魔王城へ戻るという事

 魔王城に戻るのは簡単。

 そう言ってサーシャはすごい勢いでどこかへ行ってしまった。


「……どこへ行ったのかの?」

「空を飛べる大きな魔族を待たせてあるとか、魔王城へ転移できるアイテムがあるとかでしょうか? すごく興味深いです!」

「このタイミングで逃げる理由もないしな。そのうち戻ってくるだろ」



 そして待つ事、しばらく。

 サーニャはまたすごい勢いで戻ってきた。


「はいにゃーっ!」


 そのまま高く跳び、アレン達は揃って見上げた。

 やがて落ちてきたサーニャは地面すれすれでくるりと一回転、すとんと着地した。かなり助走をつけていたのか、額の汗を拭って笑う。


「だめだったにゃ!」

「何がじゃ」

「届かなかったにゃ!」

「どこに?」

「天空城に!」

「アホか――――――ッ!」


 ココは盛大にツッコんだ。

 何がおもしろいのか、楽しそうに声を上げて笑うサーニャを指さし、ココはアレンに訴える。


「アレン! こいつアホじゃぞ! 戻る方法も考えんと下りてきとるぞ!」

「その発想はなかったな。……俺ならいけるか?」

「まさかの同レベル――――――ッ!?」

「いや、冗談だよ……」


 何がツボにはまったのか、笑い続けるサーニャを横目にアレンは言う。


「知ってる。こいつはアホだ。おいサーニャ、お前どうやって地上に下りてきた?」

「にゃはははははっ! えっ、アレンが逃げたって聞いたから下りてきたにゃ! 思ったより高くてしばらく動けなかったにゃ! にゃははっ!」

「すごく……残念です……」


 魔王城へ行く方法がなかった事か、サーニャの事か、あるいは両方か。ショコラは大きなため息をついた。

 ココもショックが大きかったらしく、どんよりと沈んだ声で呟く。


「……魔族はアホばっかりなのかの……?」

「そう落ち込むな。こいつが特別アホなだけだ。それより、早いとこゼニア王国に戻ろう。こいつをギルドに連れていけばタクミに金が返せる。そうすりゃ晴れて自由の身だ」

「む、そうじゃな。帽子でも被せておけば魔族だとバレんじゃろ」


 ココはくるくると人差し指を回し、サーニャの頭にぽすんとネコ耳の付いた黒いニット帽を落とした。サーニャは帽子を手に取り眺め、嬉しそうに深く被った。


「おチビちゃんすごいにゃ! 何これ魔法!? 魔法かにゃ!?」

「その流れは前にやったからスルーじゃ。ショコラ、転移魔法を頼む」

「はいっ!」



 こうしてアレン達はサーニャを連れ、ゼニア王国首都のギルドに戻ってきた。ココとショコラを待たせ、サーニャを連れてギルドへ入った。

 ギルドには冒険者らしき男達がぽつぽつといたが、誰もサーニャの方を見ようとない。

 薄明りの中、カウンターに肘をついたティヌにアレンは耳打ちする。


「このネコ耳がティヌの言ってた魔族だ、間違いないな」

「にゃ! 私もう人間襲ったりしないにゃ!」

「バカ、声がでけえよ」


 アレンに口を塞がれたサーニャを、ティヌは舐めるように見つめた。


「間違いないわ。ありがとう、アレン。これは報酬よ」

「おう。……助かったぜ」


 ティヌから受け取った包みを検め、アレンは頬を緩めた。

 氷を浮かべたお茶をカラリと鳴らし、サーニャを深く見つめながらティヌは尋ねる。


「サーニャ、あなたを追ってたはずの人間が何人かいたはずなの。その人達はどうしたのかしら」

「騎士団はいっぱいで来るから卑怯にゃ! あんなのフェアじゃないにゃ!」

「そう、分かったわ。これからも人間を襲わないで。あなたじゃなくアレンが大変な目に遭うかもしれないわ」

「にゃ! アレンを倒すのは私にゃ!」

「いや俺は関係ねえだろうがよ!」

「私から派遣した冒険者とは戦ってもないみたいね。見つけられなかったか、しっぽを巻いて逃げたか……。どちらでもいいわ」


 アレンに目を遣りティヌは言う。


「この子に人間を襲わせないようにさせる、が条件だったはずよ。あなたが保証してね。仕事柄、魔族は好きじゃないの」

「……おう、分かった。じゃあまた、そのうち」


 サーニャを連れて出ていくアレンに、ティヌはひらひらと手を振った。



 ココとショコラはおとなしく外で待っていた。出てきたアレンを見るなり、ココは言う。


「アレン、どうしたのじゃ。顔色が悪いのじゃ」

「何でもねえよ。それより早くタクミのところへ行こう。ショコラ、転移魔法を頼む」

「ここからですか? あの、申し訳ないのですが手帳のページも無限ではないので、近くなら歩いていった方が……」

「そうだな、じゃあ歩くか。俺は早く借りを返したいからサーニャと一緒に先にいく。場所は分かるよな」

「ここからまっすぐ西じゃろ? それぐらい覚えておるのじゃ」

「おう。じゃあタクミのとこで待ってる」


 そう言い残し、アレンはサーニャの手を引き足早にタクミのもとへ向かった。

 ココとショコラも遅れて向かい始める。


「アレンは何を慌てておるのかの? 日没までまだ遠いじゃろうに」

「慌ててるというか、急いでたような気がしますね。ギルドで何かあったんでしょうか」

「もしや、サーニャと内緒の話があるのかの。気になるのじゃ」

「二人だけの秘密の話……! こっ、これはあとでちゃんと教えてもらわないとだめですね!」

「う、うむ。そうじゃの」


 意外にも鼻息荒く食い付いたショコラにココは若干ヒキ気味だ。


「アレンさん、もしかしてどちらかと言えば魔族が好きだったりするんでしょうか……!」

「おぬしは何を言っておるのじゃ?」



 それからしばらくして、アレンとサーニャはタクミの武具屋に着いた、のだが。


「こっ、ここに入るのは無理にゃ! 逃げないからここで待ってるにゃ!」

「うん? お前が逃げるとは思ってねえが。何だ? ここって結界とか張られてるのか?」

「そうじゃないにゃ! 異様に強い匂いがするにゃ……! 怖いにゃ!」

「タクミが怖くて俺は怖くねえのかよ! まあいい、そこで待ってろ」


 入るのを頑なに拒んだサーニャを置き、アレンは一人タクミの武具屋へと入っていった。残されたサーニャは少しずつ離れていく。


「この匂い、覚えがあるにゃ……?」



 煌めく武具を並べた店内を通り、勝手に作業場に入ると、タクミは丸いテーブルでひとりお茶を飲んでいた。


「やあ、アレン君。思ったより早かったね」

「おう。これで借りはなしだ」


 ギルドの報酬から借りた分だけを抜き、アレンはテーブルに置いた。タクミは確かめもせず革エプロンのポケットに入れ、アレンの分のお茶を淹れる。


「ありがとう。今一度、アレン君が約束を守れる人間かどうか確かめたかった。疑っていた訳じゃないけど、すまないね」

「やっぱりティヌとグルだったんだな。目的は何だ?」


 都合のよ過ぎる仕事があった時から、違和感はあった。

 報酬は破格、アレンにとっては簡単、しかも魔王城へ帰る方法を知る可能性がある四天王だ。さすがのアレンもおかしいとは思っていた。

 腰掛けたアレンは出されたお茶に手を付けず、タクミを睨む。対しタクミはいつもの微笑みを崩さない。


「アレン君もよく分かっていると思うけど、人類と魔族のあいだには大きな壁がある。だけどココちゃんとの約束は必ず守ってほしい。きみの目的はよく分かっている、だけどそれとこれとは別の話だ。違うかい」


 アレンが鍛錬に励み、魔王城へ向かった理由は、故郷を奪った魔族への復讐だ。

 しかし人間と魔族が共存できる世界にしようと、ココと約束もしている。

 アレンは吐き捨てるように言う。


「余計なお世話だな。俺はお前のそういうとこが昔っから嫌いだ」

「分かっているよ。きみは正しい決断ができる人間だと信じている」


 アレンは応えず、お茶を一気に呷って立ち上がった。

 作業場から出る前に立ち止まり、背を向けたままアレンは尋ねる。


「……俺とお前、そんなに差があるのか?」

「ははは。そんな事はないよ。僕もきみと同じ、弱い人間だ」


 舌打ちし、今度こそアレンは武具屋から出た。

 ココとショコラはまだ見当たらず、ついでにサーニャも見当たらない。


「……ああもう、めんどくせえなッ!」


 難しい事を考えるのは苦手だ。だからアレンは大声で叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る