勇者の弱点
「ほーっ! 本当に木の上に家が建っておるわ!」
ヨモギに連れられてしばらく、アレン達はベーメルの郷に着いた。
いくつもの大樹から伸びた枝と枝のあいだに板を渡し、郷の住人達は木の上に郷を築いている。ココが見上げているのはヨモギの家、即ち郷の長の家だ。
「狭い家ですがどうぞ上がってくださいっす。強度の関係で一人ずつお願いするっす」
「このはしごで上がるのじゃな。家に上がるのに文字通り上がるのじゃな」
「何か言ったっすか」
「……何も言っとらん」
ココは物珍しげにはしごを掴み、足を掛け上っていく。
しばらく上ったところでココは周りを見渡し、下を見下ろし、キラキラと笑った。
「すごいのじゃ! こんなに高いんじゃの! 皆が小さく見えるぞ! おーい!」
「危ないから手離すんじゃねえぞー!」
「本当に無害な魔王っすね。安心したっす」
「あの……すみません、アレンさんから先に上ってもらえませんか?」
「うん? 手が滑って落ちたらどうすんだよ。先に上れ」
すると、ショコラはもじもじと指を絡ませ、頬を赤らめて尋ねた。
「でも……私もパンツ見えちゃいますし……」
言われて見上げれば、確かにココのパンツが見えている。緑と白のしましまだ。
言う通り、先に上がればショコラのパンツも見えるだろう。
視線をショコラに戻し、アレンは冷めた顔で言う。
「は? ガキのパンツなんて一切興味ねえ。そんなもんただの布だ。お前ちょっとおっぱいでかいからって調子乗ってんじゃねえぞ」
「ふぁっ!? ち、調子乗ってません! 見られる私が嫌なんです!」
「何で嫌なんだ言ってみろ。際どいパンツでも穿いてるのか。何色だ言ってみろ」
「ふ、普通です普通っ! さっきから何言ってるんですかっ!?」
ショコラは顔を真っ赤に染め、ローブの裾を抑えた。
そしてアレンは畳みかける。
「ココにも言ったが、俺は背の高い子が好きなんだ。俺より高いからスタート、高ければ高いほどいい。身体に関しちゃグラマラスな方がいい。そういう点じゃお前は合格だ。いいおっぱいだしいいケツしてるよ。だけどな、お前には色気がない。男を誘う匂いがねえんだよ。正直惜しいと思う。色気さえあればって思ってる。何なんだろうな、色気って。ずっと考えてるけど分かんねえ。ココなんて論外だが――」
それから数分。
「――声とか所作とか、いろんな要因はあると思うんだよ。結局、いろんな要因が複雑に絡んでんだよな。じゃあヨモギ、俺が先に上がるから万が一ショコラが手を滑らせたりしたら頼む」
「その流れでよく戻ってこれましたね!? アレンさんの株ダダ下がりです!」
「アレン様、変わったっすね……」
「それぐらいお前を女として見てねえって事だよ。じゃあヨモギ、よろしくな。ちなみにお前の事は男友達ぐらいに思ってるぞ」
「おぅふっ! 何か流れ弾食らったっすよ!?」
暴虐の限りを尽くし、アレンははしごをするすると上っていった。
「い、今のは何だったんでしょうか……?」
「男友達ポジション……? むしろアリっすかね……?」
しばらく少女二人は悩んでいたが、ハッと気付いた。
「すみません。落ちる事なんてないと思うんですけど、もしもの時はお願いします」
「了解っす。何とかするっす」
ショコラが上り始めてからしばらくして、ヨモギはぽつりと呟いた。
「青のフリル……か」
しばらく眺めていたが、ハッと気付いた。
こういうところが男友達扱いされる理由ではないか、と。
ベーメルの郷の家はどこも同じだ。屋根も壁も丸太で組み上げ、床にはカーペットを敷く。カーペットの模様もまた同じだ。黄色で山の竜の紋章が描かれている。
「今お茶用意するんで、適当に座っててくださいっす」
人数分の座布団を用意し、ヨモギはお茶の用意を始めた。
座布団の上に立ち、ココは首を傾げた。
一般的に床に触接座る文化がないこの世界で、ベーメルの郷は特殊だ。
アレンがあぐらをかくのを見て、ココとショコラはそれを真似た。
「悪いな。でもあんまり長居するつもりはねえんだ。途中でも話したけど、お前んとこの竜と話がしたい」
「もちろんオッケーすよ。でも、ココさんはどうっすかね。ショコラさんはまだしも、戦闘経験ないのにいきなり竜と戦うって無謀じゃないっすか?」
「ヨモギもそう思うか。ほら、やっぱりやめとけよ」
「ここまで来て何を言うておるのじゃ。竜に乗らねば城に帰れんと言うなら、どうしてもやらねばならんじゃろ。私は戦うぞ」
「あの、質問いいですか?」
手を挙げ、ショコラは尋ねる。
「アレンさんは以前一人で戦って勝ったんですよね。じゃあ、私とココちゃんは絶対防御し続けていれば大丈夫じゃないでしょうか。合間に攻撃魔法使えますし」
「おう、そうだな。ショコラが四〇時間ぶっ通しでいけるならそれでもいいぞ」
「そんなに長期戦なんですか!?」
「山の竜っすからね。体力がとにかく高いんすよ。粗茶ですがどうぞっす」
ヨモギがお茶を勧め、ココは真っ先に茶碗を取った。エメラルドを溶かしたかのように澄んだ緑茶を興味深そうに見つめ、匂いを嗅ぎ、静かに口を付けた。
そんなココを見遣りながらアレンは言う。
「ま、今の俺ならそんなに掛からねえけどな。それでも不安っちゃ不安だ。竜は誰が相手でも全力で向かってくる。それが礼儀だと思ってる種族だからな」
「それに敗北した相手にまた負けないよう、きっちり対策練るんすよ。アレン様が負けるとは思わないんすけど、戦闘未経験者が二人も一緒だと話は違ってくると思うんすよね」
竜族は生粋の戦闘民族だ。
他の何のためでもない、強さを求めてただ戦う。
誰の挑戦も拒まず、強き者の挑戦を待ち続けている。
「私の魔法は通じるんでしょうか。不安になってきました……」
「そういやお前の攻撃魔法ってどれぐらいのもんなんだ? 魔法の事は全然分かんねえけど」
「私の魔法、使い方から変わってるので比較しにくいんですよね。かと言って誰かで試すって訳にもいきませんし」
「野生動物とかどうすか? そこら中にいっぱいいるっすよ」
「……人間の都合で罪のない命を奪うのは、その……」
「は? お前何ぬるい事――」
言いかけ、アレンは思い出した。
ショコラは創造主に仕える聖女だ。
今この状況で攻撃魔法の威力を確認しないのは危険過ぎるが、それこそ教会に育てられたショコラには譲れない線だろう。
それに、魔法使いと言ってもいろいろある。教会に仕える聖女はサポートや治癒を得意とする傾向がある。手帳のページを破る事で魔法を使う異端だが、根本は聖女だ。攻撃魔法に期待していいタイプではない。
それを踏まえ、アレンは対策を練る。
「いや。絶対防御は前提として、お前は俺をサポートしてくれたらいい。これは時間との勝負だ。俺はできるだけ短時間で竜の体力を削る。あとはお前の絶対防御がどれだけ保つかだ」
「……今ある分全部使って二時間ぐらいだと思います」
「思ったより短いな」
しかし、想定内ではある。絶対防御などといった強力な魔法は総じて効果が短い。アレンもそれぐらいは知っている。
しばらく考え、アレンは首を横に振った。
「やっぱりやめだ。無謀過ぎる。俺が戦ってくるからお前らちょっと待ってろ」
「何を言うておる。私は戦うと決めたのじゃ」
「その考えを改めろっつってんだよ。言っとくけどお前の魔法って人間だとちょっと慣れ始めたぐらいのレベルだからな。戦力にならんやつが甘い事考えてんじゃねえ」
「そうじゃな。私は弱い。しかしアレンは強いのじゃろう?」
「だから、俺の強さはそういう強さじゃねえの。一人なのに強いんじゃなくて一人だから強いんだよ」
かねてから告げていた事だ。アレンの強さは人を守るための強さではなく、捨身ゆえの強さだ。
しかしショコラは首を傾げ、アレンの顔を覗き込んで不思議そうに尋ねた。
「しかし、おぬし言ったではないか。何かあったら全力で守ってくれると」
「ええっ!?」
なぜか声を上げて驚いたのはヨモギだった。
「何すか、アレン様何すかそれ!? えっ、もしかしてお二人はそういう関係なんすか!?」
「そんな訳ねえだろバカかお前は! つーかココそんなのよく覚えてたな!」
「当たり前じゃろ? おぬしがそう約束してくれたから私は安心して人間とおれるのじゃ。忘れるはずがなかろう?」
幼女特有の純粋な眼差しでアレンを見つめ、ココは更にとどめを刺す。
「……よもや、あの約束は嘘じゃったのか……?」
「そんな目で俺を見るな――――ッ! 分かった、分かったから!」
叫び、アレンは皆に背を向けた。
そして一人ぶつぶつと呟く。
「大丈夫、大丈夫だ、俺は強い。二人ぐらい余裕で守れる……」
自己暗示を始めたアレンの背を見つつ、ショコラとヨモギはこそこそと囁き合う。
「ココちゃんすごいと思いません? 的確にアレンさんの弱点を突いていきましたよ」
「びっくりっすね……。アレン様、前来た時はもっと陰のある感じだったんすけど、完全にキャラ変わってるっす」
「あっ、分かります。私も最初怖かったです。でもココちゃんの前では妙に甘いですよね」
「そうなんすか!? じゃあやっぱり、アレン様は……」
「おいそこ聞こえてんぞ!」
こうして作戦会議は終わった。
行き当たりばったりの真骨頂、ぶっつけ本番。
アレン達は三人で竜に戦いを挑む。
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