伝説の女

 ラッタンジ砂漠で一晩を過ごした明朝、アレン達は早いうちから再び砂漠を歩み始めた。水や食料の補給、休憩を適度に行いつつ進み、昼前には目的地が見えてきた。

 次なる竜の住処、古の円形闘技場だ。


「やけにでかい建物が見えるのじゃ……あれが闘技場かの? それとも幻かの?」

「幻じゃねえ。あそこに次の竜がいる。もうすぐだ、頑張れ」

「不思議ですねぇ。どうしてこんな砂漠に闘技場があるんですか?」

「もともとこの辺りにはでかい国があったらしい。それが闘技場だけを残して滅んだんだとよ」

「む。その話ならものの本に書いておったのじゃ。竜が闘技場を気に入って住処にするため何とかかんとか」

「魔王城の蔵書、ますます興味深いです……!」



 それから間もなく、アレン達は古の闘技場に辿り着いた。円型にぐるりと囲む柱には細かなレリーフが刻まれているが、ほとんど風化し意味は読み取れない。今も風化し続けている柱をぺちぺちと叩き、ココは弱々しく声を上げる。


「ゴールじゃー! ようやく着いたのじゃー! もう一歩も動かんぞーい!」

「おう。これから竜と戦うんだけどな。あと帰りもあるし」

「ウッソじゃろ」

「大丈夫です! 帰りは転移魔法で帰れますから!」


 灰になりかけたココをショコラは慌ててカバーした。


「そうじゃ! えっ、おぬし何で嘘ついたのじゃ?」

「何となく? まあ竜と戦うのは嘘じゃねえけどな」

「何となくで嘘をついてはいかんのじゃ! 嘘をついたらあれがあれなのじゃ!」

「アレンさん大変です。ココちゃんが限界みたいです」

「大丈夫だろ。ここの竜は富嶽竜みたいな体力バカじゃねえ。一瞬で終わらせてやるから安心しろ」


 既に一度ここの竜を倒しているアレンは事もなくそう言い、三人は闘技場の中へと入っていった。



「一瞬で終わらせる? ──バッカじゃないの」


 闘技場内、観客席に踏み入れたアレンたちへ降りかかったのは、女の冷たい罵声だった。

 女はボロボロの観客席から立ち上がり、更にまくし立てる。


「ベーメルから伝わってるわ。あんたの成長、連れの魔法が強力な事。竜は同じ世界に棲んでるのよ? そんなの対策してるに決まってるじゃない。しかも何よ、まだ子供じゃない。あんたの甘い考えで未来ある子供まで殺す気? さっすが、バカの行動は想像を超えてくるわね」

「おう。久しぶりだなアンジェ。あいにくだが、それでも俺は一瞬で終わらせる」


 アンジェ――正しくはアンジェリカ・インザパスト。かつて闘技場に棲んでいた竜と縁のある人物だ。きつめにも見えるが整った顔立ちで、赤みの強いオレンジ色の長い髪は炎のように美しい。

 しかし、口の悪さ、話す内容に対する危機感より、少女と幼女にとってアンジェにはもっと明確なインパクトがあった。

 即ち。

 アンジェはアレンを超えるほど長身で。

 ドカンと擬音が聞こえそうなほどの巨乳で。

 その南半球が覗くほど丈の短いタンクトップ姿で。

 ウエストはきゅっとくびれ、縦長のかわいいおへそは丸出しで。

 えっ、そんなのどこで売ってるんですかと尋ねたいホット過ぎるホットパンツで。

 ピンと上を向いた大きな丸いお尻の半分も隠せておらず。

 あとは延々と果てしなく長い脚が続いている。

 つまり。


「アレンの好み全部乗せじゃ――――――ッ!!」


 ココは目を丸くして叫び、ショコラはぽかんと口を開けたまま完全に停止していた。

 驚嘆の叫びが闘技場内に反響を繰り返したのち、アンジェは戸惑った様子で尋ねる。


「えっ、ちょっとこの子何言ってるの? あんた説明しなさいよ」

「すまねえ。こいつ疲れてるんだ」

「いやいやいやいや!」


 ココはアンジェのすぐそばまで駆け寄った。至近から信じがたいものを見る目でアンジェを見上げ、その周りをぐるりと周り再び叫ぶ。


「完璧じゃ! 完全に一致というやつじゃ! アレンの言っておった好みのタイプそのものじゃ! しかもえっろいの! どすけべなのじゃ!」

「はぁ!? 何よそれ、どういう事!? ちゃんと説明しなさいよ!」

「だからこいつ疲れてるんだって。あとえっろい格好してるのは事実だろ」

「鼻息荒げて元気いっぱいじゃない! あとそっちの子、さっきから魂抜けかかってるけど大丈夫なの!?」

「……分かった。ちょっと二人で話そう」

「えっ、ちょっと何――」


 戸惑うアンジェを担ぎ、アレンは反対側の観客席まで跳んだ。

 要するにココとショコラから逃げた。


「見たか見たじゃろ見たに決まっておる! 本物じゃ、本物がおったのじゃ!」


 置いていかれたココは興奮冷めやらず、完全に停止しているショコラをがくんがくんと揺さぶり訴えた。


「……あれ? 私、どうしてこんなところに……?」

「しっかりするのじゃ! アレンの好みそのものなのじゃ!」

「えっ? 何がですか? ……あっ、ココちゃん疲れてるんですね。今回復魔法を――」

「待て待て待て待て! 私もびっくりじゃが、おぬしびっくりし過ぎじゃろ!?」

「……アレンさんはどこへ行ったのでしょう? ココちゃん知りませんか?」


 きょろきょろと辺りを探すショコラを見て、ココは悟った。

 どうやらショコラは完全に見なかった事にしたらしい。どういう理由かは分からないが。


「人間とは器用なものじゃの……」

「困りましたね。アレンさんがいません……」



 一方その頃、アンジェはアレンから説明を受け、渋々と頷いた。


「あんたほんとバカね。ま、私が魅力的なのは揺るぎない事実だし? 今回だけは話を合わせてあげる。だけど次はないわよ。分かってるでしょうね」

「すまねえ。恩に着る」



 そして。


「あっ、アレンさんが戻ってきました」

「ショコラ、気をしっかりもつのじゃぞ! また固まってはいかんのじゃ!」

「だからそれ、何の話なんです?」

「おう、待たせたな」


 反対側から跳んできたアレンは、小柄な赤い髪の少女を抱えていた。

 アレンから離れた少女は不機嫌そうに腕を組み、ココとショコラに言う。


「初めまして。ここの竜を管理してるアンジェよ」

「初めまして。ゼニア王国からきましたショコラです」

「いやいやいやいや」


 いろいろと小さくなったアンジェの周りを再びぐるりと周り、ココはツッコむ。


「何をしれっとやり直しとるのじゃ! 全体的にちっちゃくなっとるではないか!」

「……何がよ。私は初めからこう。生まれた時からこの姿。何よ、文句でもあるの」

「アリアリのアリじゃ! アレン、どういう事なのじゃ!?」

「何がだ。これから竜と戦うってのに騒がしいぞ」

「ええぇ――――――っ!? いや、確かにまたショコラが固まったら困るがの、何か説明があってもよいのではないか!? そもそもどうやって姿を変えたのじゃ!」

「うるっさいわね! 魔法よ魔法! 魔族にだって姿を変えられるやついるでしょ! そういう事! はいこの話終わり!」

「ぐぬぬぬぬ……!」


 アレンとアンジェは完全にしらを切るつもりらしい。ショコラは記憶を全消ししている。ココがどう騒いだところで真実は闇の中だ。


「生まれた時からこの姿って、そんな訳ないじゃろ……! 雑な騙し方が余計にムカつくのじゃ……!」

「あの、ココちゃんさっきからどうしたんですか……?」


 心配するショコラにアレンはさらりと告げる。


「疲れてるんだろ。戦い自体は俺が一瞬で終わらせるが、ちゃんとココを守ってやってくれ。頼んだぞ」

「はいっ!」


 理不尽である。理不尽極まっている。しかしココにはどうしようもない。


「大人は汚いのじゃ……!」


 ココは一つ世の中の厳しさを知った。

 そして、次なる竜との戦いが始まる。

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