四天王

 アクアリステ王国は水の豊かな美しい国だ。

 上流から流れる大きな川から水を引き、移動や運搬の手段として、また観光にも利用している。川はベーメルの山の東を通り、ゼニア王国の国境にもなっている。

 アレンが猛ダッシュで向かったのは川の流れる東側だ。

 理由は特にない。アクアリステ王国周辺に四天王の一人が現れるなら、ぐるりと一周すれば鉢合わせるだろう。そんな考えである。

 バカげた体力に任せたあまりにも雑な方法だが、意外にもこれがうまくいった。

 単に運がよかった訳ではない。

 不器用ゆえにオーラを隠せないアレンを、オーラの探知に優れた四天王の一人がアレンを探していたからだ。

 そう、四天王の一人――サーニャはアレンを探していた。


「にゃにゃにゃ~っ!」


 短い黒髪にピンと伸びたネコ耳、口を閉じても覗く八重歯。ほどよい大きさの胸に赤い布を巻き、土色のショートパンツを履いている。

 見た目は活発な少女だが、まぎれもなく魔族。それも四天王の一人だ。


「とうとう見つけたにゃ! 我が永遠のライバル、アレンっ!」

「ちょうど俺も探してたとこだ! まさかこんなに早く会えるとは思わなかったぜ!」

「…………にゃ? 何か私の知ってるアレンと違うにゃ」


 サーニャは不思議そうに首を傾げた。

 アレンとサーニャ、実はこれまでに何度か戦っている。

 一度目はアレンが瞬殺した。

 二度目は二太刀に斬って捨てた。

 三度目は「お前めんどくせえな!」と言い放った。もちろん倒した。

 四度目は「うぜえええええええ!」と心底ムカついた。気付いたら倒していた。

 そんなこんながあった上での、五度目である。

 一定の距離を保ち、アレンは嬉しそうに言う。


「聞いてくれ! 今ココと一緒にいるんだ! あいつは人類と魔族の争いを止めたがってる! お前も協力してくれるよな!?」


 四天王は魔王に忠誠を使っているはずだ。ゼファルがどういう理由で争いを始めたのかは分からないが、同じ四天王であるゼファルの命令より魔王の勅命が優先されるに決まっている。

 と、アレンは思っていたが。


「ココって誰にゃ?」

「いや、ココはココだよ。魔王ココ。知ってるだろ」

「あーっ、思い出したにゃ! 魔王様のおチビちゃんにゃ! でもおチビちゃんは魔王様じゃないにゃ? お前何言ってるにゃ」

「…………はぁ?」


 話が噛み合っていない。なぜなのか。

 ココの父、伝説の魔王が死んだのはサーシャも知っているはずだ。知らないはずがない。魔王が死ねばすべての魔族は力を失うのだから。

 しかし伝説の勇者がココの命までは奪わなかったから、ココの目覚めと共に魔族が再び活発化した。

 ここまで考え、アレンは気付いた。


「……もしかしてお前、伝説の魔王が蘇ったと思ってる?」

「そうにゃ! 魔王様、蘇ったにゃ!」


 魔族だが、嬉しそうな笑顔が眩しい。

 しかしアレンはそんな事で躊躇わない。バッサリと真実を告げる。


「バーカ! その魔王は死んだわ! 今はその娘のココが魔王なんだよ! で、そのココが争うのやめようって言ってるっての!」

「そんな訳ないにゃ! 魔王様は蘇ったにゃ! ゼファルがそう言ってたにゃ!」

「ゼファルが言ってた? やっぱりな、お前その蘇った魔王と会った事ないだろ! 全部ゼファルの嘘だよ!」

「にゃ、にゃ、にゃ~~~~っ!」


 顔を赤く染め怒りを露わに、サーニャは四足でアレンに突撃した。

 爪がサーベルのように伸び、アレンの喉を狙う。


「おい! ちょっとは話を聞けよ!」

「やかましいにゃっ! 魔王様は蘇ったのにゃ! 嘘ついてるのはアレンの方にゃ!」

「聖なる攻撃でとどめを刺されたら魔族は生き返らねえ! お前だって知ってるはずだろうが!」


 剣を抜き、アレンは長く鋭い爪を振り払う。

 サーシャの爪は片手四本、両手で八本。

 しかし、人間が手に着け武器にする鉄爪と考えてはならない。

 なぜなら八本の指は、自在に動く。


「それでも蘇ったのにゃ! そんな嘘許さないにゃ!」

「話の通じねえやつだな!」


 怒涛の連撃を人間離れした剣さばきで凌ぎかいくぐり、アレンは渾身の掌底を放つ。後方に吹っ飛んだサーニャは器用に空中で一回転、着地して再びアレンに突撃する。


「『俺に近寄るな』ッ!」

「にゃっ!?」


 突き出した剣から稲妻を放ち、サーニャの動きを止めた。全身が痺れ、前のめりに倒れたサーニャの頭のすぐ隣に剣を突き刺しアレンは言う。


「お前がバカなのはよく知ってる。だが今は話を聞け」

「……うる、さい、にゃっ! お前と話す事なんてないにゃ!」


 動けないサーニャの長く鋭い爪、その片手分をアレンは踏み砕いた。


「認めたくねえが俺もバカだからな、どう説明すればいいか分からねえ。だがお前の知ってる魔王は死んだ。今はココが魔王だ。それだけは確かだ」

「そんな訳ないって言ってるにゃ! 魔王様は生きてるにゃ! 絶対に絶対に生きてるにゃ!」


 いつ倒されても仕方ない、それこそ聖なる攻撃でとどめを刺され、殺されてもおかしくない状況で、しかしサーニャは悲痛な声で叫んだ。

 対し、アレンもまた声を張り上げる。


「魔王は死んだ! 魔王の間に辿り着いた時、伝説の魔王の肖像画が玉座の後ろにあった! 玉座に座ってたのはココだったんだ! ……何なんだ、どうしてそこまで伝説の魔王にこだわるんだ!」


 サーニャは嗚咽を漏らし、目に涙を浮かべた。


「嘘にゃ……全部嘘にゃ……っ!」

「嘘じゃない、お前はゼファルに騙されてる。ココだって父親が死んだ事を知ってる。信じたくねえなら仕方ねえ、お前をココのところまで連れていく。会えば嫌でも分かるだろ」

「やかましいにゃっ!」


 バネのように跳ね起きたサーニャの爪がアレンの頬を掠る。思っていたより回復が早い。以前よりも早くなっている。


「分からねえやつだなっ!」


 剣を使わず、アレンはあえて殴り返した。振り下ろし気味の拳がサーニャを再び地面に叩きつける。睨むサーニャ、アレンの頬から赤い血が流れる。

 次の攻防まで寸瞬――その時。


「アレン、差し入れじゃ! 甘くておいしいケーキ……むむ?」

「タイミングが悪かったでしょうか……?」


 すぐそばにココとショコラが現れた。ココはケーキを載せた皿を手にしていた。

 便利な事に、アレンにとっては時に厄介に、ショコラの転移魔法はアレンのそばといった不特定な場所へも転移できる。


「いや、ちょうどよかった」


 ココとショコラの前に立ち塞がり、アレンは言う。


「サーニャ、分かるな? ココがここにいるってのがどういう事か」

「……おチビをさらうとは卑怯なやつにゃ!」

「違うだろ! 現実から目を背けてんじゃねえよ!」

「待て待て、話が見えんのじゃ! 二人とも落ち着くのじゃ!」


 訳が分からないココに触れながら、ショコラは静かに絶対防御のページを破った。



 サーニャに関節技を極めながら、アレンは事の流れを説明した。

 差し入れだったはずのケーキをまくまく食べていたココは状況を理解し、即座にツッコむ。


「はぁ!? じゃあなぜ初めっから私を連れていかんのじゃ!」

「お前連れてどうやってここまで来るんだよ。俺がどんな速さでここまで来たと思ってんだ」

「ギブギブ! ギブにゃ!」


 アクアリステ東国沿いであるここに来るまで、アレンはサクッと一山超えている。のんびりとはいえココとショコラがケーキを食べているあいだにだ。


「それもそうじゃの……。しかしよくやったのじゃアレン! サーシャとやら、もちろん私を知っておるな!?」

「ギブって言ってるにゃーっ!」

「アレンさん、そろそろ放してあげたほうが……」

「おっ、そうだな」


 アレンが技を緩めるとサーニャはすぐに跳び起きて距離を取った。シャーッと威嚇したあと、ハッと思い出したようにココを見つめ目を輝かせた。


「おチビちゃん久しぶりにゃ! おっきくなったにゃ!」

「すまんの、私が覚えておらんで……」

「仕方ないにゃ。一回しか会ってないし、その時おチビは赤ちゃんだったにゃ」

「うむ。ところでアレンの言う通り、私は魔族と人類が争うのを望んでおらん。だからおぬしも人里を襲ったりしないでほしいのじゃ」

「……魔王様が死んだのは、本当なのかにゃ?」


 声を落としたサーニャに、ココは俯いて答える。


「真実じゃ。父上は……父上は伝説の勇者によって討たれた。ゼファルから聞いた話じゃから、もちろんゼファルも知っておる。そして至らぬ身ではあるが、今は私が魔王じゃ。そして争う事を望んでおらん。分かってほしいのじゃ」

「そうだったんだにゃ……魔王様……」


 サーニャは天を仰いだ。魔王城を見上げたか、あるいは。


「おチビちゃん、元気で何よりにゃ。こんなに大きくなって、とっても嬉しいにゃ。強い子に育って、とってもとっても嬉しいにゃ」


 再びにココを見つめ、アレンを見遣り、またココを見つめて屈み、サーニャは泣きそうに微笑んで腕を広げた。

 ココはアレンを見上げた。アレンが小さく頷くと、ココはゆっくりと歩み、サーニャのそばに立った。

 優しくココを抱きしめ、サーニャは涙をこぼした。


「だけど、どうしたらいいか分かんないにゃ。おチビちゃんがそう思うなら私も手伝いたいにゃ。だけど魔王様を殺すなんて許せないにゃ。仇を討ちたいにゃ」

「だめじゃ。絶対に許さぬ」


 サーニャを抱きしめ、ココは屹然と断じた。


「争いが争いを生む。魔族と人類の争いはもう終わりじゃ。私の代で終わらせるのじゃ。人間の寿命はとても短い、父上を討った勇者もとっくに死んでおる。これからは平和に暮らすのじゃ。魔族と人類が手と手を取り合い、生きてゆくのじゃ」


 サーニャは嗚咽を漏らし、肩を小刻みに震わせた。


「分かったにゃ。人間を襲ったりしないにゃ。だけど、一つだけお願いがあるにゃ」

「何じゃ、言うてみるがよい」

「アレンだけはいつかぶっ倒したいにゃ。アレンは私のライバルなのにゃ」

「分かった認めよう」

「いや認めるなよ!」


 アレンのツッコミにも振り向かず、ココはサーニャの髪を撫でる。


「だから、おぬしにも協力してほしいのじゃ。天空城へ戻り、ゼファルに問い質したいのじゃが戻る手段がない。おぬしは天空城から来たのであろう? ならば戻る方法もあるはずじゃ。私達も一緒に連れていってくれんか」

「戻る方法、にゃ?」


 立ち上がり、今度は逆にサーシャがココの髪を撫でる。


「そんなの簡単にゃ!」


 嬉しそうに笑い、サーニャはそう言った。

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