獰猛、獄炎竜

「ベーメルと戦ったなら大体分かるでしょうけど、この闘技場内が竜の場になるわ。出たら敗北と見なして竜は攻撃してこない。この観客席は場の外になるから覚えておく事ね」


 小さなアンジェが闘技場を指さし説明すると、早くもココと手を繋いだショコラは不安そうに言う。


「うぅ、私の絶対防御も対策されているのでしょうか……」

「不安ならやめておきなさい。ま、アレンじゃココを守れないし? 戦わなきゃいけないでしょうけど」

「安心しろ。俺が一瞬で終わらせる」

「……はいっ!」

 自信たっぷりのアレンにショコラは目を輝かせ、アンジェは呆れたようにため息をついた。


「だーかーらー、あんたの成長もショコラの魔法も情報は伝わってるって言ったでしょ? 一体どこからそんな自信が湧いてくるのよ。バカの考える事ってほんっと分かんないわ」

「大丈夫なのじゃ! アレンもショコラも強いのじゃ! バカバカ言うでないわ!」

「はぁ? 人の力におんぶにだっこの魔王は黙ってなさい」

「…………ぐぬぬ」

「おい、アンジェ」


 小さなアンジェの鼻先まで顔を近づけ、ココとショコラには見せない目をしてアレンは言う。


「俺の事はいい。だがココとショコラを軽く扱うのやめてくれねえか」

「……ま、別にいいけど。誰が死のうと私の知った事じゃないわ。さっさと行きなさいよ。準備ができたら合図しなさい」



 観客席から見ても広い闘技場だが、下りてみれば更に広く感じる。ショコラは辺りを見渡しながら言う。


「昔はここで戦いが行われていたのですね。何だかまだその匂いが残っているような気がします」

「誰がどう戦っておったか知らんが、見てておもしろいかの? よく分からん」

「戦闘が見世物でこれだけの客席があるんだ。平和な時代だったんだろうな。ショコラ、念のため絶対防御使ってくれ」

「もうですか? 合図してからでもいいのでは」

「ここの竜は俊敏だ。おまけにブレスのタチが悪い。前に挑んだ時も短期戦だったが危ないところだった」

「分かりました。では、いきますっ!」


 ぎゅっとココの手を繋ぎ、ショコラは絶対防御のページを破った。同時にアレンはアンジェに手を振る。準備が整った合図だ。

 直後、闘技場の中央にぼっと炎が上がった。

 炎の赤が急速に広がり、闘技場全体を覆っていく。


――――はーっはっはっはっはぁ! 待ってたぜぇ――――


 どこからともなく響き渡る大きな音、あるいは声。

 不意に血と灰の匂いが鼻をつく。燃え盛る炎の音が聞こえ、大きくなっていく。


――――今度こそぶっ殺す――――


 声は次第に色を帯び、愉悦に笑う。


――――俺様は獄炎竜ラッタンジ! てめえらが聞く最期の名だ! ――――


 直後、地面が灼熱に染まった。中央に灯った炎からではなく、地面全体が一気に燃え上がった。


「何じゃ!? 地面が燃えておるぞ!?」

「大丈夫……大丈夫! 私の絶対防御は、絶対!」


 先に発動していた絶対防御は有効だった。

 ドラゴンブレスは、必ずしも竜の口から吐き出されるとは限らない。


「姿を現す前からブレスとは相変わらず卑怯だなッ!」

「はっはっはぁ! 戦いに卑怯なんて言葉はねえ!」


 地面が灼熱に染まる直前、アレンは高く跳んでいた。

 その言葉に応えるように地を割り現れたのは、肉食獣に似た巨大な竜。四肢はライオンを思わせるが、その顔はまさしく竜であり、一本の長く鋭利なツノが生え、全身が炎で焼かれている――いや、獄炎竜の身体から炎が渦を巻き燃え上がっている。

 獄炎竜はその巨体に似合わぬスピードでアレンに牙を向き飛び掛かる。


「行くぞ獄炎竜ッ! 『叩っ斬る』ッ!」


 剣を抜くと同時アレンは宙を蹴り真下、獄炎竜に向かい真正面から剣を振り抜く――が、しかし。


「遅え、遅えなアレンッ!」

「うおっ!?」


 しかし獄炎竜は即座に首を捻り、勢いを殺さずアレンを灼熱の地面に向け叩き落した。


「アレンの攻撃が避けられたぞ! ショコラ、早く助けにいくのじゃ!」

「はいっ!」


 分厚い手帳のページを破ったショコラとココが消える。破ったのは転移魔法だ。

 転移先は、アレンのそば。

 ショコラがアレンの身体に触れ、三人は絶対防御を共有して着地した。

 

「アレン、大丈夫か!?」

「あの野郎、前より速くなってやがる!」


 灼熱のブレスが効かないと見たか、獄炎竜はその巨大な前脚で凄まじい速度の蹴りを放つ。

 獄炎竜は手段を択ばない。三人まとめて場の外へ蹴りだすつもりだ。


「大丈夫です! 絶対防御で防げます!」

「そうだな、だがその必要もねえ。『絶つ』」


 低く腰を落とし剣柄に触れたアレンは次の瞬間――消えた。


「アレン!?」

「アレンさんっ!?」


 普通なら必殺の蹴りは絶対防御により不自然に止まり、勢い余った獄炎竜は僅かにバランスを崩した。

 一切の攻撃が通用しないと知り、しかし獄炎竜は歓喜の声を上げた。


「はっはっは! さすがだなアレン! 人間にしておくには惜しい強者だ!」


 ――そして、ゆっくりと。

 獄炎竜の太く強靭な首が、ずれた。

 ずるずる、ずるりと、切断された巨大な首が落ちる。

 未だ炎渦巻く獄炎竜の背の上、アレンは剣を払い、収めて言う。


「当たり前だ。俺を誰だと思ってんだ」


 こうして、アレンの宣言通り。

 獄炎竜戦は、一瞬で終わった。

 その一部始終を見ていたアンジェは頬杖をつき、不機嫌そうに一人呟く。


「……ほんとバカね。あいつが認めるのも分かるわ」



「おぬし、強過ぎじゃろ」

「否定はしねえ」


 ココは呆れ顔でそう言った。

 アレン達はアンジェの待つ観客席に戻り、獄炎竜の復活を待っていた。全身を消し飛ばした訳ではないから、富嶽竜の時よりは早く復活するだろう。


「だけどな、大技使ったらごりごり体力削られるんだよ。できればあんまり使いたくねえ」


 そんな理由もあってかアレンは席で横になっている。


「ふむ。おぬしにも弱点はあるのじゃな。ちょっと安心じゃわ」

「バカ野郎、弱点なんかねえ方がいいに決まってるだろ」

「しかし、あんまりにも人間離れし過ぎじゃからの……」

「強いアレンさん素敵です! かっこいいです!」


 やや引き気味のココと違い、ショコラは目を輝かせて称賛した。


「人間のポテンシャルがこんなにも高いなんて、すごく興味深いです。これを魔法に応用できればきっと……うふふ、うふふ」

「おう。やれるものならやってみろ」

「やめときなさい。魔法使いが宝石を消費するのと同じよ。こいつはバカみたいな体力で補ってるだけ。あんたが真似したら死ぬわよ」


 宣言通り一瞬で終わらせられたのが気に食わないのか、小さいアンジェは不機嫌そうだ。

 ちなみにショコラも宝石を加工した文字で書かれたページを破っているため、宝石を消費している事に変わりはない。あくまで詠唱を省略しているだけだ。


「そうなんですか……。うぅ、かと言って他の人で実験もできないですし。残念です……」

「魔族はどうなのじゃ? 魔法使うのに何もいらんが」


 そう言ってココは手のひらに小さな火の玉を出現させた。


「体力削れてるわよ。実感できないのは使ってる魔法がショボいだけ」

「ショボいゆーな! 結構気にしとるのじゃぞ!」


 富嶽竜戦に続き、またしても出番がなかったココはすぐに火の玉を消した。


「それにしてもおぬし、一体何者なのじゃ? 人間の匂いがせんのじゃが」

「オーラなんて普通隠してるわよ。アレンが隠せないのはバカだからよ」

「なるほどの」

「一瞬で納得してんじゃねえよ。ショボい魔族が寄ってこなくていいじゃねえか」


 強いが不器用。そして雑。アレンはそういう男である。


 

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