それぞれの変態
朝陽が夜を拭い、鳥達が高い声で挨拶を交わし始めた頃、ココはむくりと起き上がった。
「……酒くっさいの!」
「おはようっす」
「何じゃヨモギ、ずっと起きとったのか。……その肩に乗せとるのは何じゃ?」
ヨモギは昨日と同じくあぐらをかいたまま、酒が味噌汁に変わっているだけだった。そんなヨモギの肩に小さな亀が乗っている。
「富嶽竜っす。わざわざ承認を与えに来てくれたっすよ」
「竜とな!? えらく小さくなったもんじゃの……」
「力の集合体っすから。今はこのサイズが限界っす」
「いかにも。魔族の女よ、お前に竜の力を授けよう」
「ちっこくても喋れるのじゃな……。ところで竜の力って何じゃ?」
「竜の承認っす。おまけに魔力依存のスキルが付いてくるんすよ」
「天空城に戻るのに必要と言っておったやつじゃな。しかし、うーん」
ショコラは腕を組み、首を傾げた。
「それならアレンかショコラが貰った方がいいのではないかの。私が貰ったところでうまく扱えるとは思えんのじゃ。それとも三人とももらえるのかの?」
「否。とどめを刺した者と決まっている。だがヨモギから事情を聞き、お前に授ける事とした」
「む。ヨモギよ、なぜ私なのじゃ? おぬしも見たじゃろ。魔法ならショコラの方がずっと得意じゃぞ」
「だからこそっす」
朱塗りの盃に酒を張りつつ、ヨモギは答える。
「だからこそ、いつまでも守られてるだけじゃだめだと思うんすよ。もしかしたらこの先、一人で戦わなきゃいけない時が来るかもしれないっす。その時、ココさんが負けちゃったらアレン様にショコラさん、お二人はどう思うっすかね」
「…………なるほどの」
目を落とし、ココは盃の酒を舐める富嶽竜を見つめた。
「おぬしの言う通りじゃ。封印を解かれてなお大した力もなく――いつの間にか甘えておった。ありがとう、ヨモギ。どのような力か知らんが竜の力、私が貰うべきなのじゃな」
「そういう事っす。じゃ、その酒を飲んでくださいっす。竜と盃を交わす事で力が得られる仕組みなんで」
「……苦手じゃが、仕方ないの」
朱塗りの盃を両手に取り、口に当て、ココはぎゅっと目を閉じた。
盃を傾け、口に流し込んでいく。唇を濡らした程度で一度手を止めたが、すぐにぐっと飲みきり、乱暴に盃を置いた。
「ぷはっ! 熱い、喉が焼けそうじゃ!」
「普段と違って原酒っすからね。お水どうぞっす」
受け取った水をごくごくと飲み干し、更におかわりを飲んだ。ようやく人心地がついたようで、ココは静かに長く息を吐いた。
「……なるほどの」
両手のひらをじっと見つめ、ココは頷く。
「竜の力、すごい力じゃ。すぐにでも試してみたいが、そういう訳にはいかなそうじゃの」
「そうっすね。ここじゃ場の力が強過ぎるっす。じゃ、アレンさんとショコラさんを起こすっすか」
ヨモギは事情を話すと、アレンは腕を組み、ショコラは頬に手を当てた。
「俺は構わねえし、ヨモギの言い分も分かるんだが……」
「うぅ……。竜の力、私も欲しかったです……」
「ショコラさんはだめっす。竜の力を分析してぶっ飛んだ魔法作りそうっすから」
「だめですか!? 竜の力と魔法の合成、素敵じゃないですか! あぁ、考えただけで夢とロマンが止まりませんっ!」
鼻息を荒くしたショコラを見、アレンとココは深く頷いた。
「……だめだな。こっそり試そうとして大変な事になる未来しか見えねえ」
「魔王の封印を解く魔法を一晩で作ったやつじゃからの……」
薄笑いを浮かべ不気味に呟いているショコラを置き、アレンは立ち上がった。遅れてココも立ち上がる。
「それじゃあヨモギに富嶽竜、世話になったな」
「ヨモギよ、改めてありがとうなのじゃ」
「うっす。また来てくださいっす」
「強き者よ、また相まみえる時を楽しみにしている」
ココが手を振り、ヨモギは手を振り返した。
「ショコラ! 転移魔法を頼む! ゼニア王国まで戻るぞ!」
「えっ? あっ、はいっ!」
ハッと正気を取り戻したショコラが手帳のページを破り、三人は消えた。
しんと静まった家の中、ヨモギは尋ねる。
「……私ってそんなに地味っすかね?」
「地味だ。昔から少しも変わらぬ」
断言した富嶽竜を、ヨモギは窓の外へと放り投げた。
ゼニア王国、王都。その中央にある泉の広場へと三人は転移してきた。まだ朝も早いが南にある市場は既に開かれており、教会や王城に繋がる広場にもいくらか人通りがある。人々は驚いてこそいたが、パニックになる者はいない。ショコラのローブでこの国の聖女と分かるからだろう。アレンは警戒を解いた。
「これから北西にあるラッタンジ砂漠へ向かう。過酷な道のりになるから支度を整えるぞ」
「砂漠とな。砂しかない暑いところじゃろ。そこに次の竜がおるのか?」
「そうだ。おまけに遠くて夜は冷える。二度と行きたくねえと思ってたが、まさかまた行く事になるとはな……」
ため息をついたアレンに、ショコラは小さく手を挙げた。
「あの、でしたら私、一度大聖堂の方へ戻っていいですか?」
「うん? ……ああ、そうしてくれ。あの時は悪かったな、すまねえ」
「いえ、気にしないでください。では、すぐ戻ってきますので!」
そう言ってショコラは西にある大聖堂へと駆けていった。途中でローブの裾を踏んですっ転び、恥ずかしそうに振り返り、また駆けていった。
ショコラを見送ってから、ココはアレンの手を引いて尋ねる。
「アレンよ、さっきは何を謝っておったのじゃ?」
「うん? 言ってなかったか? ショコラは強引に連れ出した感じだったからな、あいつ旅支度とか何にもできてなかったんだ」
「聞いた覚えがあるようなないような……。いずれにせよおぬし、改めて何事も雑じゃの」
「うるせえ。結果的にうまくいきゃそれでいいんだよ。今までも何とかなってんだから問題ねえ」
「そうじゃな。ところで、私らは何を準備するのじゃ?」
「水や食い物、それにテントとかだな。だが肝心の金がねえ」
「ほう。金がないのにどうするのじゃ?」
「ま、何とかなるだろ」
「…………は??」
程なくして戻ってきたショコラは小さな革鞄を背負っていた。合流した三人は一旦南に下り西へ、タクミの武具店へ向かった。
アレンは冒険者だ。冒険者の金稼ぎといえばギルドから依頼を受けるものと相場は決まっている。しかしアレンは別の選択を考えた。即ち、金の無心である。
ココとショコラを店の外で待たせ、タクミに事情を説明した。
「ははは。おもしろい事を言うね。返ってこないと分かっていて貸す訳がないだろう?」
カウンター越しにタクミは一笑した。
「だから、世界が平和になったら返すって言ってんだろ!」
「世間一般ではそれを返さないって言うんだ。覚えておくといいよ」
タクミの言い分ももっともである。すべてにおいて雑なアレンだ、仮に世界が平和になったって借りた金を返す事はないだろう。なぜ借りた金を返さなければならないのか? などと独自の謎理論を展開するに決まっている。
「今さらギルドの依頼なんて受けられねえだろ。すぐ片付けられるような依頼なんかはした金にしかならねえし、でかい依頼は何日も掛かるのがほとんどだ。俺にそんな暇はねえんだよ」
「気持ちは分かるけどね。それじゃあ、こういうのはどうだろう? ラッタンジ砂漠の竜に挑むのなら、ついでにツノを持って帰ってきてくれないか。三割を前金として渡そう。残りはモノを確認してからだ。どうだい?」
そう言ってタクミはカウンターに前金の入った革袋を置いた。中を検め、アレンはすぐポケットにしまい込んだ。
「そりゃ都合がいい。ツノへし折って持って帰ってくるだけでいいんだな。楽勝だ。しかし、そんなもん何に使うんだ?」
「決まってるじゃないか。僕は武具屋だよ? 武具の素材に使うんだ。竜の力を帯びた武器……夢とロマンがあるじゃないか!」
「どっかで聞いたようなセリフだな……」
ひとまず金は手に入った。あとで竜のツノを届けに来なければならないが、そうするだけで当面お金には困らない。タクミの気が変わらないうちにアレンは早々と店を出た。
「アレンよ、どうじゃった?」
「持つべきものは師匠ってな。条件付きだがひとまず金はできた。支度を整えてラッタンジ砂漠へ向かうぞ!」
市場で必要な物を買い込み、いざラッタンジ砂漠だ。
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