青く光る水の祠
アレン達が川を渡り切った先には、またしても草原が広がっていた。
先に町影が見える。しかしアレン達はそちらに向かわず、岩場を抜け、ゆるやかな崖を下り、小さな滝壺に辿り着いた。静かな滝の細かい水音、滝の裏にはぽっかりと大きな穴が透けて見える。岩場には色濃い苔が生している。
「美しいところじゃの……実に神秘的じゃ」
ほぅ、と熱い息を吐き、ココは景観に見入っていた。息を呑む絶景ではないが、心に何かを訴えてくる、そんな景色だ。
「俺もここだけはなぜか入るのを躊躇った。何でだろうな」
「すごく水の力が強いです……」
「何だか不思議な匂いにゃ」
しかし眺めてばかりではいられない。アレン達は滝壺に沿って歩き、滝の裏の洞窟の前に立った。滝の外から見るよりかなり広い。アレンを先頭に、ゆっくりと洞窟に入っていく。中にも水が流れている。
「すごいの……石が青く光っておるのじゃ。まるで地中の星じゃの」
洞窟の高い天井には無数の小さな青い水晶が星空のように輝いている。深く奥から水の落ちる音が響いてくる。
洞窟にはなだらかな階段が作られている。地中の宇宙のような空間をアレン達は深く潜っていく。
辿り着いたのは地中の滝壺だった。地下を流れ、地下に落ちる滝だ。滝壺から入り滝壺に至る、そんな入れ子構造にココは戸惑った様子だった。
とても大きいのに、不思議と大きな音はしない。水は静かに流れ落ちている。そんな滝壺のそばに腰掛けていたのは、顔まですっぽりとフードで覆った冒険者風の男だった。腰には剣を提げている。
アレンが近付いていっても身動き一つしない。
「シグマ、俺だ。起きてるか?」
「……その声はアレンか。どうした、忘れ物か」
シグマと呼ばれた男は顔を上げない。腰掛けた岩と一体化しているかのように、まったく動かない。
気にする様子もなくアレンは話しかける。
「そんなところだ。だからもう一度竜を呼び出してくれないか」
フードの男が初めて動いた。ゆっくりと右腕を上げ、フードに隠れた顔を撫でているようだった。パキパキと何かが割れる音がした。
「もちろん構わない。準備はできているか」
「ちょっと待っててくれ」
アレンが戻り、待っていたココ達に告げる。
「準備はいいか? これから竜を呼び出してもらう」
「ちょっと待つのじゃ。あの男はどうしたのじゃ? 大丈夫なのかの」
「ああ。シグマは前に来た時もあんな感じだったから問題ない。あいつ、魔族なんだよ。何でも伝説の魔王の指示に従わなかったらしくてな、それでここに隠れてるらしい」
「何じゃと!?」
「にゃにゃ!?」
驚く魔族二人にアレンは言う。
「そんな驚く事か? 竜は中立だし、さすがに俺も攻撃の意思のない魔族は襲わねえぞ」
「そういう事ではないのじゃ! おぬし、あの男をシグマと呼んだか!?」
「間違いないにゃっ! 忘れてたにゃ、これはシグマの匂いにゃ!」
そう叫んでサーニャはシグマのもとへ駆けていった。ココは腕を掴み、懇願するようにアレンを見上げた。
「すまんが、アレンとショコラはここで待っててほしいのじゃ。頼む」
「俺は構わねえが、どうしたんだ?」
「アレンさん」
振り向いたアレンに、ショコラは首を横に振る。ココの目は強く訴えていた。
「……ああ、分かった。準備が終わったら呼んでくれ」
「すまんの」
そう言って、ココもシグマのもとへと駆けていった。アレンの腕に手を当て、ショコラは言う。
「アレンさん、少し離れましょうか」
「そうだな。しかし、何の話なんだろうな?」
「きっと魔族のあいだにも複雑な事情があるんですよ」
アレン達が離れていく前から、サーニャはシグマの肩を掴み、身体をガクガク揺らしていた。割れる音がして、シグマの身体から砂が零れ落ちる。
それほどシグマはここを動いていなかった。
「シグマ! 私にゃ、サーニャにゃ!」
「サーニャ…………ああ、そうか。懐かしいな」
「懐かしいじゃないにゃ! お前今までどこ行ってたんだにゃ!」
「ずっとここにいた。魔王が倒れ、新たな魔王が生まれるまで、ずっと。……それより、お前こそどうして人間と一緒に」
「それは私から話そう」
シグマの手を取り、ココは厳かにそう言った。
そしてこれまでの経緯を話す。
ココが魔王である事、魔族と人類の争いを止めたい事、ゼファルが嘘をついていた事、その理由を確かめるために魔王城へ戻ろうとしている事。
魔王を討ちにきたアレンやショコラにその助けをしてもらっている事を話し始めたところで、シグマはフードの中から涙を落した。
ざらざらと砂が落ちる。シグマは肩を震わせていた。
「そうですか……! あなたは魔族と人類の争いを止めたい、と……!」
掛けていた岩から立ち上がり、シグマはココにひれ伏した。
「私も……私もそう願っておりました。人類を滅ぼし、世界を手に入れようなど愚行だと。争いの歴史を許し合い、共存していこうと! ……しかし私は魔王、あなたの父上には敵わなかった。天空城から逃亡し、それからずっとここにいました。長いあいだ……以前ここで竜の巫女をしていた女から、その任を引き継ぐほどに」
あえてフードを取らず、ココはその上からシグマの頭を撫でる。
「ゼファルから聞いておった。まさか生きておったとはの。おぬしは伝説の勇者によって討たれたと聞いておった。……なぜじゃろうの」
しばらく考え、シグマは応える。
「申し訳ございません。ゼファルの考える事は私にも分からないのです。一つ言える事は、あの男はとてもあなたの父上と仲がよかった」
「よいのじゃ。すべてはゼファルから聞き出せば明らかになる。ついでに聞くが、おぬしは天空城へ戻る方法を知っておるか?」
「申し訳ございません……私も城へ戻るため、竜の力を借りようとしていたのです。アレンと違い、ここの竜を倒せませんでしたが」
「そうか。ならば、私達と一緒に竜と戦わんか? おぬしにも人類と和解する手伝いをしてもらいたいのじゃ」
シグマは嗚咽を漏らし、下げていた頭を更に低くした。
「私は、竜と縁を結んでしまいました。縁で結ばれた竜とは戦えないのです。縁を切れば戦えますが……必ず次の者に縁を譲る事もまた、巫女との約束でした。魔王様、これだけは、どうか」
「構わん。おぬしのような者をそばに置きながら、父上は……本当に愚かじゃの」
「ありがとうございます。魔王様。ああ、ようやく争いが終わる……」
シグマが涙を抑えるまで、ココはアレン達を呼ばなかった。
「おう、もう用事は済んだのか」
「うむ。待たせて悪かったのじゃ」
シグマは元の岩に腰掛けていた。相変わらずフードは被ったままだ。
「じゃあ、さっそく竜を呼び出してくれ、大丈夫だ、すぐ終わらせる」
「……魔王様を、よろしく頼む」
「ああ。俺に任せろ」
立ち上がったシグマは滝壺の淵、滝の正面に立った。
剣を抜き高く掲げると、滝壺の中から青く光る水晶が浮かび上がってきた。
青い光は次第に強くなり――アレン達を覆った。
突然に光が消えた時、アレン達の姿がそこにはなかった。
ただ一人残されたシグマは、声を震わせて呟く。
「もうすぐ……長き争いの歴史に、終止符が打たれる……!」
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