秘密の女子会
家の中ではアレンが横になり、ぐうぐうといびきをかいて眠っていた。そんなアレンを見てココはため息をついた。
「だらしのない男じゃの。私らが心配と言っておいて寝ておるではないか」
「酒好きだけど弱いタイプなんすよ。前に来た時もそうだったっすから」
「そういえばヨモギ、いい機会じゃ。おぬしに言いたい事があったんじゃがの」
「何すか」
ココは座布団に座り、にやにやと笑う。
「おぬし、アレンに惚れておるじゃろ?」
「まったくそんな事ないっすけど、なんでそう思ったか是非聞きたいっすね」
「聞きたい! 私も聞きたいです!」
ヨモギより食いついたショコラはずいと身を寄せた。思った以上の反応に気をよくしたのか、ココはにひひと笑った。
「そうじゃろそうじゃろ、聞きたいじゃろ? ヨモギも恥ずかしがらんでよいぞ? 私はそういうのすぐ分かるのじゃ」
「いいっすね。続けてください。自信満々に語って盛大に間違える、いいと思うっすよ」
「恥ずかしがり屋さんじゃの。理由ならちゃんとあるのじゃ。ほら、おぬしアレンにだけ様付けで呼んでおるじゃろ? あと私らと扱いが違う気がするのじゃ」
「理由って言ったのに気がするってすごいっすね」
「あっ、でもヨモギさん、男友達もアリかなって言ってましたよね!? もしかして本当に好きなんですか!?」
「よく覚えてたっすね。そこだけ切り取ったらそう取られても仕方ないっすね」
ココとショコラが二人して迫り、ヨモギは茶碗をとんと置いた。
「アレン様の事は尊敬してるっすが、そういう対象じゃないっす。単に強さと信念を持ち合わせてるからっすよ」
「ダウト! それならショコラも様付けになってるはずなのじゃ! 何せ竜を倒したのはショコラじゃからの!」
「じゃあショコラ様。これでいいっすか」
「…………む?」
「いえ、気恥ずかしいのでやめてください……」
そもそも富嶽竜戦後、ヨモギはショコラの事を一度も名指しで呼んでいない。
「で、でもっ! 男友達でもアリかなっていうのはっ!」
「私、好きな人がいるんすよ。ずっと昔から」
「えぇっ? それじゃあ――」
「片思いなんすよ。だから、男友達って聞いて、それもアリかって思っただけっす。今はアリ寄りのナシって感じっすけど」
「何じゃ、つまらん」
推理が外れ一気に興味を失ったのか、ココはあっさり身を引いた。ショコラは目からその真偽を確かめようとしたが、ヨモギの厚い眼鏡越しでは分かりそうにない。
「なかなかいい酒のアテになったっすよ。また次回挑戦してくださいっす」
「……ヨモギさん、私もお酒、頂いてもいいですか?」
「いいっすよ。ショコラ様」
「うぅっ、それはやめてください……」
「何じゃ、まずいと言っておったのにおぬしも飲むのか。酔っぱらいの言う事は訳が分からんからいやなのじゃ」
「うふふ。ごめんなさい」
謝りながら、しかしショコラは茶碗になみなみと酒をついだ。
「私は酔ってないっすけど、何か話でもするっすか」
「ヨモギは地味でつまらんからいやじゃ」
「そうっすか。私の手元に武器がなくてよかったっすね」
話す相手がいなければ何もする事がない山奥だ。ココはアレンの隣で横になり、やがて目を閉じ、すやすやと寝息を立て始めた。
「あら、横になったと思ったらすぐ寝ちゃいましたね」
「健康的で何よりっす」
それから二人は、何を話すでもなく黙々と飲み続けた。ヨモギはぐいぐいと、ショコラはちびちびと。
外はすっかり夜の帳が落ちていた。郷は闇に呑まれたかのように暗く、しかし家の中は明るい。
顔を赤らめ、艶めかしく足を崩したショコラは不意に尋ねる。
「片思いって、郷の方ですか?」
「違うっすよ。ここのみんなは家族みたいなもんす」
「そうなんですか。私と似てるかもです。ゼニアの教会のみんなは、本当によくしてくれてて」
「それはいい事っす」
途切れ途切れ、会話は長く続かない。お互い無理に取り繕おうとせず、自然にそうしている。沈黙は必ずしも気まずいものとは限らない。口に出すのは話したいだけの事だ。
「ショコラさんは伝説の勇者様の話、知ってるっすか」
「大雑把になら。伝説の魔王と相打ちになり、生き残った仲間達がその勇敢と偉業を伝えた。だけど仲間達のその後を知る者はおらず――」
ココの寝顔をしばらく見つめてから、ショコラは伝説の続きを語る。
「魔王に娘がいるのを知りながら、いずれ解かれるであろう封印に留めた理由は誰も知らない」
長い歳月を経て細かなところが違うものもあるが、伝説は書物にまとめられ、その大筋は変わらない。世界中でも知らない人など稀だろう。伝説の魔王はそれだけの脅威だった。
「きっと伝説の勇者様も、幼いココちゃんを殺める事はできなかったんでしょうね」
そう結び、ショコラはそっとココの髪を撫でた。
ヨモギは酒を口に含み、ゆっくりと味わってから茶碗を置いた。
「これは郷に伝わる話なんすが」
そう前置き、ヨモギは空になった茶碗を見つめながら語り始めた。
「勇者様の仲間には二人の女性がいたらしいっす。二人とも勇者様の事を愛していて、一人は勇者様の死を悲しみ、自らすべての記憶を消した。きっとその人は優秀な魔法使いだったんっすね」
「その話、初めて聞きました。それだけ深く勇者様を愛してらっしゃったんでしょうね」
相槌を打つ事もなく、ヨモギは語り続ける。
「だけど、勇者様は本当は死んでなんかいなかったんすよ。自分のせいですべての記憶を失った仲間を悲しんだそうっす。勇者様もきっと、その人を愛してたんじゃないすかね」
「……何だか悲しい話ですね」
「まあ、あくまで異聞の伝説っす。本当のところは、誰も知らない」
茶碗に酒をつぎ、ヨモギは尋ねる。
「ショコラさんはアレンさんの事、好きなんすか」
「……分かりません」
いびきをかいて眠るアレンの隣にはココが眠っている。そこで眠るのが当たり前のように。
「今までずっと魔法の事ばかり考えてきたので、人を好きになるのがどういう気持ちか分からなくて。それに、アレンさんはココちゃんの事が好きみたいですし」
「完全にロリコンっすね」
「うふふ。そうですよね」
ショコラは笑い、二人はそれからも酒を飲み続けた。
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