んだ。
一方、絶え間ない地の揺れに立つ事もままならず、ココを抱きかかえたショコラは没地の底に向かい滑り落ちていた。
「見よショコラ、飛んだぞ! あんなでかいのが飛びよったぞ!」
「大丈夫です、私の絶対防御は文字通り絶対! どんな攻撃も無効にする、はず……」
「いきなり不安なんじゃが!?」
「だって、竜族と戦うなんて思ってなかったんですよぉ……でもそんな事言ったらアレンさん一緒に戦わせてくれないじゃないですかぁ……」
「いや、でも絶対なんじゃろ!? アレンの攻撃も防いでおったではないか!」
「……魔法や物理的なのは大丈夫だと思うんですけど、ドラゴンブレスは想定してなかったので……」
途端、ココの顔がさっと青くなった。
今はアレンしか攻撃対象に入っていないようだが、この竜の場にいる限りいつこっちにブレスが飛んでくるか分からない。当たり前だが避けようもない。
「いいい、一旦逃げるのじゃ!」
「私もそうしたいですけどだめです! 今はアレンさんを信じましょう!」
「いーやーじゃ――――っ!!」
暴れるココをぎゅっと抱き、ショコラは遠くアレンを見遣る。
「アレンさん、信じてますからね……!」
超重量が、落ちてくる。
もちろん逃げる事はできた。しかしアレンはそうしなかった。
柄に手を当て腰を落とし、心を研ぎ澄ましていた。
「頼むぜ、相棒」
タクミの教えを受け自ら拵え、ともに旅した剣にアレンは託す。
守る力を持たず命を賭して戦うアレンにとって、数多の難関を乗り越えてきた唯一の相棒。
剣を信じ己を信じ、アレンは待つ。
「その意気、見事なり!」
地に穴を穿つような轟音とともに、富嶽竜は着地した。莫大な量の砂塵が舞い上がり、それはココとショコラにも届いた。
富嶽竜は巨大な前足でアレンを踏み潰しに掛かっていた。超重量ビッグスタンプ。技術など何もない、しかし巨体ゆえに最強の攻撃。
下敷きになったアレンは――
「…………悪くねえ。この感覚、久しぶりだ」
生きていた。剣の腹で真っ向からビッグスタンプを受け止め、心の底から嬉しそうに笑っていた。
笑う口の端から血が零れている事にすら、気付いていないかのように。
「うらぁッ!!」
「うごおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
巨大な前足を弾き返し、富嶽竜の顎上、眼前へと跳んだアレンは叫ぶ。
「そんなもんか富嶽竜! 俺は前よりずっと強い、お前はどうだ! まさかこの程度で終わりじゃねえだろうな!!」
富嶽竜は笑うアレンを見遣り――それから遠くのショコラとココに目を向けた。
「……なるほど、魔法か」
「あぁん!? そんなもんに頼るかよ! 全部俺の実力だ!」
「どちらでもよい。貴様とは混じりなく戦いたい」
「…………クソがッ! 『叩き潰す』ッ!!」
アレンの剣術を無視し、富嶽竜は大きく口を開いた。口腔から煌めく焔が溢れ出る。
「ショコラ、竜がこっち見とるぞ!? 本当に大丈夫なんじゃろうな!?」
「大丈夫……大丈夫! 絶対防御は絶対です!」
「おぬし今自分に言い聞かせたじゃろ!?」
ショコラは答えず、煌めく焔を見つめて絶対防御のページを破った。
直後。
ショコラ達に向け、ドラゴンブレスが放たれた。
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