波塞、清濁竜
滝壺に浮かぶ涙滴型の水晶。アレン達は水晶の中にいた。
「みっ、水の中じゃと!? ぐもも、溺れるーっ!?」
「大丈夫だ息はできる! ちょっと動きが鈍くなるだけだ!」
「ちょっとどころではないのですが……!?」
「変わったところだにゃ?」
差し込む光がきらきらと揺れている。身体が重い。しかし呼吸はできるし声も届く。水晶の中は不思議な空間だった。
「知っておったならそう言わんか! ちゃんと水着を用意したのじゃ!」
「だから言わなかったんだよ! お前らが水着じゃ俺がまともに戦えねえだろ!」
「えっ!? どういう事ですか!? そこに何の因果関係があるんですかあとさっきお前らって言いましたよねらって言いましたよねらって事はつまり私も含まれてるって事でいいですか!?」
「らってらってうるせえ! 合体して一つになるまで揉むぞ隠れ巨乳!」
竜との戦いを目前にして騒ぎ始めたアレン達を遠い目で眺め、サーニャは呟く。
「アレン、変わったにゃ……」
そして、そんな馬鹿騒ぎを遮るように竜の声が響く。
――――なぜ、力を求めるのか――――
それは、光を放ちながら徐々に輪郭を現していく。
――――果てしなき力の向こうに、何があるのか――――
広く煌めく半透明の翼、もとい、たなびくひれ。
――――私はそれが知りたいのです――――
そんな美しいひれをもった、全身が半透明の蛇。
ただしその頭は、まぎれもなく竜だ。
――――清濁竜オルガトロワ、推参――――
完全に顕現した直後、清濁竜は咆哮を上げた。それはアレン達がいる水晶を震わせる音もなき咆哮だった。
そして水に変化が起こる。
「む、身体が浮いておるぞ……!?」
「一瞬で終わらせる! ショコラ、ココを絶対に離すんじゃねえぞ!」
「はいっ! ……って、ええぇっ!?」
清濁竜を中心に、水が回転を始めた。渦は速度を上げココとショコラを飲み込み、急激に速度を上げていく。
「行くぞサーニャ!」
「やってやるにゃ!」
アレンとサーシャは横殴りの回転に抗い、渦の中心、清濁竜へと突撃した。アレンは剣を抜き、サーニャはサーベルのように爪を伸ばす。
「くらえ、『叩っ斬る』ッ!」
「にゃーっ!」
斬撃――しかし。
「……竜は魔法を使わないと思いましたか」
皮一枚、清濁竜に届かない。
反発ではなく、緩和でもなく、力がそこで消える感覚。
アレンには覚えがある。
「マジかよ、絶対防御だと!?」
「まっ、たく、きか、ない、にゃっ!」
「……滅びなさい、弱き者」
爪を振るい続けるサーニャに、顎を開き牙を剥いた清濁竜の口から白い光が溢れ出す。
ドラゴンブレス。
「退くぞサーニャ!」
「にゃぁっ!?」
サーニャの腕を掴みアレンは激流を跳んだ。直後、極太の光線が放たれ、水晶内部が真っ白に染まる。
「あんなのズルだにゃ! あれじゃ戦えないにゃ!」
「くそ、このパターンは考えてなかったぞ!」
「アレンって考えて戦うタイプだったかにゃ!?」
「体力の使い方ぐらいはな! 一度ショコラと合流するぞ、ここじゃ動くだけで体力が削られる!」
二発目のドラゴンブレスから逃れ、アレンは宙を蹴って加速する。人間離れした動きや技を使うとアレンは体力を消耗する。激流の渦の中では常に体力が削られている。
ドラゴンブレスから逃れ続け、アレンはようやくココとショコラを見つけた。激流に振り回されるココ達を受け止めるかたちで合流する。
「ショコラ! あいつ絶対防御を使ってやがる! どうにか攻撃を通せないか!?」
「本当ですか!? どうして、私が作った魔法なのに……!?」
「竜は対策を練ってくる、少なくとも俺の攻撃は通らねえ! お前の魔法なら通るか!?」
清濁竜の大きく開いた口から眩い光が漏れている。ドラゴンブレスが放たれ、アレン達は極太の光線の中に消えた。
だが無事だ。
なぜなら絶対防御は、絶対だから。
「私の魔法はそう簡単にコピーできるものじゃ、ないっ!」
叫び、ショコラは片手で手帳のページを破った。
直後に幾十、幾百の稲妻が清濁竜を頭上から襲う。
しかし。
「この魔法は使える、これならあの絶対者と対等に戦える!」
「……嘘でしょう……!?」
「マジかよ……ッ!」
清濁竜は歓喜の声を上げ、ショコラとアレンは絶句した。
一切ダメージを与えられていない。
「だけどこの攻撃魔法は使えない。必中なのは便利だけれど、ベーメルから聞いていたよりずっと弱い。威力に欠ける」
清濁竜は一人呟き、首を曲げショコラに語りかける。
「もっと、もっと強力な魔法を隠しているのでしょう? それを私にちょうだい。すべて食べてあげるわ」
「…………ッ!!」
抱えるアレンから身を乗り出し、清濁竜に向けショコラは手帳のページを破った。
挑発に応じた、訳ではない。
さっきの稲妻はショコラにとって弱い魔法だ。意図的にそれを選んだ。あくまで魔法が通じるか否かの検証だったから。
だから今度は、さっきより強い魔法を使う。
「あら」
漆黒の球体で相手を包み、まず相手の攻撃を封じ。
球体内の引力を中心に向けて強め、身体の自由を奪い。
そのまま球体を圧縮し、跡形もなく圧し潰す。
多対多の戦争では使いどころのない魔法だが、個対個、竜との戦いでは有効だ。
――しかし。
「素晴らしい! あなたの魔法は本当に素晴らしいわ!」
清濁竜は笑っていた。
清濁竜には、物理も魔法も効かない。
「まずい、これはまずいぞ……!」
弱音を吐かないアレンが、思わず口走った。
絶対防御状態のショコラに触れている限り、アレン達もまたどんな攻撃も通らない。
しかし、条件は対等ではない。
絶対防御のページには限りがあるが、清濁竜が何を代償に魔法を使っているのは不明だ。もしかしたら代償など必要ないかもしれない。
そしてもう一つ、水晶の中には逃げ場がない。
即ち、敗北は死だ。
「落ち着け、考えるんだ、何か方法があるはず……」
「アレンさん、落ち着いてください。まだ方法はあります」
動揺するアレンに、ショコラは清濁竜を見据え力強くそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます