特別な依頼
ココとショコラの心配をよそにアレンはそのままずるずる引きずられ、着いたのがタクミの営む武具屋だ。
未だ目覚めぬアレンをベッドに放り捨て、タクミは階下の工房に下りた。丸いテーブルを囲みココとショコラがお茶を飲んでいる。タクミが用意したものだ。
「お待たせしたね。改めて、初めまして。ショコラさん」
「初めまして、タクミさん。さっそくなんですけど、ずっと気になってた事があるんです。タクミさんは、どうして私の事知ってたんですか?」
タクミは向かいに座り、ショコラの顔を深く見つめて微笑む。
「ショコラさんはきっと自分で思っているより有名だよ。転生魔法を使える人はごく限られているし、何より、魔法の手帳でね」
「……そうなんですか?」
「ショコラは有名人だったのかの?」
「有名だよ。国を超えるレベルでね。転移魔法もそうだけど、ショコラさんが作る魔法はどれも非常に高位なんだ。歴史的に言えば……そう、伝説の魔法使い、メリッサと並ぶほどに」
「む。ものの本に書いておったぞ。父上を倒した勇者一行の魔法使いじゃな」
「そう。よく知っているね」
「ほえぇ……」
どうやらショコラに自覚はなかったらしい。褒めちぎられているのが恥ずかしいのか、ショコラは赤くした頬を手で隠した。
「そ、そうだったんですね。それでココちゃんの封印解除だったんですね。ごめんなさい、期待に沿えなくて……」
「ははは。勝手にお願いして申し訳なかったよ。だけど、アレン君に協力してくれて本当にありがとう。この恩は、必ず」
「ちょっと待てちょっと待て」
二人に待ったをかけ、ココは言う。
「何で私の封印解除が失敗だった前提で話が進んでおるのじゃ。成功してこの程度だったとは思わんのか?」
「いや、それはない」
「そんなはずないんです」
タクミとショコラは声を合わせて断言した。二人は互いに譲り合うように目配せをし、結果タクミが説明を始める。
「ココちゃん――あえて魔王とは呼ばないけど、きみのオーラはとても濃いんだ。広くはないが、とても濃い。しかしそれが何らかの方法で封じられている。客観的に見れば分かるんだよ、はっきりと」
「そうなんです。例えば、私の秘密の島で火球を投げてましたよね。あれ自体はすごく初歩的な魔法なんですけど、ココちゃんのオーラの濃さからすればもっと強力な威力になるはずなんです。だから、まだ私の知らない方法で封印が施されてるんですよ」
「そ、そうなのかの……?」
意外にも切迫して訴えられ、ココは顔を強張らせ身を引いた。過度に期待されているようで困惑したのか、急いで話題を変える。
「そんな事よりじゃ。私も考えてみればおかしな事を思い出したのじゃ。タクミ、おぬしアンジェと賭けをしておったの? それはいつじゃ? 私達より先に闘技場におったのかの?」
「いや、違うよ。アンジェの方が僕のところに来たんだ。彼女も転移魔法を使える数少ない一人なんだよ」
「あー。なるほどの。そういえば魔法を使えるような事を言っておったわ」
「そうでしたっけ……?」
どうやらショコラの記憶はその辺りも曖昧らしい。ショコラが虚ろな目をしだした時、不意にタクミは立ち上がった。
「アレン君が起きたみたいだ。ちょっと話をしてくるよ」
そう言い残し、タクミは二階へと上がっていった。それを見送ってしばらく、ココはショコラに耳打ちをする。
「どんな話をするんじゃろうの?」
「知らない方がよさそうですよね……」
「しかし聞いてみたいの?」
「偶然ですね。私もです」
ココとショコラは頷き合い、テーブルを離れ、こっそりと階段を上がっていく。
目を覚ましたアレンの目に映ったのは、見慣れた天井だった。
故郷の村を魔族に滅ぼされてからあと――ここはずっとアレンの部屋だった。
「やあ、アレン君。おはよう」
「……金ならねえって言ってんだろ」
「ないなら作ってもらおうというだけの話だよ。幸いにもこの街には冒険者にうってつけの稼ぎ場所がある」
「ギルドのショボい依頼を受けろってのか? ふざけんじゃねえ。そんな事してる暇はねえんだよ」
ベッドから下りたアレンは身体をぐっと伸ばした。もう体調は万全らしい。
「大切なのは約束を守る事だよ。アレン君がこれから生きていく上で、とても大切な事だ」
「別に今じゃなくたっていいだろ!? また魔王城に行って、いろいろ片付けて、それからでもいいじゃねえか! 一度通った道だ、すぐ終わる!」
「同じ道ではないよ。たとえ一度辿った道だとしても、決して同じ道ではない。本当は分かっているんだろう?」
アレンは口を開き、しかし何も言えずに目を逸らした。いつも微笑んでいて、それでいて何もかも見通しているような目が気に食わない。
「僕はアレン君がいつだって正しい判断を下せる人間だと信じているよ」
「うるせえ! 要は今日中に金を返せばいいんだろ!? 回りくどく説教臭え事言ってんじゃねえよ!」
アレンが吠え、しかしタクミは微笑みを崩さない。
「その通り。では今すべき事を考えようか。こうしているあいだにも今日は擦り減っている訳だけど」
「うるせえうるせえうるせえっ! 分かったつってんだろっ!」
幼い子供のようにアレンは叫び、バタンと扉を開けた。
そこにはココとショコラがいた。二人とも気まずそうな顔をしている。
「……お前らそこで何してる」
「えーっと、何じゃったかの?」
「……アレンさんが、心配で?」
「そうじゃ。おぬしが心配でな」
「目の前で口裏合わせしてんじゃねえよ! ……まったく」
ため息をつき、アレンは二人の頭をぽんと叩いた。
「お前らはここで待ってろ。ちょっと出掛けてくる」
「ギルドとやらに行くのじゃろ? 私も一緒に行くのじゃ」
「わっ、私も行きます!」
「付いてくんな! すぐ帰ってくるからここで待ってろ!」
ココとショコラを部屋の中に押しやり、アレンは早足で階段を下りていった。
「タクミよ、私らは待っておった方がよいのかの?」
「きみ達はどうしたいのか。それが答えだよ」
「じゃあもう少しだけ休んで、それから追いかけませんか?」
「そうじゃな。ところで私はお腹が空いておる。ぐーぐーなのじゃ」
「ははは。実はちょうどケーキを焼いてたんだ。一緒に食べよう」
「ケーキ!? ケーキじゃと!? ひゃはー!」
ココは目を輝かせ、一目散に階段へと駆けていった。
一方その頃、アレンは早くもギルドに着いていた。急ぐのも無理はない、タクミは期日こそ今日中と決めたが、期日を破った場合については触れなかった。
アレンは経験から学んでいる。そういう時のタクミが一番怖い、と。
だからアレンは昼間でも薄暗いギルドに入るなり叫んだ。
「今日中に稼げる一番デカい仕事をくれ!」
「あら、アレンじゃない。久しぶりね」
怪しい雰囲気に似合わず、透き通った声で返したのはギルドの女主人、ティヌだ。
この国の生まれではないらしく、黒髪を横に二つお団子にして結っている。アオザイに似た空色の民族衣装をいつも着ており、深いスリットからはきれいな脚が覗いているはずだが、カウンター越しではそこまで見えない。
「手短にいこう。あるか?」
「もう、せっかちなんだから。大きな仕事ならあるわ。だけど今日中に片付けられるかはアレン次第ね」
「だったら問題ねえ。内容は?」
「お隣、アクアリステ周辺で魔族の退治。これまで八人の冒険者が引き受けて帰ってきてないわ。私の情報ではそろそろ騎士団が動くわね」
「最高のタイミングだな。その魔族の特徴は?」
「手配書があるわ」
ティヌはカウンターの下から一枚の羊皮紙、手配書を取り出し、カウンターに置いた。手配書を手に取り、アレンは声を漏らした。
「……マジかよ、四天王じゃねえか」
四天王とは魔王城で連戦した。理由は分からないが地上に下りてきたらしい。
「あら、お知り合い?」
顔を覗き込んできたティヌにアレンは言う。
「依頼は退治限定か? 人間を襲わないようにさせるじゃだめか?」
「ふぅん、おもしろい事言うじゃない。そんな事ができるのならそれでも構わないわ。その依頼、私が出したものだから」
「ありがとう、助かる!」
アレンは勢いよくギルドを飛び出していった。
握られた手配書に描かれているのは、ネコ耳がピンと伸び、八重歯を覗かせて笑う少女だ。
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