青水晶の洞窟へ向けて

「来たにゃアレン! 今度こそ決着にゃ!」

「うるせえ!」

「にゃっ!?」


 タクミの武具屋から南に広がる平原にサーニャはいた。タクミの匂いから逃げるうちにここまで来たらしい。わざわざ探しにきたアレンのツッコミは激しく、拳を打ち下ろしてサーニャを地面に縫い付けた。

 しかしサーニャは魔族の中でもずば抜けた体力の持ち主だ。すぐに回復し跳び起きる。


「何でにゃ! おチビはアレンとだけは戦っていいって言ってたにゃ!」

「そんなもんは全部片付いたあとにしろ! お前の相手してる暇なんてねえ!」


 サーニャを肩に担ぎ、アレンはタクミの武具屋へとずんずん戻っていく。タクミに用はないがココとショコラとの待ち合わせ場所だ。仕方ない。


「じゃあサクッと終わらせるにゃ! そういえば、アレンはどうやって天空城へ来たのかにゃ?」

「竜族の力を借りてだ。だからこれから次の竜のとこへ向かう。お前も付いてくるんだぞ」

「おチビが一緒なら私も一緒にゃ。おチビを守るのにゃ!」

「おう、それならショコラで間に合ってるぞ。絶対防御っていうどんな攻撃も通さない最強の防御魔法がある」

「にゃ……? あの子そんなにすごいのかにゃ?」

「魔法の事はよく分からねえが、すごいと思うぞ。俺の攻撃も通らねえし、攻撃魔法も強い。お前なんか相手にならねえぞ」

「にゃっ! そんな事ないにゃ!」


 バタバタ暴れだしたサーニャをアレンは前方へとぶん投げた。サーニャはくるりと回って着地し、アレンに詰め寄る。


「あの子そんなに強い匂いしないにゃ! 絶対私の方が強いにゃ!」

「知らねえよ、魔法使いだからじゃねえか? 人間の魔法使いは素質もあるけど勉強できるやつだからな。俺みたいな鍛え方とはまた違うんだろ」

「そうなのかにゃ? まあいいにゃ。おチビを守ってくれるならそれでいいにゃ」



 雑談しながらタクミの武具屋のそばまで戻ると、ココとショコラが壁に背を預けてちょこんと座っていた。アレン達に気付いたらしく立ち上がった二人に、アレンは手招きをした。サーニャが近寄ろうとしないからだ。

 駆け寄ってきたココはぷんすか怒っていた。


「どこに行っておったのじゃ! ちょっと不安になったではないか!」

「サーシャがタクミが怖いからって逃げたんだよ。それで捕まえてきた」

「怒ってるおチビもかわいいにゃ~」


 サーニャは屈んでココのほっぺたをうにょーんと伸ばした。特に気にしないようでココは構わない。


「アレンを腹パン一発で失神させた男じゃからの……」

「うるせえ。街中で不意打ち食らうとは思わねえだろ」

「かわいいにゃ~」


 今度はココを高い高いしたが、やはり気にしないようだ。

 遅れてやってきたショコラが息を切らせて言う。


「置いてかないでくださいよぉ……。アレンさん、どこ行ってたんですか?」

「おう、すまなかったな。サーニャとちょっとな」


 その時、ショコラに電撃が走った。


「……サーニャさんとちょっと……!? えっ、ええっ? ちょっと何してたんですか!? それは聞いても大丈夫なやつですか!?」

「うん? 何でもねえよ。こいつがやりたいって言うから、また今度なって。それだけだ」

「………………えっ」


 ショコラは虚ろな目をした。どうやら思考停止したらしい。



 それからみんなでショコラに呼びかける事、しばらく。


「……はっ!? ここはどこ、私はショコラ……?」

「ようやく気付いたようじゃぞ。しかし、何がきっかけだったのかの?」

「さっぱり分からん」

「分かんないにゃ」

「一体何の話をされてるんでしょう……?」


 説明してもきっと埒が明かない。何よりまたフリーズしてしまう恐れがある。アレンは話を進める事にした。


「まあいい。ショコラ、さっそくだが転移魔法を使ってほしい。次の竜を倒しにいくぞ」

「はいっ! 今度こそ竜の力をゲット! ですね! どこへ行くんですか?」

「北の隣国アクアリステだ。お前ら俺を追って飛んできただろ。ここから歩くより断然早い」

「私とアレンが運命の再会をしたとこだにゃ」

「……運命の、再会……?」


 またフリーズしかけたショコラをココが膝カックンした。カックンされたショコラは我に返り、ココと手を繋ぎ、アレンと腕を組んだ。


「分かりました! サーニャさんはココちゃんと手を繋いでください!」

「はいにゃ!」


 サーニャがココを抱きしめ、ショコラはページを破った。



 転移した先はアクアリステ王国西側の国境沿いだ。大きな川が流れている。その向こうを指さし、アレンは告げる。


「この向こうに青水晶の洞窟がある。アクアリステの国内だが人里からは離れてるし、大丈夫だろ」

「何がにゃ?」

「お前がだよ! お前何でアクアリステにちょっかい掛けたんだよ!」

「アレンがどこにいるか聞こうとしただけにゃ……」

「それで、この川はどうやって渡るのかの?」

「うん?」


 横たわる川はとても広く、僅かに波打っている。流れも速い。向こう側にアクアリステの何らかの建物が見えているが、それがなければ海と見違えてもおかしくない。


「……泳ぐ、とか」

「出た! 雑アレンがまた出たのじゃ! 泳げる訳ないじゃろ!? それとも背負って泳いでくれるのかの!?」

「ぽーんと投げてー、向こうでキャッチするってのはどうかにゃ?」

「やめてください死んでしまいます。アレンさんに向こう側まで行ってもらって、それからまた転移しましょうか?」

「いや、さすがにそれは勿体ないだろ。ココ案を採用しよう」

「は??」



 そんな訳で、アレンとサーニャが泳ぎ、それぞれの上にショコラとココが乗っている状況だ。

 ちなみにアレンもサーニャも背泳ぎである。二人ぐらいになると乗っている人が落ちても気付かない可能性があるらしい。


「アレンさん、大丈夫ですか? 重かったりしませんか?」

「何でもねえよこれぐらい。どうした、不安か?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」


 ショコラは頬を赤くして目を逸らした。

 泳ぐ都合上、アレンは鎧と服を脱いでいる。さすがに下は穿いているが、上半身は裸だ。安定性を考えれば跨る方がいいが、ショコラにそれはできなかった。膝を揃え、ローブの裾が濡れないよう膝上で結んでいる。

 何であればココに水着を出してもらってもよかったのだが、それでアレンの上に乗るなんて事は絶対に無理だったのである。


「アレンさん、やっぱり鍛えてるんですね。すごく……硬いです……」

「おう。ほんとはある程度太ってた方が浮きやすいらしいんだがな。こんな状況は考えてなかった」

「私も考えてなかったですよ!」

「さっきから何をソワソワしてるんだ?」

「何でもないですっ!」


 顔を背けたままアレンの広い胸をぺちぺち叩き、その感触にショコラは余計に顔を赤くした。

 一方、並行して泳ぐサーニャは普段と同じ格好、即ち胸に布を巻き土色のショートパンツである。上に跨るココは白いセパレートの水着だ。帽子だけは被っているが、気分の問題なのかつばの広い白の麦わら帽にチェンジしている。


「サーニャよ、今思ったのじゃがの」

「何かにゃ? 何かにゃ何かにゃ?」

「こんなアホみたいな芸当ができるなら、私らを背負って向こうまでジャンプできたのではないのかの?」

「…………おチビちゃんすごいにゃ! 天才にゃ! さすが魔王様の娘にゃ!」

「天才のハードルが低過ぎるのじゃ!」

「でも、こうやっておチビとイチャイチャできるの嬉しいにゃ~」

「これはイチャイチャに入るのかの? じゃあアレンとショコラもイチャイチャしとるのかの」


 見れば、ショコラがアレンの胸をぺちぺち叩いている。


「……馬と人間、じゃな」


 ショコラは納得したように深く頷いた。

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