必殺の一撃

 物理も魔法も効かない清濁竜相手に、まだ方法がある。ショコラは確かにそう言った。


「方法はあります。具体的にはあの竜の防御魔法をキャンセルします。ただ、いくつか問題が」

「何だ? 正直俺にはもう手がねえ。できる事なら何だってする」


 清濁竜に聞こえないよう、ショコラは小声で早口に告げる。


「キャンセルと同時に私の絶対防御もキャンセルされてしまいます。それに、キャンセルから再び防御魔法を展開するまでの時間が分かりません。もし一瞬であればキャンセルと同時に強力な攻撃魔法を叩き込む必要があります。これらを実行するには私が可能な限り竜と近付く必要があります。なので」


 深く短く息を吸い、ショコラはアレンに笑顔を向けた。


「ココちゃんを、守ってあげてください」

「何だって?」


 アレンは思わず聞き返した。それからココを見た。激流に翻弄され、ココはぐったりとしている。


「冗談を言うな、俺には守る力なんてないんだよ」

「それでもです。もし失敗したら、私は戦闘不能になってしまうので」


 再び極太の光線、ドラゴンブレスが放たれた。清濁竜も通用しないのは分かっているだろう。

 更に強くなるために、清濁竜はショコラの魔法を待っている。


「軽い言葉でごまかすな! 戦闘不能ってのは死ぬって事だぞ! そんな危ない作戦任せられるか!」

「では対案をお願いします。なければこれでいくしかありません」

「……何でだ?」


 アレンは問う。


「どうしてお前がそこまでするんだ。いや、あいつに勝たなきゃ全員の命が危ねえのは分かってる。だがショコラ、お前が命を懸けるだけの理由なんてねえだろ!」

「ありますよ!」


 アレンに負けじとショコラも声を張り上げ、強く訴える。


「あの竜は私の魔法を盗みました、これは挑戦です! 教えてほしいのならいくらでも教えます、でも盗むのはだめです! そんな人には、いいえ竜には! 私の魔法の実験台になってもらいますっ!」

「…………うん?」


 アレンは首を捻った。どうやら想定外の理由だったらしい。

 構わずショコラは熱く語る。


「何をしても大丈夫な実験台、しかも強力な防御魔法付き! こんな素敵な機会、逃す訳にはいきません!」

「あっ! お前さては実験したいだけだな!?」

「その通りですが他に方法がないのも事実なのです! さあ行きましょうっ! 竜さーん! 今とっておきのを使いますから待っててくださいねーっ!」

「お前、何なんだよ……」


 ショコラはどこまでも魔法オタクだった。

 話を聞いていたサーシャは笑って言う。


「にゃははっ! おもしろい子だにゃ、気に入ったにゃ!」



 こうして、アレン達は激しい渦に力ずくで逆らい、清濁竜の大きな頭に飛び乗った。正しくは防御魔法の上だが。

 ココがまだ目を回しているが、今はそれどころではない。激流は攻撃でないため、絶対防御で防御できていない。ココとショコラを支えるアレンの体力は今も着実に削られている。


「それで、俺達はどうしたらいいんだ?」

「全然失敗するとは思ってないんですが、できるだけ遠くに逃げてほしいです。そのあとは……」


 ショコラの作戦が失敗すればもう手はない。

 口ごもったショコラの頭をぽんぽんと叩き、アレンは言う。


「構わねえよ。俺はお前を信じてる」

「私もいいにゃ。それよりすごい魔法見たいにゃ!」

「……分かりましたっ!」


 ショコラはパッと笑顔を咲かせて、魔法の手帳、その二枚のページを器用に指で挟んだ。

 眼下の清濁竜に向けてショコラは言う。


「お待たせしました。それでは竜さん、いきますよ」

「ええ。待っていたわ。あなたの一番素敵な魔法――それを私にちょうだい」


 清濁竜は嬉々としている。そこには狂喜が含まれている。

 だからショコラは言う。

 誰よりも魔法が好きで、唯一無二の魔法を作り上げてきた、偉大なる魔法オタクとして。


「……あなたは魔法使いを舐め過ぎ、です」


 そして、二枚のページは同時に破られ。

 まず現れたのは無数の巨大な剣だった。


「…………ッ!?」


 清濁竜を貫いた状態で現れた無数の剣、それらは色を変えかたちを変え、清濁竜を内側から細切れに斬り裂いていく。

 色の違いは属性の違い、赤は火を、青は水を――あらゆる属性を。


「すごいにゃ、花火みたいだにゃ!」


 喜ぶサーニャの目に映るのは、巨大な無数の剣の切っ先が描く色鮮やかな紋様。

 紋様――もとい、魔方陣。

 本来であれば魔法を発動させるための魔方陣をショコラは魔法で描いていた。

 つまり。

 無数の巨大な剣に抵抗できない清濁竜へ、真なるとっておきが放たれる。


「……それは楽園の守護者にして裏切り者、楽園を隔てる壁にして壁を破壊した者、創造主をただの人間に堕とした大罪の象徴」


 とり憑かれたようにショコラは謳い。


「おいで、『足のない蛇』ッ!!」


 そう結ぶとともに深淵より現れたのは、闇より深い影そのもの、蛇と呼ぶにはあまりにも巨大な何か。

 足のない蛇は音もなく口を開き、深い深い闇へと、清濁竜を易々と丸呑みにした。


「私の勝ちですっ!」


 実のところ、ショコラは僅かにも一連の魔法が失敗するとは考えていなかった。



 こうしてアレン達は水晶の外、青水晶の洞窟深部の滝壺へと戻った。


「よっしゃあーっ! ありがとよショコラ! お前やっぱすげえぜ!」

「あああ、アレンさんっ!?」


 自分ではどうしようもなくなった状況から脱出できたからか、アレンはショコラをぎゅーっと抱きしめ、頭をごしごし撫で回していた。

 それをよそにサーニャは意識を取り戻したココに、清濁竜に勝つまでの熱い戦いを話していた。


「――という訳にゃ! ショコラちゃんすごいにゃ!」

「それは私も知っておる。しかし不思議じゃの」


 まだ頭が動いていないのだろう、ココは眠そうに尋ねる。


「逃げられん状況なんてないじゃろ。転移魔法があるじゃろ?」


 その言葉に、ココ以外の全員が固まった。


「………………あっ」


 そう、どんなに危機的状況でも、転移魔法を使えば逃げる事はできたのだ。脳筋なアレンとサーニャは気付かなかったが。


「……勝ったからいいじゃないですかぁっ!」


 ショコラが気付いていたかどうかは、誰にも分からない。









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