炎天下のラッタンジ砂漠
次なる竜へと挑むため、支度を整えたアレン達はゼニア王国を出て北西、ラッタンジ砂漠を歩いていた。太陽がギラギラと輝き、進む先には陽炎が揺らめく。地平線まで続くその景色は、まさしく砂の海だ。
「どりゃーっ!」
地響きとともに、砂漠に亀裂が走る。深い亀裂はまっすぐどこまでも続いていく。
竜の力だ。
両手を地面から離すと、地響きは止まり、亀裂も止まった。砂粒を払いながらココは嬉しそうに言う。
「どうじゃ、すごいじゃろ、びっくりじゃろっ!」
「すごい、すごいですココちゃんっ!」
「なるほど、これが竜の力か」
そう言ってアレンは剣を抜いた。
構え、勢いよく地面へ突き刺す。
「『道を開けろ』ッ!」
ごう、と地が唸るような音が響いた。それはアレンの足元から、地平線の向こうへと走っていく。
直後、一直線に爆発が起こった。
大量の砂塵が舞い上がり、ココとショコラは思わず顔を覆った。
その跡――アレンの剣から地平線の向こうまで、一つの谷ができていた。谷は深く底も見えない。
何も言わずに剣を収めるアレンを見、ショコラはドン引きした。
「ええぇ……。まさかアレンさん、ココちゃんに対抗したんですか? 大人げないですっ!」
「うるせえ! 俺も似たようなのやってみただけだ!」
「ショコラー! アレンがいじめるのじゃーっ!」
泣きついたたココがショコラに撫でられているのを横目に、アレンは舌打ちした。
「ああもう、うるせえうるせえ。何の修業もしねえでそこまでできりゃ大したもんじゃねえか。ちょっとは魔王らしくなってきたんじゃねえの?」
「悪かったの! 努力もせんで貰った力ではしゃいで悪かったの!」
「アレンさん、フォローが下手過ぎです……」
「ああもう! うるせえうるせえうるせえーっ! ほら、さっさと行くぞ!」
こうしてアレン達は砂漠をゆく。
それからどれぐらい経っただろうか。太陽がてっぺんに上る頃だ。
「……砂漠はつまらんの。行けども行けども砂ばっかりじゃ。それに暑い。ものの本にはオアシスなるところがあると書いておったが、この砂漠にはないのかの?」
「知らねえな。前に来た時は全力ダッシュで突っ切ったからな。まっすぐ走ったら危うく海まで出ちまったが」
「オアシスに行ってみたいのじゃ! よく知らんがすごく癒されるのじゃろ? 私も癒されたいのじゃ!」
「ショコラ、ココに治癒魔法使ってやれ。頭に効くやつだ」
「頭は痛くなどないぞ?」
「そういう意味じゃねえ」
二人のやり取りを聞き、ショコラは不思議そうに尋ねる。
「アレンさんって、魔法は使えないんですよね? 山登りの時もそうでしたけど、どうしてそんなに体力があったり、魔法じみた事ができるんですか?」
「うん? 鍛えたからだ。昔は俺も魔法が使えたら便利だと思ってたんだが、使えねえもんはしょうがねえ。根性でカバーした」
「根性……」
「根性……?」
今までのアレンを思い返し、ショコラとココは同時に首を傾げた。
満身創痍で魔王城から落下して、ようやく瀕死。
女の子二人を肩に担いで山登り。
富嶽竜戦では何気なく宙を蹴って加速。
「いやいや、おかしいじゃろ! 根性でどうにかなるレベルではないわ!」
「そうですおかしいです! 何か秘密の力を隠してるんじゃないですか!?」
「何もねえよ! 鍛錬の結果! それだけ!」
事実、アレンの力は鍛錬の賜物だ。それ以外の特別な力など何もない。
「じゃあ私も鍛えたらさっきみたいに地面割ったりできるんですか?」
「おう。一〇年以上朝から晩まで鍛えればな」
「うぅ、遠慮しておきます……」
「ならばアレン、体力あり余っとるのじゃろ? 山登りの時みたいに運んでほしいのじゃ! そしてオアシスを探すのじゃ!」
「人をラクダ扱いしてんじゃねえよ! あと水はあるからオアシスに用はねえ。ちょっとは歩け身体を動かせ。怠けてるとだめになっちまうぞ」
「もう無理じゃっ!」
そう言ってココは座り込んだ。
「つまらんし暑いしもう疲れた! もう一歩も動けんのじゃ!」
「じゃあそこで干からびてろ! いつまでも甘えてたらどうにかなると思ってんなら大間違いだからな! 行くぞショコラ!」
「でも、結構歩きましたし、背負ってあげても……」
「あぁん?」
アレンはジト目でショコラの顔を覗き込んだ。
「じゃあお前が背負え。できるのか?」
「む、無理ですよぅ……」
「できないなら言うな。甘やかすならその負担を背負え。違うか?」
「そうですけど、でも――」
「もういい。好きにしろ」
吐き捨て、座り込んだココを置いたままアレンは歩いていく。その背中に向かってココは怒鳴る。
「アレンのケチー! ツンデレーっ!」
アレンは一瞬ぴたりと静止し、次の瞬間猛スピードで走り去った。
砂漠は地平線まで続いているというのに、もう背中も見えない。
「何じゃ。冷たいやつじゃの。山では普通に背負ってくれたのにの。ふん、用がなくたってオアシスに連れてってくれてもいいではないか」
「……アレンさんも暑くてイライラしてたんですよ、きっと」
「ふん。知らん。アレンは心が狭いのじゃ。根性だ鍛錬だと暑苦しいのじゃ。ショコラもそう思うじゃろ?」
ショコラは苦笑いを浮かべた。アレンが走り去った方へと目を向け、腰を下ろし、ココと目の高さを合わせた。
「少し休んでいきましょうか。足跡を辿ればアレンさんを追えますし、休んだらまた歩きましょう」
「嫌じゃ。もうしんどいのじゃ。大体あんな体力バカと同じペースで歩ける訳ないのじゃ」
「でも、戻る訳にもいきませんし……」
口ごもるショコラをちらりと見て、ココは指を立てくるくると回した。
途端、陰が二人を覆う。
「……何ですかこれ?」
「帽子じゃ。おっきい帽子なのじゃ。じっとしておっても暑いからの」
「変わった魔法ですねぇ」
外から見れば二人は大きな麦わら帽子に入っているかたちだ。ショコラは興味深そうにその内側を撫でた。
「ショコラ、水は持っておらんのか? 喉が渇いたのじゃ」
「水や食べ物はアレンさんが持ってくれてましたから……あとテントとかも」
「ふん。そうじゃったの。魔法で出せんかの? 私はそういうの無理なんじゃが」
「……激流で押し流すとか、凍らせる魔法ならありますけど」
「おぬしも極端じゃの」
「すみません。地味な魔法は作る気が起きなくて……」
ショコラは申し訳なさそうに肩を落とした。
それからしばらくココは愚痴を吐き、ショコラはそれを聞いていた。しかし次第に口数も少なくなり、沈黙が増えていく。風のない砂漠に音はなく、沈黙は静寂となる。幸いにも湿度は低く陰にいれば暑くはないが、居心地は決してよくない。
長い静寂に、ココはぽつりと言葉を落とした。
「……アレン、戻ってこんの」
「そうですね」
「……私が悪かったのかの?」
「そうかもしれませんね。ココちゃんだけじゃなく、私もですけど。ちょっとアレンさんに甘え過ぎてたかなぁって」
しばし黙り、ココは立ち上がった。
「まったく、しょうがないやつなのじゃ。置いていくなら水も置いていけというに。気のきかんやつじゃ」
「そうですね」
微笑み、ショコラも立ち上がる。ココは指をくるくると回し、大きな麦わら帽子をぽわんと消した。
アレンの足跡を辿り、二人は歩き始めた。
広大な砂漠の中、二人はとても小さい。
小さな二人は少しずつ、少しずつではあるが、確かに前へと進んでいた。
しかし、異変は突然に訪れた。
「……謝ったら、許してくれるじゃろうか?」
「きっと許してくれます、よ」
「…………? ショコラ?」
ふらり、とショコラが前のめりに倒れた。
「ショコラ!? どうしたのじゃ! ショコラ!!」
返事がない。抱えた身体がひどく熱い。ココには何が起こったのか分からない。ついさっきまで普通に話していたはずだ。自分よりも元気そうだった。
「ショコラ、起きるのじゃ! こんなところで寝てはいかんのじゃ!」
ココは魔王城にこもり、ショコラは教会で研究ばかりと、二人とも体力はない。
しかし、ココは基本的に不死身の魔族だ。ショコラは違う。人間だ。
前提が違い過ぎたのだ。
炎天下の砂漠を歩き続け、水もなく、休んでいたとはいえ人間はどうなるか。ココは知らなかった。
「ショコラ、ねぇ、起きてよ、ショコラぁ……」
返事のない砂漠は孤独だ。理由も分からず倒れたショコラが不安で不安で、ココの目に涙が浮かぶ。
「うぅ、ショコラぁ……」
強く身体を揺すっても反応はない。どうしようもない孤独が心を蝕み、ついにココは大声で泣き叫んだ。
「アレン、アレーンッ! 助けてーッ!」
遥か彼方、爆発に似た音が響いた。
そして、その音が届くよりずっと早く。
「――まったく、お前らマジでめんどくせえな」
返ってこないはずだった声に、ココはくしゃくしゃの顔を上げた。
「お前が先にぶっ倒れてどうすんだよ、なあ?」
同意を求められたが、言葉が出なかった。
広大な砂漠、地平線の彼方まで、その姿はなかったはずだ。
だからココは確かめるように言う。
「アレン……?」
「おう、何だ」
仰向けにしたショコラにゆっくりと水を与えながら、アレンは何でもないように返した。
「……聞こえたの? 私の声が、聞こえたの?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
不安げなココの頭を撫でてやり、アレンは恥ずかしそうに笑う。
「雑で無神経で気の短い――お前の勇者様だぞ」
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