忘れた約束

 アレン達の前に現れた獄炎竜は、小さな狼の姿をしていた。パタパタと嬉しそうにしっぽを振っている。


「はーっはっはぁ! 随分と強くなったものだな!」

「そうだな。前に戦った時の俺は弱かった」


 アレンに頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細める獄炎竜に威厳など微塵もなく、もはやかわいいぬいぐるみだ。

 

「うにゃ~。もふもふなのじゃあ~」


 獄炎竜の身体を撫で、ココはもふもふを満喫している。そんな中、ショコラは獄炎竜の首をぐいっと振り向かせて強く訴える。


「竜の力! 私にください!」


 どうやら富嶽竜戦あとからずっと考えていたらしい。ショコラの目には固い決意が宿っている。


「ああ。別に構わんが――」

「だめよ。あんたはだーめ。ラッタンジ、絶対にだめよ」

「ええぇっ!? 何でですかぁーっ!?」


 アンジェから待ったが入り、ショコラは悲鳴を上げた。

 ショコラをびしっと指さし、アンジェは断言する。


「あんたみたいな魔法バカが竜の力を手に入れてみなさい? 誰にも制御できなくなるわ。行き過ぎた力は脅威なの。分かるでしょ」

「大丈夫です! 危険な事には使いませんし、悪い事もしませんからっ!」

「あんたはそうかもしれないわね。だけど周りはどう思うと思う? 圧倒的な脅威は倒すべき敵になるのよ。だからだーめ」

「私、そんなにすごくないですから! 手帳がすごいだけで普通の魔法使いですからっ!」

「じゃあ、誰かに操られた時どうすんのよ」

「絶対に操られませんっ! だから――」

「ふーん」


 必死で訴えるショコラの目の奥深くを見つめ、アンジェは指を鳴らした。途端、ショコラが棒立ちになった。


「あんた今、操られてるわよね」

「……はい。私は今、操られています」


 ショコラは虚ろに答えた。これ以上ないほど分かりやすく操られている。


「ショコラはどっか抜けてるんだよな……」

「だめだめじゃの……」


 呆れるアレンとココをよそに、アンジェはどこからか取り出したゴブレットに酒を注いでいく。


「だから魔王、あんたでいいわ。魔力ゼロのアレンじゃ意味ないしね」

「む、よいのかの。私こう見えて戦力外には定評があるんじゃが」

「そんなの自分で言ってて恥ずかしくないの? 少しはプライドを持ちなさい」


 水でも与えるように獄炎竜に酒を飲ませ、ゴブレットをココに突き出した。受け取ったココはくんくんと匂いを嗅いで顔を歪ませた。


「しかし、何でまた酒なのじゃ。薄めたらだめかの?」

「だめに決まってるじゃない。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと飲みなさいよ」

「仕方ないの……」


 金色に透けてゆらめく酒を覗き込み、ぎゅっと目を閉じ、ココは唇を濡らす程度に酒を口に含んで飲み込んだ。


「ぷはっ! 口が燃える喉が焼ける! 水はどこじゃっ!?」

「ほらよ」


 アレンから水の入った革袋を受け取り、ココは飲み干す勢いでごくごく飲んでいく。

 そんな様子を眺めていたアンジェが指を鳴らすと、ショコラの目に生気が戻った。


「はっ!? ここはどこ、私はショコラ……?」

「竜の力、魔王にあげたわよ。アレンもバテてるしさっさと帰りなさい」

「…………えっ。嘘、ですよね」


 ぐぎぎ、と首を曲げココに目を向けると、水を飲み干したココは気まずそうにサッと目を逸らした。


「ええぇ――――――っ!? そんな、そんなのあんまりですっ!」

「すまんショコラ! これも平和のためなのじゃ!」

「ひどい、ひど過ぎます……!」


 よほどショックだったらしく、ショコラは膝から崩れ落ちた。どんよりどす黒い負のオーラを発している。


「過ぎた事をぐだぐだ言ってんじゃないわよ! ゼニアに帰るんでしょ? 私も連れていきなさいよ。あんた達が来るまでずっと待ってたんだからね」

「……嫌です。ココちゃんも置いていきます」

「ショコラ!? おぬしヘコみ過ぎじゃろ! あと私は悪くないのじゃ!」

「嫌です。ココちゃんなんてもう知りません」



 ダークサイドに堕ちたショコラを説得する事、しばらく。

 涙を拭き、目に炎を宿したショコラはきっぱりと断言する。


「次こそ竜の力を貰います! アレンさんココちゃん、いいですよね!」

「ああうん、いいんじゃないか」

「私もそれがいいと思うのじゃ」


 この状況でだめとは言えない二人だ。


「では善は急げです! ゼニア王国に戻りましょう!」

「私も連れてってよね」


 こうしてアレン達とアンジェは転移魔法により姿を消した。



 アレン達とアンジェはゼニア王国首都の中央、泉の広場に戻った。急激な寒暖差にぶるりと震えたあと、ショコラは興奮気味に言う。


「さあアレンさん、次はどこですか!? 早く行きましょう!」

「いや、俺はちょっと休みたい。だからお前も休め」

「私も休みたいのじゃ。砂漠はもうこりごりなのじゃ」

「ちょっと待ちなさい。あんた達まずやる事があるでしょう?」

「うん?」


 小さいアンジェに言われ、アレン達は首を捻った。


「砂漠用の道具を売ったりとかか? そんなのあとでいいじゃねえか」

「違うわよ。あんた頼まれてたでしょ。ラッタンジのツノ」


 その時、アレンの顔色がサッと変わった。

 確かに頼まれていた。アレン達が砂漠用の道具を調達できたのは、獄炎竜のツノを持ってくる約束、その前金のおかげだ。


「……やべえ! すっかり忘れてたぞ!」

「えっ、そうだったんですか?」

「アレンよ、約束は守らねばいかんのじゃ」


 ココとショコラはその約束をそもそも知らなかった。だから彼女らに罪はない。

 しかしアレンはふと気付く。


「ちょっと待て! アンジェは何でそんな事知ってたんだ? つーか知ってたなら言えよ! 倒す前に! 言えよ!」

「ごちゃごちゃうるさいわね。私とは関係ない話だもの。どうだっていいわ」

「そうだ、逃げよう。後金が手に入らねえのは惜しいが、かと言って獄炎竜の復活を待ってる暇もねえ。タクミもどうせ忘れてるだろ」

「ははは。忘れてないけど?」


 アレンが振り返ると、そこには日用品の買い出しに出ていたらしく、紙袋を持ったタクミがいた。二歩三歩と後ずさったアレンを置いて、タクミはアンジェに話しかける。


「いやあ、僕の負けだよ。アレン君は思っていたよりずっと薄情だったみたいだ。じゃあはい、約束の」


 小さな革袋を受け取ったアンジェは中身を確かめ、笑みをこぼした。


「残念な弟子を持つといろいろ大変ね。さて、臨時収入も入った事だし久々にパーッと遊んでくるわ。じゃあね~」


 上機嫌に南、市場の方へと去っていくアンジェにタクミは手を振り、ココとショコラもそれに倣う。


「さて」


 少しずつ距離を取り、逃げようとしていたアレンに振り向きタクミは言う。


「約束が果たされなかったのなら、前金は返してもらわないといけないね」

「かっ、金ならねえ! 大体、弟子を賭けの対象にするとか師匠としてどうなんだ!? 俺は返さないぞ! 期限だって決まってなかったはずだ!」

「そうだね。僕はアレン君なら必ず約束を守ってくれると思ってたんだけどね。期限は、うん、今日中にしようか」

「……お前は何を言ってるんだ?」

「期限だよ。確かに決めてなかったから今決めた。ココちゃんにショコラさん、急いでいるところ申し訳ないけど、少しアレン君を借りるよ」

「お前何を勝手に――」


 ズドン。

 そんな音がして、アレンの身体はくの字に折れ曲がった。紙袋を抱えたまま、微笑みを浮かべたまま、タクミはアレンの腹部を打ち貫いていた。


「そうだ、もしよかったらうちに遊びに来ないかい? ショコラさんは大聖堂に戻れるけど、ココちゃんは入れないだろうしね」

「いえ、あの……」

「アレンは生きておるのか……?」

「ははは。大丈夫だよ。この程度で死ぬような弟子を育てた覚えはないからね」


 心配するココとショコラをよそに、タクミは意識のないアレンをずるずると引きずっていく。


「ココちゃん、どうしましょう。タクミさんの言う通り、大聖堂は聖なる結界があるので一緒に戻れないんですが」

「ふむ、悪いのはアレンじゃしの。タクミの家に行くかの」

「そうしましょう! 私、タクミさんに聞きたい事があるんです」


 二人は頷き、タクミのあとを追っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る